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第百三十四話:ラスクの能力

 それから数分。ラスクさんは各所に連絡を行いながら色々と探してくれているようだったけど、フェルの体が見つかることはなかった。

 このユグドラシルにいることは確かだけど、思った以上にここは広いらしく、それ故見つからないらしい。

 一応、フェルは少し落ち着いたようで大人しくふよふよと浮いているが、このままの状態が長く続けばどうなるかわからない。

 やはり、ここはこちらから探しに行くべきだろうか。

 ここの土地勘もないし、下手したら迷子になる可能性もあるけど、ずっとこのまま待っているのはなんか違う気がする。


『二クス、俺探しに行くよ』


『それはやめておいた方がいいだろう』


 いても経ってもいられず、探しに行こうと思ったのだけど、ニクスにそれを止められる。

 まさかここにきてフェルを見捨てろってわけではないだろうけど、俺では役に立たないということだろうか?

 でも、もしフェルの特徴が残っているなら、俺なら見極められる可能性もあると思うけど。


『今貴様がここから離れたら、小娘の魂に大きな不安を与えることになる。そうなれば、体にどのような影響を与えるかわからん』


 今、フェルが落ち着いているのは、俺がそばにいるからこそだという。

 確かに、俺がそばにいればフェルの魂を傷つけさせることはないだろうから安心できるのは確かだろうけど、でも、体を取り戻すためにはどのみちフェルも行かなくてはならないだろう。

 離れたらダメだというなら、一緒に連れていけばいいのではないだろうか?


『連れて行ってもいいが、それはすなわち色々なものを見聞きさせるということだ。それが魂に影響を与える可能性はかなり高いぞ?』


『じゃあ、このまま何もせずに待ってろと?』


『そうだ。なに、ラタトスクの能力があれば、すぐにでも見つけられることだろうよ』


 フェルの魂に与える影響はただ物を見聞きするだけでも変化してしまう可能性があるほどに不安定なものだ。

 仮に、体を取り戻すために自分の体の下に行かなくてはならないのだとしても、それは確実に場所がわかってからの方が望ましく、無為に動き回って影響を与えてはならない。

 理屈はわかるけど、なんだかもどかしい。

 ラタトスクというのがどういう幻獣なのかは知らないけど、さっきから何も見つけられていないようだけど?


『とにかく落ち着け。貴様が慌てては、小娘にもそれが伝わる』


『ぐぬぅ……』


 確かに、あまり影響を与えすぎてフェルの体がとんでもないことになっても困る。

 まあ、どうとんでもないことになるのかは知らないけど、心穏やかにいた方がいい方向に転がる気がするのは何となくわかるし。

 ニクスの言う通り、まずは見つかるのを待つのが一番なのだろう。


「ほうほう、なるほど……お二人とも、それらしい目撃情報があったよ」


『ほんとですか!?』


 ラスクさんの言葉に、思わず飛び付く。

 捜索を始めてからかれこれ数十分。これを早いと見るか遅いと見るかは難しいところだけど、見つかったのなら何でもいい。

 ラスクさんは慌てることなく、落ち着いた口調で特徴を告げた。


「その幻獣は、四足の獣のような姿で、尻尾が九本あり、金色の毛並みをしていたそうだよ。周囲に青い炎を纏っていて、空中を足場にして駆けていたってさ」


 聞いた限り、九尾の狐? 少しは未練があって、人間の姿に近いのかとも思ったけど、そんなことはないようだった。


『それで、場所は?』


「それが、捕まえようとしたらその瞬間にぱっといなくなっちゃったらしくて。多分、転移系の魔法だと思うんだけど」


 転移系の魔法。フェルはそんなものを望んでいたのか。

 確かに便利そうではあるけど、いざ逃げる側に立たれるとかなり面倒な能力である。

 というか、フェルの体を使っている奴はすでにその体の能力を使いこなしているのか。

 他人の体だというのに、随分と順応が早い。

 いったいどんな奴なのだろうか。罪人とのことだけど。


『その罪人って、どんな人なんですか?』


「んー、ユグドラシルに囚われている罪人のほとんどは、暴走してしまって、仲間を殺してしまった幻獣や、幻獣の試練を受けて幻獣としての体を受け入れられなかった人間だね」


 暴走してしまったというのはまだわからなくはないけど、幻獣の体を受け入れられなかった人間も罪人扱いなのか。

 まあ、幻獣からしたら、その人間を心から愛して相手もそれに同意したはずだったのに、いざ試練を受けたら受け入れられませんってことだから、ショックな気持ちはわかるけどね。

 人間にも戻れず、かといって幻獣にもなれなかった可哀そうな人間。それが罪人の魂ということなのだろう。

 そうなると、元人間の可能性もあるわけか。なんだかややこしいことになりそう。


「誰が逃げ出したかはわからないけど、脱走した以上は捕まえないといけない。向こうが転移するなら、こっちも転移するまでだね」


『そんなことできるんですか?』


「できるとも。転移能力を持つ幻獣なんて探せばいくらでもいるさ」


 まあ、確かに幻獣なら何でもできそうではあるけど、相手も転移するからこちらも転移するというのはちょっと強引じゃないだろうか。

 そりゃ、相手がどこに転移するのかがわかっているなら有効かもしれないけど、転移魔法って事前に行き先を知ることができるんだろうか?

 できないならあんまり意味がない作戦だと思うんだけど……。

 いや、ラスクさんは分身を通して各場所の状況を把握できるようだし、それと並行してやればいけないことはないのか。

 なんか、ラスクさんって結構凄い人だったりする? 連絡だけでも凄いと思うんだけど、その上転移までできるってやばくない?


「とりあえず、試練の間に追い込むように頑張ってみるよ。ニーズ、ヴェルグ、試練の間に封印をかけておいてもらえる? 転移で逃げられないように」


「承知した」


「任せといてー」


 転移が使える以上、それを使えないようにしない限り鬼ごっこは終わらない。だからこそ、転移できない場所に追い込む必要があるらしい。

 場所は試練の間か。元々フェルの体があった場所。そいつが元の場所に戻るかどうかは怪しいけど、フェルの魂の影響を受けているなら可能性はゼロではないかもね。


「それとそこの子。なるべく平静でいてね。これ以上イレギュラーが起こるとまずいからさ」


「……」


 フェルの心の揺らぎはすなわち体への影響となる。

 心が乱れればそれだけ何が起こるかわからなくなるということであり、そうなったら面倒なことになるのは間違いないだろう。

 逆に、平静でいればそこまで影響はなく、今の状態のまま対峙することができる。

 問題なのは、今のままの状態だったとしても、うまく引きはがせるかわからないということだけども。


「追い込んだら、一緒に来てもらうよ。体を取り戻せるかどうかは、君にかかっているからね」


 結局最終的にはフェルは自分の体と対峙しなければならないらしい。

 その時、うまく体を取り戻せるかどうかはフェルにかかっているようだ。

 なんか、いきなりそんなこと言われても困惑するだけだと思うけど、いくら魂を引きはがせたとしても、フェル自身が体を受け入れなければ体が欲するのはとっつきやすい魂だ。

 下手をすれば、引きはがしたのにまた罪人の魂が入ることだってあるかもしれない。

 フェルが体を受け入れ、その体にすんなり入ること。これが最低限の条件だ。

 かなり無茶なことを言っているような気もするけど、やるしかないんだよね。

 少し不安に思いつつも、フェルの覚悟を信じるしかなかった。

 感想ありがとうございます。

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