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幕間:月の叡智

 カーバンクルの長、ルーナの視点です。

 カーバンクルの森は普通の森と違って、木々がすべて宝石で構成されている。

 森の木々は決して枯れることはなく、常に生え変わる葉によってカーバンクル達の食料が賄われているのだ。

 元々、カーバンクルの森はこのような姿ではなかった。

 それはそうだろう、すべてが宝石で構成された森など地上にあるはずがない。宝石にあふれた場所があったとしても、それは晶洞のような場所だろう。

 今この森があるのは、カーバンクル達の切なる願いと、わっちが少し手を貸してやった結果だ。

 カーバンクルは、幻獣の中でも位の低い幻獣だった。神の遣いと呼ばれていたが、実際はそのサポート役であり、実際に人の願いを叶える役目を負っていたわけではない。

 しかしそれでも、宝石を見つけることによって富をもたらしたり、幸運によって素晴らしい出会いを促したり、やりようはいくらでもあった。

 人々もそれに感謝し、ただのサポート役であるにもかかわらず崇めてくる者もいたから、カーバンクル達もその役目に満足していたのだ。

 しかし、人の欲望というのは底が知れないもので、ある人間がカーバンクルの宝石を司る能力に目を付けて宝石を独り占めにしようとした。

 当然ながら、カーバンクルはそれを良しとせず、悪しき心を持つ者には近寄らないようにしていたが、それでも純粋な者は言葉巧みに騙されていった。

 宝石を独り占めにされる程度ならいい。だが、中にはカーバンクル自身に目を付ける者もいて、カーバンクルを捕まえて売りさばいたり、剥製にして飾ったりする輩まで現れた。

 こうなってしまえば、戦う力の乏しいカーバンクルとしてはたまったものではない。

 次第に人への、特に人間への信頼をなくしていき、神の遣いのサポート役という使命も忘れて、人里離れた場所に引きこもるようになった。

 だが、カーバンクルの食料は宝石を始めとした鉱物。その気になれば岩や土でも耐え忍ぶことはできるが、人族が作る硬貨に魅了されていた者は多く、ただの岩や土では満足できない者も多かった。

 中には人族が作る硬貨を求めて人里に降りていくカーバンクルもおり、そのせいもあってカーバンクル狩りはなくならずに今でも続いている。

 だからこそ、カーバンクル達は考えた。

 誰も飢えることのない、人目にも触れることのない、静かな隠れ場所を作ろうと。

 それが、今のカーバンクルの森だ。

 当然ながら、宝石を司るカーバンクルと言えど、宝石でできた森を作るなど容易ではない。ただ単に宝石を集めたところで、木は宝石にはなりえないのだから。


『懐かしいのぅ……』


 それを解決したのがわっちの知恵である。

 ムーンラビットであるわっちは月にある膨大な知識を持っていた。

 月は地上の者からしたら、ただ空に浮かぶ丸く明るいものという認識でしかないだろうが、実際には、きちんとした文明がある。

 恐らく、わっちらムーンラビットは地上で言う人族のようなものだろう。

 文明のレベルに関しては、人族なんぞよりよっぽど進んでおるだろうがな。

 それはさておき、わっちは地上に落ちた時に、カーバンクルにその知識の一部を授けた。

 本当にそれは偶然だっただろう。もしも、わっちが誤って月から落ちなければ、地上に来ることもなかっただろうし、その場所がカーバンクルの住処でなければカーバンクルを助けようなどとは思わなかった。

 容姿も少し似ていることだし、ある意味これは運命だったのかもしれない。


『みんなは元気にしておるじゃろうか』


 空に浮かぶまん丸な月を見上げて、かつての同胞を想う。

 わっちが月から落ちてから今まで、月に戻れたことは一度もない。

 この翼をもってしても、月までは遠すぎるのだ。

 わっちにできたことは、月の力を集めて月と交信することを可能にする月の祭壇を作ることだけ。

 月の叡智などと呼ばれているが、できることなどその程度なのだ。


『まあ、寂しくはないがの』


 以前であれば、心寂しさから死んでしまっていてもおかしくなかったかもしれない。

 だが、今はカーバンクル達がいる。

 見知らぬわっちを助け、仲間として迎え入れたカーバンクル。いつの間にか長として祭り上げられてしまったが、今では彼らはわっちの心の拠り所だ。

 会えはせずとも声を聞くことはできるし、今更月に戻ろうとも思わない。

 わっちはもはやムーンラビットではなく、カーバンクルなのだから。


『しかし、ニクスは変わったのぅ。人間の娘に固執するとは』


 ニクスはわっちが地上に落ちて間もない頃に出会ったフェニックスだ。

 その頃は、カーバンクル達のことを警戒していて、よく抜け出しては人里に降りていくこともあった。

 そんな時に出会ったのが、ニクスだ。

 あの時は人間の姿をしていたが、それはその姿の方が面倒が少ないからという理由であり、決して人間が好きというわけではないらしい。

 ニクスの方も、わっちのことにすぐに気が付いたらしく、色々と便宜を図ってくれた。

 わっちの地上での初めての友達と言ってもいいかもしれない。

 当然ながら、人間が好きではないニクスは人間に対して冷たく当たっており、冒険者という職業ではあるが、あまり好かれてはいないようだった。

 それなのに、今では人間の娘一人に、殺されては困るなどと言ったのだ。これほどおかしなことがあるだろうか?


『娘が底抜けの善人だったからか、あるいはあの白竜の仕業かのぅ』


 ニクスは人間のみならず、魔物ともあまり交流しない奴だった。

 わっちの時も、最初こそ人間に見つかりそうになったところを助けてくれたが、その後はすぐに離れていったし、基本的に一人が好きなんだと思う。

 それなのに、今は人間と白竜、二人も一緒にいるではないか。

 ニクスが変わったか、あるいはあの二人が変えたのか、どちらにしても、興味深いことに変わりはない。


『なにを企んでおるのかは知らんが、面白ことになりそうじゃのぅ』


 その気になれば、予想をすることはできるが、それでは面白くない。

 すぐ隣で見守ることができないのは残念だが、ここは向こうが報告することを待つとしよう。

 恐らくだが、そう遠くないうちに結果は出るような気がする。


『楽しみにしておるぞ、ニクスよ』


 さて、そろそろ休もうかとも思ったが、エメルダの確認をしておかねばなるまいか。

 エメルダは体を完全に再生したとはいっても、その力をすべて取り戻したわけではない。

 なぜなら、あの娘の体に一部を置いてきてしまったから。

 まあ、カーバンクルの幸運は宝石の魔力と同じようなものだから、しばらくすれば元に戻るだろうが、しばらくは不運が続くことだろう。

 全く、せっかく助けられたのにそれでまた怪我をされては困るのだがな。

 だが、気持ちはわかる。

 人間は好かないが、あの娘は特別だ。エメルダが甘いというのもあるだろうが、そもそも害意を持っているならばこの森に入ることすらできなかっただろう。

 すんなり入れたのは、あの娘が善人であるという証明でもある。

 エメルダの幸運を分けられたというのなら、しばらく命の危機に陥ることはないだろう。

 まあ、ちと分けすぎな気がしないでもないが。


『しばらくはわっちが世話をせねばな』


 エメルダは比較的警戒心が薄く、人間にもあまり敵意を抱いていない珍しい個体だ。

 だからこそ、人間に酷い目に遭わされたわけだが、生き延びたのはまさに幸運だったことだろう。

 その幸運を手放した今、エメルダはただの魔物とあまり変わらない。

 元に戻るまでの間は、しっかりと面倒を見なければ危ないのだ。


『ルーナ様ー! どちらですかー!』


 噂をすれば、エメルダの声が聞こえてきた。

 さて、呼ばれたからには応えねばなるまい。わっちはカーバンクルの長だからのぅ。

 わっちは腰を上げると、声のする方に飛んでいった。

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