第百三十五話:幻獣としての姿
一度容姿がわかってしまえば、後は早いものだった。
ラスクさんの分身と転移能力、そして、このユグドラシルに長く勤めている故の土地勘もあり、瞬く間に罪人の魂が入ったフェルの体は試練の間に追い込まれていった。
ただ単に魂だけが逃げ出したのなら、こんなところに追い込む必要はないけど、今回はフェルの体がある。
この体を取り返すためには、やはりフェルの魂が必要だ。
そう言うわけで、追い込んだ試練の間に、俺達は踏み込むことになった。
『これが、フェルの幻獣としての姿……』
そこにいたのは巨大な狐だった。
狐というからにはそこまで大きくないだろうと思っていたけど、本来の姿である俺よりもでかい。
周囲に青い火の玉が舞っており、本体を守るようにゆらゆらと揺らめいている。
金色の毛並みは美しいが、その目は真っ赤に染まっており、本来の体の持ち主でないことがわかる。
実際目の当たりにすると、ちょっと圧倒されるな。
フェルはこんな姿を望んだんだろうか。それとも、入り込んだ別の魂によってゆがめられた形なのだろうか。
どちらにしても、一筋縄ではいかなそうである。
「ようやく捕まえたよ、罪人君。さて、申し開きがあるなら聞いてあげるけど?」
一緒に来ていたラスクさんが前に出る。
そんな余裕で大丈夫なんだろうか。
そりゃ、ラスクさんも幻獣なのだから戦う力はあるだろうけど、見た限りかなり強そうに見える。
それに閉じ込めたと言っても、周りは木だし、燃やされたらかなりやばいことになりそうなんだけど。
『黙れ化け物! 永遠の命が得られるなどと噓をつき、私の体を醜い魔物に変えたばかりか、何もない牢獄に閉じ込めておいて申し開きだと? 笑わせるな!』
狐の幻獣は声を荒げてそう叫ぶ。
きちんと幻獣の言葉になっているあたり、すでに人間ではなく幻獣という判断のようだ。
「なるほどなるほど、君はあれか、永遠の命欲しさに幻獣に近づいた人間か。なら、自業自得じゃないかな?」
『なんだと!?』
「ここは幻獣にしか開かれない特別な場所だ。そんな場所に君を連れてきたということは、その幻獣は君を心から愛していたってことだろう。それなのに、君はその想いを踏みにじり、幻獣の姿を拒んだ。幻獣が受けた苦痛を考えれば、閉じ込められても文句言えないんじゃないかな?」
どうやらこの罪人は元々人間らしい。
聞く限り、幻獣の試練を永遠の命が手に入るものと勝手に想像して、姿を変えられ、それを受け入れられなかったということなのだろう。
元々、幻獣の試練は幻獣が寿命の短い人族と添い遂げるために生まれたシステムだ。
人族の方を幻獣に生まれ変わらせ、寿命を大きく伸ばすことによって同じ時間を歩む。それが本来の目的である。
確かに、一部だけを聞けば、永遠の命を得られるという破格の条件のように聞こえるけど、そんな都合のいいものが存在するはずもない。
幻獣はきちんと気持ちを伝え、愛していたはずなのに、人間の方は永遠の命にしか興味がなく、姿が変わってしまうや否や幻獣を拒んだ。
まあ、きちんと説明していなかったというのもあるだろうけど、ちゃんとその幻獣を愛していたのなら、そんなことにならずに済んだのは確かだろう。
幻獣が受けた苦痛を考えれば、牢獄行きもやむなし、と言ったところだろうか。
ちょっとやりすぎな気がしないでもないけど、それは人間視点に立っているからであって、幻獣からしたら当然のことなんだろうな。
『なにが苦痛だ。こちらは姿を化け物に変えられているんだぞ! 永遠の命があろうと、元の体がなければ意味がない。貴様らが騙しさえしなければ、私は今も人間でいられたのに!』
「きちんと話を聞かなかった君の落ち度だよ。せっかく幻獣に認められたのに、それを棒に振るなんて愚かな人間だ」
幻獣に認められる人族はかなり少ない。
まあ、幻獣が神の遣いと言われていた遥か昔ならば、そこそこ認められる人も多かったのかもしれないけど、今となっては幻獣は完全に人族に対する信頼を失っていて、よほどのことがなければ人前に姿を現さない。
もし、幻獣の姿を受け入れて一緒に生きていれば、幸せな道もあったかもしれないのにね。
でも、初めから、幻獣を幻獣と見做さず、永遠の命にしか興味がなかったのなら無理な話か。
「それで? 今更脱走して何をしようというのかな?」
『貴様らが私を出す気がないことはよくわかった。だから何としても脱出して、元の姿に戻ってやるのさ! こんな醜い体ではなくてな!』
そう言って吠える。
醜い、か。この世界の人間からしたら、この姿は醜いのだろうか。
俺としては、普通に美しいと思うんだけどな。
まあ確かに、俺も最初に転生したばかりの頃はこの姿に戸惑ったし、元の姿に戻りたいと願ったこともあったけど、今ではそんな気持ちも浮かんでこない。
この姿でもフェルという友達ができたし、必ずしも人間の姿でなくてはならないということもないと実感した。
最初のうちは慣れなくても、きちんと向き合うことができれば何とかなる。どんなに苦手な仕事も、何年もやっていれば慣れていくしね。
まあ、最初はそれがなかなか難しいんだろうけど。
「残念だけど、すでに君の体は跡形もなくなくなってしまっている。ここを出て適当な死体にでも乗り移れば人間の姿にはなれるだろうけど、それはただのアンデッドだ。君はもう二度と、人間には戻れないよ」
『黙れ! 私は何としても元に戻る。それを邪魔するのならば、貴様らは殺す!』
「おお、怖い怖い。やれるものならやってみるがいいさ。と言っても、ここに来た時点で君の負けは確定しているけどね」
『死ねぇ!』
狐の幻獣が飛び掛かってくる。
鋭い爪で切り裂くのか、それとも噛み砕こうとしているのか、どちらかはわからないけど、ラスクさんは余裕の様子。
瞬きのうちに接近され、その凶刃を受けるかと思いきや、次の瞬間には隣に立って体をポンポン叩いていた。
「ちょっと挑発しすぎたかな? えーと、ニクス、だっけ? ちょっと大人しくさせてくれないかな。暴れられると面倒だからさ」
『ならばさっさと処理してしまえばよかったものを。面倒な』
「ほら、少しくらい話を聞いてあげないと可哀そうだしさ」
『まったく。おい、白竜の。足止めするぞ』
『えぇ……』
てっきりこのままラスクさんが戦うのかと思ったら、こちらに丸投げであった。
まあ、ラスクさんはフェルの体から罪人の魂を引きはがすという仕事があるし、役回りとしては妥当なんだけどさ。だったらあんまり挑発してほしくなかった。
ただ戦うだけならまだいいんだけど、今回はフェルの体が相手である。
当然ながら、今は別人の魂が入っているとはいっても怪我などさせたくはないし、できれば手加減したい。
それに、フェルの魂の方も守らなくてはならないのが心配だ。
今のフェルは、吹けば飛ぶようなとても不安定な状態にある。戦闘の余波で消滅なんてことになったら後悔してもしきれない。
とにかく、色々な制約を考えて戦わなくてはならないということだ。
俺はひとまずフェルの位置を確認すると、暴れ狂う狐の幻獣と向かい合った。
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