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第十七話:前途多難

 ニクスが下りてきた時は焦ったけど、なんだかんだで事なきを得ることが出来た。

 それどころか、人間と交流する機会まで与えてくれた。

 やっぱりニクスは優しい。俺のことをちゃんと見てくれる。

 とりあえず、この遺体を取りに誰かが来るまで帰れないと告げると、ちょくちょく様子を見に来ると言って飛び去って行った。

 これで憂いなく待つことが出来る。

 食事に関してはそこまで心配しなくてもいいだろう。その気になれば一週間以上は飲まず食わずでも生きていける高スペックボディだからな。

 一日、二日と時間は瞬く間に過ぎていった。

 変化があったのは五日目のことだった。

 いつものように切り開かれた道の先をぼんやりと眺めていると、人間の集団が歩いてくるのが見えた。

 ざっと二十人くらいだろうか。全員冒険者風の格好をしており、警戒しているのか、皆忙しなく視線をさ迷わせていた。

 まあ、流石に一般人は来ないか。あんな惨状があった後だもんね。誰も来たがらないだろう。

 さて、うまく意思疎通ができるだろうか。

 地面には文字がびっしり書かれている。思いつく限りということで、覚えている英語やドイツ語なんかも書いてみた。

 仮に召喚者から異世界の言葉が広がっているとしても、それが日本語とは限らないからね。ダメ元ではあるが、やらないよりはましだろう。

 緊張する。これで通じなかったらどうしよう。その時は、また怯えられることになるのかな。

 何もしてないのに怯えられるのはちょっと悲しい。顔が厳ついってだけで避けられる人はこういう気持ちなのだろうか。

 もし通じなかった時は、気合で会話を試みるしかない。

 それでもだめなら……諦めるしかないかな。また言葉を練習してチャレンジするしかない。

 はぁ、言葉が話せるようになる魔法とかないのかな。あれば速攻で使うのに。

 そんなことを考えていると、ふと人間達が足を止めた。

 そして、杖を持った魔術師風の女性が前に出ると、ぶつぶつと詠唱を始めた。

 うん? これって……。


『うわっ!?』


 案の定、彼女の杖から生み出された黒い火球が一直線に俺の方へと飛んできた。

 いきなり攻撃されるなんて夢にも思っていなかったから、まともに食らってしまう。

 まあ、俺の鱗をもってすれば、あんな遠距離から放たれた火球なんて全く脅威ではないけど、開始早々文字を見せることもなく敵対してしまったのは問題だった。

 これじゃ意思疎通もままならないじゃないか!

 魔術師風の女性は立て続けに火球を放ってくる。それも一人ではなく、複数人が同時に放ってきていた。

 痛くはないけど、心はとても痛かった。

 せめて歩み寄ってきてくれてもいいじゃん……。

 ひとまず顔に当たるのは鬱陶しいので翼で身を隠す。

 すると、魔術師以外の冒険者が次々と駆け寄ってきた。


「はあっ!」


 剣や槍、斧など様々な武器で攻撃される。

 その悉くは強靭な鱗によって跳ね返されてはいるけれど、中には痛みを感じさせてくる攻撃もあって少しびっくりする。

 俺の防御を抜いてくるって、どんだけ馬鹿力なんだよ!


「このまま畳みかけろ! 翼を狙え! 空に飛び立たせるな!」


 冒険者の一人が剣で斬りかかってくる。

 こいつだ。こいつの攻撃だけやたらと重い。

 緋色のマントに黒のプレートアーマー。剣は幅の広い長剣で、いずれも他の冒険者よりも高そうに見える。

 恐らく、こいつがリーダーなのだろう。的確に指示を飛ばし、俺を追い詰めようとしてくる。

 俺の鱗が強靭とは言っても、翼にはその鱗は生えていない。まあ、翼膜だけでもダイヤモンドくらいは固いと思うけど、下手すると切り裂かれかねないな……。

 なるべく翼を立てて攻撃がいかないようにするが、群がるように迫ってくる大量の冒険者の前には、それも長くは続かない。

 何回も何回も切りかかられて少し痛い。

 というか、俺の書いた文字には何の反応も示さないんだね。

 踏みにじられ、かき消されていく地面の文字を見て悲しくなってくる。

 とりあえず、話しかけてみるか。


『あ、あの、危害は加えないので話し合いませんか?』


「気を付けろ! ブレスが来るかもしれん! 正面にはなるべく立つな!」


 ダメだこりゃ。

 ブレスなんて吐けるか。そんなことしたらその瞬間お前ら塵も残らず消滅するからね?

 俺は殺戮者じゃない。魔法だって使ったら死んでしまうかもしれないし、反撃するわけにはいかないよなぁ。


「セインさん! サジェット達を踏まないでください!」


「今はそんなことを言っている状況ではない! ドラゴンは我らに怯えている! 恐れることはない! 続けー!」


 リーダーっぽい男に話しかけたのは小さな女の子だった。

 あれ、この子、あの時助けた子じゃないか。

 薄い金髪に蒼い瞳。防具は買い替えたのか、軽そうな革鎧を着こんでいる。やはりというか、今回来た人間の中でもダントツで背が低かった。

 てっきり遺体の回収は他の人に任せてくると思ったんだけど、案内役は必要だろうし、来てもおかしくはないか。

 というか、こいつら俺がせっかくまとめた遺体を踏みにじっている。

 そりゃ遺体だから踏んでも文句は言われないだろうけど、その扱いはどうなのよ。

 お前らこの遺体を回収しに来たんじゃないの?

 ひとまず少し下がる。ここを戦場にしていたらもっと踏まれそうだ。


「逃がすか! バインドをかけろ!」


 男が指示を飛ばすと魔術師が再び詠唱をする。すると、俺の身体に光る輪のようなものが纏わりついた。

 ぎゅうぎゅう締め付けてくるけど、そこまで強くはない。せいぜいキュッと摘ままれる程度の感覚だ。

 解こうと思えばいつでも解けるだろう。

 それよりも、さっきの少女のことが気になる。

 少女は遺体の傍で跪いた。遺体のあちこちを触っているから、傷が治っていることに戸惑っているのかもしれない。

 それでも、踏まれまくったせいで靴跡の形に陥没している部分はいくつかあるけど。

 脆くなっているから丁重に扱わないといけないのに。こいつら仲間をなんだと思ってるんだ。

 仕方がない。もう一度治癒をかけよう。

 俺は軽く翼を振って拘束を引きちぎると、遺体に向かって治癒魔法をかけた。

 靴跡が見る見るうちに消えていく。これで元通りだろう。


「え、これって……!」


 少女が顔を上げる。その視線の先には俺がいた。

 しばし目と目が合う。俺はなるべく笑顔に見えるようにそっと目を細めた。


「君、やっぱり……」


「怯むな! 攻撃を続けろ!」


 少女の言葉は、他の冒険者達の雄たけびによってかき消されて、聞こえることはなかった。

 うーん、この子とはもう少しで通じ合えそうな気がするんだけどな。

 だが、いかんせん言葉が通じないし、通じたとしてもこうも周りがうるさくては話すこともままならない。

 というかこれ逃げた方がいいね。埒が明かない。

 俺はもう一度少女の方を見る。

 呆然と立ち尽くしているように俺を見ている少女の目は、困惑と驚きに満ちていた。


『また、落ち着いた時に話そうね』


 伝わるわけはないが、そう言って翼を広げる。

 いちいち翼に当たるのが鬱陶しいが、飛べないことはない。

 魔術師が再び拘束してくるが、その程度で止められるわけもなく、俺はすぐに空中へと飛び去ることが出来た。

 背後を振り返れば、俺を見送る人間達の姿が見える。どうやら追ってはこないようだ。

 まあ、飛べる相手に険しい森の中を通ってまで追いかける奴はいないか。

 ひとまず遺体は返せただろうし、また次の機会を待つしかない。

 その時までには少しは話せるようになってたらいいな。

 感想ありがとうございます。

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