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第十四話:不思議なドラゴン

 引き続き、とある冒険者の視点です。

 ルクスでは最近とある噂が流れていた。

 森から度々ドラゴンがやってきて、町の上空を飛んでいる。

 何を荒唐無稽なとも思うが、多くの人が言うには、それは真実なのだという。

 実際に、ドラゴンが飛来した際には、迎撃したこともあるのだという。それはまだ小さな個体のようだったが、純白の鱗を持った美しいドラゴンだったというのだ。

 なぜこんなところにドラゴンが? とも思ったが、ヒノアの大森林の奥地なら、ドラゴンが住んでいても不思議ではないかなぁなどと、どこか他人事のように思っていたものだ。

 そして今、それは目の前にいる。

 純白の鱗、確かにそうだ。全身をくまなく覆う鱗は、どれも眩しいくらいに白く、独特の光沢がある。

 体長は5メートルほどだろうか、確認されているドラゴンは、いずれも体長10メートル以上ということを考えるとかなり小柄な方だ。


「ど、ドラゴン!? そんな、なんで……!」


 噂は真実だった。こうして目の当たりにしてみれば疑いようもない。

 ドラゴンは倒れる私をじっと見つめている。一体何をしているのだろうか。

 少し考えて、はっと思い至った。

 こいつはワイルドベアーの獲物を横取りしに来たのだ。

 ドラゴンは人を食らうと言われている。過去にもいくつもの町がドラゴンによって滅ぼされたという記録も残っている。

 人類の脅威として討伐されるべき対象ではあるが、その力はすさまじく、ランクは最大のSSSランク。国が動くレベルの事態だ。

 当然、一介のCランク冒険者に過ぎない私には太刀打ちできるはずもない。

 ここに来て、まさかこんな大物が来るなんて……!

 ドラゴンはしばし私のことを見つめていたが、やがて素早く振り向き、ワイルドベアーを一撃で倒してしまった。

 まるでは虫でも潰すかのようにいとも簡単に。ドラゴンの前では、Aランクの魔物でも雑魚に等しいということなのだろう。

 ゆっくりとドラゴンが振り返り、再び私のことを見つめてくる。

 邪魔者はいなくなった。次は私の番だ。


「こ、来ないで……!」


 ただ後退ることしかできなかった。

 先程までの復讐心は消え去り、恐怖だけが心を支配している。

 これにはどうやっても勝てない。傷一つつけることすらできないだろう。

 サジェットが命懸けで救ってくれた命も、ドラゴンの前では等しく塵に等しい。

 ドラゴンが一声鳴いた。

 ドラゴンにしては可愛らしい声だったが、そんなことで恐怖心はなくならない。

 もう殺すなら一思いにやってくれ!

 何度もそう思ったが、ドラゴンは一向に手を出してくることはなかった。

 まるで困惑しているかのように首をすくめ、小さな手を出してはひっこめるを繰り返している。

 一体何をしている? 私を食べたいんじゃないの?

 ドラゴンはしばしそうした後、その身を翻した。

 見逃された……?

 そう思ったのも束の間、ドラゴンが向かったのはサジェットの場所だった。

 まさか、サジェットを食べる気!?


「な、仲間に触らないで!」


 私のことを命がけで助けてくれたサジェットを目の前で食われるなんて御免だった。

 せっかく外れた視点。本当なら気づかれないうちに逃げるべきなんだろう。でも、どうしても許せなかった。

 サジェットは、私の仲間には絶対に手を出させない!

 ドラゴンがこちらを振り返る。

 そうだ、こっちにこい。たとえ私が死んだとしても、仲間を貪らせるわけにはいかない。

 ドラゴンがそっとこちらに手を向けた。その瞬間。


「ッ!? えっ……?」


 体を淡い緑色の光が包み込む。

 これは、治癒魔法……?

 体の傷が見る見るうちに治っていく。肩口やわき腹の傷はもちろん、以前怪我を負った時に残ったあざすら綺麗に治っていた。

 相当高位の治癒魔法だ。普通なら、あれほどの大怪我を一瞬で治すことなんてできない。

 いったい誰が……?

 はっと目の前のドラゴンを顧みる。

 今この場には私とドラゴン以外にいない。なら、今の治癒魔法は、このドラゴンがやったって言うの?

 ドラゴンが魔法を使うのは珍しくない。むしろ、多くのドラゴンはある一点の属性においては宮廷魔術師すら軽く凌駕する。

 このドラゴンは治癒魔法に特化しているのだろう。そうでなければ、あれほどの傷が治る説明がつかない。治癒魔法を操るドラゴンなど、聞いたことはないが。

 だけど、なぜ?

 私は獲物のはずだ。ドラゴンは人を食らう。こんなに死体があるのだから、ドラゴンにとってはご馳走の山だろう。なのに、このドラゴンは一向に手を付けない。

 横取りするほど腹が減っているなら、さっきワイルドベアーを殺したようにさっさと私を殺して食べればいい。そうでなくても、周りの死体を食べるなり持って帰るなりすればいいはずだ。

 その時初めて、ドラゴンの目を見た。

 こちらを覗き込む金の相貌は、悲し気な色に満ちている。

 まさか、この状況を悼んでいるとでも言うの? ドラゴンが、人間の死を喜んでいない?

 私は混乱した。

 このドラゴンは、世に言う凶悪なドラゴンと同じなのだろうか? もしかしたら、何か別の目的があるのでは……。


「い、今のは、君が……?」


 思わず話しかけていた。

 ドラゴンに人間の言葉がわかるはずもないけれど、聞かなければならないと思った。

 私の言葉に対し、ドラゴンはピクリと体を震わせ、小さく鳴いた。

 まるでそうだと返事をするかのように。

 その後、ドラゴンは翼を広げて飛び去ってしまった。

 私を襲うことも他の死体を持って行くこともなく。

 私はしばらくの間、腰が抜けたまま立てないでいた。


「なんだったの、今の……」


 まるで夢でも見ていたのではないかという気持ちになる。

 いきなりドラゴンが現れて、ワイルドベアーを殺して飛び去っていく。

 これでは、あのドラゴンは私を助けるためにわざわざ降りてきたみたいじゃない。

 そんなことあるわけがない。ドラゴンが人を救うなど、そんな夢物語誰も信じない。

 だけど、あの治癒魔法といい、そうとしか言いようがなかった。

 周囲を見渡してみる。

 辺りに散らばる無数の死体。血の匂いにまみれた場所は、あれが夢ではないということを教えてくれる。


「サジェット……」


 私は立ち上がり、サジェットの遺体へと近づいた。

 肩口から腹部にかけてが抉り取られるようにしてなくなっている。これでは即死だったろう。

 大切な仲間の死に再び涙が溢れてくる。

 どうせ助けてくれるなら、もっと早く助けてくれればよかったのに。

 そう思わずにはいられない。けれど、これはきっと運命だったのだろう。

 私は運命のいたずらによって生かされた。ならば、そこには何かしらの意味があるはず。

 私がすべきことは、仲間の死を悲しみ立ち止まることじゃない。彼らの勇気を無駄にせず、繋げられたこの命を意味あることに使うことだ。

 それが何なのかはわからない。これまで通り冒険をして魔物を倒すことかもしれないし、私のように仲間を失った人々を励ますことかもしれない。

 けれど、恐らくはあのドラゴンが関係している。

 治癒魔法を使いこなすドラゴン。なぜかはわからないけど、私はもう一度あのドラゴンと出会う予感がしていた。

 まずは、町に報告に戻るとしよう。いくら脅威は去ったと言っても、別の魔物が来ないとも限らない。

 サジェット達を一時置いていくことにはなってしまうけど、私の力で持って帰ることが出来るわけでもなし、町の人達に運んでもらわなくてはならない。

 せめて遺品は回収しておこう。私はサジェットの首元にあるタグを手に取った。

 ギルドカードと一緒に支給されるそれは、色によって冒険者のランクを示している。

 そのうちBランクに昇格しようと意気込んでいたサジェットの顔が思い浮かんだ。

 ぎゅっと握りしめ、そっとポーチにしまう。

 帰ろう。私は生きているのだから。

 他の仲間や冒険者達のタグも回収してから、私はルクスへと戻ることにした。


 感想ありがとうございます。

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