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第十五話:反省と後悔

 憂鬱な気分だった。

 練習の甲斐もなく言葉が通じなかったということにももちろん落胆しているが、あの子の仲間と思わしき人達を助けられなかったことが残念でならなかった。

 あの時、状況を把握するために観察などしていなければ、もう一人か二人くらいは助けられただろう。必要なことだったとはいえ、もっと早く気付いていればと後悔したくもなる。

 人の死というのは辛いものだ。特に、あの子は仲間想いのようだったから、余計に辛いだろう。

 自分だけ生き残ってしまったと考えて、自殺に走ったり精神を病んだりしてしまうかもしれない。

 いくら異世界の住人だろうと、その辺は前世と変わりはないだろうと思う。

 そういう意味では、町まで付いていってあげた方がよかったのかもしれないが、言葉も通じず、警戒されていたあの状況でそんなことをすれば、いらぬ誤解を招いてしまっただろう。

 下手をすれば命を懸けて俺を殺そうとしてきたかもしれない。

 どうすれば正解だったのか、いや、正解なんてなかっただろう。

 あの時はあれが最善だった。一人とはいえ、命を救うことが出来ただけでも、俺があの場にいた意味はあっただろう。

 そう考えないとやってられない。

 糧として動物を狩ることには多少慣れたが、戦いで人が死ぬことには全然慣れていなかったから。

 そういえば、あの熊置いてきちゃったな。俺が殺したからには俺が食べてあげなければと思っていたけど、流石にあの状況で持って帰る勇気はなかった。

 ふと、現場の惨状を思い出す。

 少なくとも十数人の人が亡くなっていたと思う。血の匂いが充満し、いるだけで気分が悪くなってきそうだった。

 でも……。


『あのままだと魔物に食べられちゃうよね……』


 比較的森の浅瀬とはいえ、森の魔物は多い。そのうち血の匂いを嗅ぎつけてやってくる魔物はいるだろう。そうなれば、死体はあっという間に蹂躙されることになる。

 でもそれは、ちょっと可哀そうだよね。

 あの子は死んだ仲間すら守ろうとしていた。恐らく、俺が食べるとでも思ったのだろう。

 あの子一人だけでは、すべての死体を運び出すことは不可能だ。一度町に戻って、応援を呼んでくる必要があるだろう。

 でも、その間に魔物に食べられてしまったら……うん、そんなのダメだ。

 せめて大切な仲間の遺体くらいちゃんと埋葬させてあげないと。

 そう思ったら、俺は自然と引き返していた。

 時間はそれほど経ってはいない。けれど、すでにあの子の姿はなかった。

 俺はその場に降り立ち、周囲の状況を確認する。

 今のところはまだ魔物の気配は感じられない。食べられた遺体もないようだし、ひとまず安心した。

 あの子が引き取りに来るまで守っていよう。

 できれば今日中に来てほしいけど、あんなことがあった後じゃすぐには来ないかな。

 もしかしたら日をまたぐかもしれない。巣に帰らなかったらニクスが心配するだろうな。

 でも、関わってしまったからには、責任を持たないといけない。

 俺は、遺体を慎重に抱えると、一か所に集めて並べていく。落ちていたバッグや剣なんかは別にまとめて置いた。

 熊の死体は……今日の晩御飯かな。狩りに行く余裕もなさそうだし。

 返り血によって少し身体が汚れてしまったが、水浴びしに行くわけにもいかない。

 俺はその場に座り込むと、切り開かれた道の先を見やった。

 迎えがきたら、また話せないだろうか。

 確かにあの子は怯えていたけれど、最後に少しだけ話しかけてきてくれた。もしかしたら、話すきっかけくらいは作れたのかもしれない。

 まあ、俺が喋れないから何の意味もないんだけどね。

 はぁ、と吐く溜息すら鳴き声に変わってしまう。

 喋れないことがこんなにももどかしいとは思わなかった。

 喋れないのなら、文字を書くのはどうだろう。地面に文字を書いて読んでもらえば、意思疎通は可能なのでは?

 いや、それも無理があるか。

 俺は人間の言葉がわかるけど、それは日本語のようで日本語ではない。似ているようで違う言語だ。

 俺が書けるのは日本語だけ。これをそのまま書いたとしても伝わらないだろう。

 それでも、ダメ元でやってみるべきだろうか。

 ニクスの話では、勇者という名の異世界から召喚された者がいるらしい。もしそれが同郷の人間であるならば、日本語の存在が出回っていても不思議ではない。

 うん、試してみる価値はあるかもしれない。

 となると、何と書こうか。危害は加えません、お友達になってください、って感じかな?

 はは、通じたら嬉しいな。

 話したいことはたくさんある。ニクスがいるから寂しくはないけれど、それでもやっぱり友達は多い方がいい。

 爪で地面にがりがりと書いていく。読めないにしても、対話する意思があるって伝わったらいいな。

 しかし、それにしても死臭が酷い。

 これだけ大量の遺体があるんだから当たり前と言えば当たり前だけど、嗅覚も優れているドラゴンからしたら、軽い拷問レベルだ。

 一日二日ならまだいいけど、それ以上かかったら腐食も始まるだろうし、なるべく早く来てほしいところ。

 ……そういえば、俺の治癒魔法って遺体でも癒せるのかな。

 流石に失った命を蘇らせるなんてことはできないと思うが、傷くらいなら治せるかもしれない。そうすれば、臭いも多少はましになるだろう。

 俺は遺体に手を伸ばすと治癒魔法を発動させた。

 淡い緑色の光が遺体を包み込む。すると、見る見るうちに傷が修復されて行った。

 抉れていた肉は塞がり、ちぎれていた腕は繋がり、砕けた防具や衣服を除けば、ほぼ元通りとなっていた。

 遺体すら癒すとは、俺の治癒魔法はでたらめだな。

 さて、これなら臭いも腐食も気にする必要はないだろう。

 地面に丸くなり、体を休める。

 日が傾き、次第に夜の帳が訪れる。

 いつもならとっくに住処に帰っている時間だ。

 夜は夜行性の魔物が活発になる。その脅威度は昼間の比ではない。

 まあ、ドラゴンにとっては誤差だけどね。

 でも、襲撃されるのは防ぎようがない。

 何匹かの魔物が襲い掛かってくるが、その度に魔法で迎撃していく。

 無駄に命を取ることはしない。ご飯ならもう足りているし。

 あまりにもしつこい奴には少し威圧してやれば怯んで逃げていく。敵わないと思ってるならこなきゃいいのに。

 いや、それはそれで寂しいな。殺しに来ているとはいえ、構ってくれるのは少し嬉しいし。

 ドラゴンの生活というのは案外暇なものだ。

 俺は魔法の練習という日課をこなしているけれど、それを除けば大雑把に言えば狩りをして寝るだけだ。

 時たま綺麗なものを見つけて持ち帰ったり、美しい景色を見つけてうっとりすることはあれど、基本的に娯楽というものがない。

 今一番の娯楽は、ニクスとの会話だろうか。

 ニクスは俺のことを子供のように思っているのか、結構優しい。

 話しかければ答えてくれるし、寂しがっていれば翼で包んでくれる。

 それがどれだけ心の支えになっていることか。もしニクスに出会えていなかったら、俺はすでに精神を病んでいたかもしれない。

 今頃ニクスはどうしてるかなぁ。心配してくれているのかな。

 ニクスに出会ってから、外で一夜を明かすことなんて一度もなかった。

 ドラゴンの身で何があるとも思えないけど、もしかしたら怒っているかもしれない。

 少しだけでも報告に戻った方がいいかな?

 遺体が食われないか心配ではあるけど、少しくらいなら離れても大丈夫かもしれないし。

 そう思って、身を起こした時だった。


『こんなところにいたのか』


 漆黒に満ちた空に赤い光が灯った。

 空に瞬く星々よりも輝くそれは、俺の隣に着地すると広げた翼を閉じる。


『ニクス……』


 何とも言えない目つきで俺を見つめてくるのは、炎より生まれし不死鳥だった。

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