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第百三十三話:脱走者

「無事か? 何事も起こっていないか?」


「今のところは大丈夫そう? よかったよかった」


 二人は俺達の、というよりはフェルを見てほっと胸を撫でおろしているようだった。

 彼らからしたら、試練中に事故でも起こったら責任を取ることになるのかもしれない。

 なんか、ある意味会社らしいよね。


「俺はニーズ。緊急連絡で言った通り、貴様らを保護しに来た」


「僕がヴェルグだよ。本当は試練の中断はしたくないんだけどね。もう終わりそうならちゃちゃっと済ませてもいいんだけど、どうする?」


 ニーズさんとヴェルグさんはそう言って確認してくる。

 まあ、保護しろと言われたから保護しに来たのはわかるけど、仮にも試練をちゃちゃっと済ませろというのはどうなんだろうか。

 そもそも、最後の試練とは言っていたけど、実際には何もなかったし、未だに何をしたらいいかもわかっていない。

 言い方的に、くればすぐにわかるようなものだと思っていたんだけど、結局何だったのだろうか。 


『最後の試練って何なんですか?』


「そりゃあ、今までの影響で変質した自分の体を受け入れて、その体に入ることだよ。そうすることで、幻獣として生まれ変わるのさ」


 なるほど。ということは、本来はここにフェルの体があったってことなのかな?

 それがどのような姿かはわからないけど、とにかくそれを受け入れて、幻獣として生きることを承諾すれば、最後の試練は終わるらしい。

 確かに、やろうと思えばちゃちゃっとクリアできそうな試練ではあるけど、姿によっては逡巡しそうだよね。


『体が見当たらないようだが』


「え? そんなはずは……あったね」


 だが、そもそもの話体が見当たらない。

 これでは受け入れるも何もないわけで、当然ながら体に入ることもできない。

 なぜないのだろうか。こんな場所、誰も入ることなんて……いや、一つだけあるか。

 確か、ラスクさんは罪人が脱走したと言っていたけど、正確にはこう言ったはずだ。魂の牢獄から脱走したと。

 名前からして、囚われている罪人は魂だけの状態なんじゃないだろうか?

 そして、この部屋から感じる邪悪な気配。

 もしその罪人がこの部屋に来たとしたら、そこにはちょうどいい器があったことになる。

 ユグドラシルの外に出ることを目的としているなら体は必要だろうし、ちょうどよくあったフェルの体を器にして使っている可能性は高い。

 もしそうだとしたら、かなりやばいかも。


「一体どういうことだ?」


『ふむ、どうやらその罪人とやらの仕業のようだな』


 ニクスもどうやら俺と同じ結論に至ったらしく、二人に説明をする。

 すると、二人は顔を見合わせて焦りの表情を浮かべていた。


「もしそうだとすると、かなりまずい状況だな」


「このまま脱走されちゃうのもまずいけど、成り代わりが発生するかもしれないと考えるとかなりやばいよね」


 今のフェルの体がどのような姿になっているかはわからないが、今のフェルは試練を受けて新たな幻獣となろうとしている状態である。

 ここは幻獣が生まれ旅立つ場所。旅立つ場所というだけあって、生まれた幻獣はそのまま旅立つことが多い。それ故か、自然と出口も思い浮かぶようだ。

 もし、このままフェルの体を持ち逃げされてしまえば、体の持ち主はフェルとしての生を受けることになり、逆にフェルの魂は器を失ってさまようことになる。

 まさに成り代わりだ。このままでは、フェルは何の罪もないのにこのユグドラシルから出られなくなってしまう。


「ラスク、聞こえる? 今すぐ出口を全部封鎖して。まずいことになった」


『はいはーい、話は聞いていたよ。すでに封鎖に動いているから、脱出されることはないと思う』


 ヴェルグさんが虚空に向かって話しかけると、どこからともなくラスクさんの声が聞こえてくる。

 ラスクさんの連絡能力はかなり高性能のようだ。


「とにかく、一刻も早く体を取り戻さねばならない。ひとまずラスクの元へお連れする。ついてこい」


『わかりました』


 せっかくフェルが覚悟を決めてくれたのに、このままではフェルは一生体を得ることができなくなってしまう。

 そんなのは絶対にダメだ。何としてでも、体を取り戻してあげなくてはならない。

 俺はニーズさんの案内の下、ひとまずロビーにいるラスクさんの下へ移動するのだった。


 ロビーは最初に来た時と打って変わって、慌ただしい雰囲気に包まれていた。

 ラスクさんは色々なところに指示を出しているようで、あっちこっちに視線をさまよわせている。

 どこからでも連絡ができるとわかっているから不思議に思わないけど、傍から見たら何を慌てているんだろうと思うところだね。


「あ、戻ってきたね。せっかくの試練だというのに、こんなことになって申し訳ない」


 ラスクさんはこちらの姿を認めると、深々と頭を下げてきた。

 まあ、幻獣の試練に挑む者は数百年ぶりだという話だし、そんなピンポイントでこんな事件が起きるなんて運が悪すぎる。

 いや、こんなイベントがあったからこそ起こった事件なのだろうか。俺達に気を取られて、警備に隙ができたとか?

 まあ、そんなこと今言っても仕方ないけど、なんで寄りによって今なんだと思いたくもなる。


『罪人の位置はわかったか?』


「いや、まだだね。そもそもどんな姿なのかもわかっていないし」


 問題はそこだった。

 試練中だったせいもあって、フェルの姿ははっきりとわかっていない。

 もちろん、多少は元の姿と似ている部分もあるかもしれないけど、ここでその姿を知っているのは俺とニクスくらいなものだ。

 なにせ、ここに入った時点で、フェルの姿は魂だけのものになっていたのだから。


『見慣れぬ幻獣に絞って探せないのか?』


「少しは絞り込めるだろうけど、ここはいろんな幻獣がとっかえひっかえくる場所だからね。見慣れない幻獣なんてかなりの数がいるよ」


 ユグドラシルはすべての幻獣の生まれ故郷ということもあって、幻獣の中では一度は訪れたい場所らしい。

 幻獣であれば、大抵はユグドラシルの存在は知っているし、特別な許可もそこまでいらないので、気軽に立ち寄れる。だからこそ、世界各地から様々な幻獣がやってきては去ってを繰り返していて、新入りの幻獣なんて相当の数がいるとのこと。

 もちろん、その中でも持ち場を持っていないとか、色々判断できる部分はあるだろうけど、それを判断できるのはすべての幻獣の出入りを管理しているラスクさんくらいなものらしい。

 ラスクさんは分身を作り出せるようで、それを用いて各所に不審な幻獣がいないか色々探し回っているようだが、それでもまだ見つけることはできていないようだ。


「とにかく、出入り口は全部封鎖したから外に逃げられる心配はないはずだよ。門番の幻獣はみんな長くここに努めているし、誰も通すなって言ってるから大丈夫」


『となると、見つかるのは時間の問題か』


「多分ね。ただ、あんまり時間をかけすぎちゃうとそこの子が心配だね」


 そう言ってフェルの魂を見る。

 不安に思っているのか、その動きはかなり頼りない。魂だけの状態がどういう状態なのかはわからないけど、体がないというのは落ち着かないことだろう。

 見つけるのは時間の問題にしろ、あんまり時間をかけすぎればそれだけフェルの魂に影響を与えることになる。

 現に、今不安に思っていることも体の変質に一役買っていることだろう。

 あまり不安が大きすぎれば、どんな姿になるかわからない。あまり妙な姿になってしまったら、たとえ取り戻せたとしても受け入れられない可能性もある。

 早い所見つけないと、フェルの今後に関わってしまう。

 早く見つかることを祈りつつ、フェルの魂をじっと見つめた。

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