第百三十七話:幻獣の名付け
『大丈夫? 体に違和感はない?』
『うーん、四足だし、体もこんなに大きくなっちゃったけど、思ったよりは違和感は少ないかな』
狐の幻獣となったフェルは尻尾を振ったり、前足を揺らしたりして体を確かめている。
元々、その年齢にしては低身長だったのに、いきなり体長6メートルはあろうかという巨体になって違和感が少ないというのも凄いけど、フェルってそんなに順応性高かったっけ?
いや、確かにダンジョンで修行していた時は過酷なスケジュールだったにもかかわらず弱音一つ吐かずにやり遂げていたし、要領はいい方なのかもしれない。
『これって、なんていう幻獣なの?』
『さあ……九尾の狐に見えるけど、この世界にもいるのかな?』
白面金毛九尾の狐くらいなら俺でも知っている。詳しい歴史は知らないけど。
今のフェルの姿はまさにそれだけど、あれは幻獣というよりは妖怪だよね?
それとも、この世界では妖怪も幻獣も似たようなものなんだろうか。よくわからない。
「ここは新たな幻獣が生まれる場所だよ。当然、似たような幻獣はいても同じ幻獣はいない。だから、それを名付けるのは、本人か、番となる幻獣だけだよ」
と、ラスクさんがそう言ってきた。
例えば、俺がドラゴンという種族で、ニクスがフェニックスという種族なのは神の遣いとして神様が送り出していた頃に名付けていた名前だ。
だから、その子供も同じ種族であり、そこで悩む必要はない。
しかし、幻獣の試練によって幻獣となった場合、それは神様が生み出したものではないから種族名を名付ける者がいない。
その場合、名付けるのは幻獣となった本人か、その番となる幻獣に任されるのだという。
それっていいのだろうか。神様がどれほどの存在ははわからないけど、勝手に新しい種族を生み出してるってことだよね?
幻獣は神の遣いだからいいのだろうか。まあ、今まで問題が起こっていないのだから多分大丈夫なんだろうけど。
『それじゃあ、ルミエールに名付けてほしいな』
『え、俺が?』
『うん。なんだか詳しそうだし』
詳しいって、別に俺は九尾の狐のことを詳しく知っているわけではないのだが……。
うーん、名付けかぁ。しかも種族の名付け。そんな大それたことを俺がやるのかと思うとちょっと気が引ける。
『ニクス、狐の幻獣って何かいないの?』
『いないことはないが、それと同じにするのはやめた方がいいぞ』
『どうして?』
『小娘は今新たな幻獣として生を受けた。それなのに、すでにある幻獣の名を付けられれば、その幻獣の名に引っ張られることになる』
名前というのは案外重要なもののようで、特に種族名はその幻獣の在り方を決定づける重要な項目らしい。
例えば、同じ容姿の幻獣でも、種族名が違うならばできることも異なってくる。
片や火を操り、片や水を操るなんて言う相反する属性を持つこともあるのだとか。
だが、それができるのはその種族がそう言うことができると決定づけられているからで、火を操る幻獣の種族名が水を操る幻獣の種族名となってしまえば、その幻獣は火を扱うことができなくなってしまうのだとか。
神様に作られた幻獣と違って、幻獣の試練によって生まれた幻獣は魂が受けた影響によって無限の可能性がある。だから、そこで既存の名前を使ってしまうと、その可能性を狭めることになり、せっかく望んだ姿になったとしても、思うように体が動かせない、なんてことにも繋がるのだとか。
だから、フェルの種族名は唯一無二のものでなくてはならないというわけだ。
『貴様はこの姿のことを知っているようだが、その名を当てはめるのもやめた方がよかろう。貴様の考える、唯一無二の名を付けてやれ』
『そんなこと言われても……』
正直言って名付けは相当苦手だ。
昔、ゲームで遊んでいた時も、主人公や幼馴染とかの名前を決めるのにかなりの時間を使っていた覚えがある。
それでいてあんまり気の利いた名前を思いついたことはあまりないというね。
もうフェルかニクスに任せてしまいたいところだけど、フェルから俺に名付けてほしいと言われてしまったし、それを無碍にするのも気が引ける。
うーん、何にしたものか……。
「早くしないと名無しになっちゃうから気をつけてね」
『え、ちょっ!』
これは悠長に悩んでいる暇はなさそうだ。
名前、名前……。
俺の名前であるルミエールはフェルが名付けてくれたものだけど、確かその由来は故郷の言葉で光という意味だったからと聞いたいたような気がする。
どういう意図で光という意味の言葉を贈ってくれたのかはわからないけど、フェルにとって、俺は光のような存在だったということだろうか。
では、俺にとってフェルはどんな存在だろう?
フェルは俺にとって、この世界でできた初めての人間の友達である。
ニクスの存在はあったが、元人間の俺にとって人間と交流するというのは重要なことで、かなりの我儘を言って掴み取った大切な存在である。
フェルは俺のことを光と言ったようだが、俺にとってもフェルは光、いや、太陽のような存在ではないだろうか。
太陽という言葉。あまり外国語には詳しくないけど、確かこんな感じの言葉じゃなかっただろうか。
『……ソレーユ』
『え?』
『フェルの種族名、ソレーユなんてどうかな?』
安直なネーミングではあるけど、名前に込められた響きというのは大事だ。
というか、ネーミングセンスのない俺にとってはこの程度がせいぜいである。
でも、そんな俺のつたない語彙力で生み出された名前でも気に入ってくれたのか、フェルはふっと笑顔を見せた。
『ソレーユ。私はソレーユのフェル。うん、しっくり来たよ』
『そ、そう?』
『うん。ありがとね、ルミエール』
ひとまず、気に入ってくれたようで何よりである。
フェルは何度かその名前を反芻すると、それに呼応してか体がわずかに光る。
ソレーユという幻獣として認められたということだろうか。先程より、少し存在感が増して見えた。
「幻獣ソレーユ。新たな幻獣の誕生を祝福しよう。おめでとう」
ぱちぱちと拍手を送るラスクさん。
本来であれば、こうして新たな幻獣が生まれ、愛した幻獣と共に長い時を過ごすことになるのだろう。
フェルの体を乗っ取っていた罪人は、それを受け入れることができなかった故に数百年以上の長い時を幽閉されることになった。
まあ、もしもこの話を知っていたなら、望まない体でも受け入れたかもしれないけどね。
『……そう言えば、罪人の魂はどうなったんだろう?』
確か、ラスクさんが体から引きはがした後は、そのまま体の上に滞留していたはずである。
視線をさまよわせて探してみると、それはちょうどフェルの隣に黒い渦となって渦巻いていた。
『おのれぇ! どいつもこいつも邪魔ばっかりしやがって!』
本来、魂だけの状態では喋れないはずだが、あまりに憎悪が強すぎるためか、思念となって伝わってくる。
てっきり成仏でもしてしまったかと思っていたけど、そんなことはないようだ。
これ、どうするの?
俺はラスクさんに問いかけるように視線を向けた。




