第百二十六話:出発の時
その後しばらく休憩した後、時間も朝でちょうどいいということで、そのまま出発することになった。
元々、この森に来たのはフェルとエメルダさんを分離させるためだったわけだし、それが果たされた今、もうこの森にいる必要はない。
俺としては、こんな綺麗な場所ならもう少しくらいいてもよかったのだけど、いくら恩人とは言っても人間であるフェルがいつまでもこの地に留まっているのは他のカーバンクルからしたら結構ストレスになるようなので、早々に離れることにしたわけだ。
見送りには、ルーナさんとエメルダさん、そしてなぜかラズリーさんがいる。
一応、ニクスはルーナさんにラズリーさんが俺を見つけたことを報告したようだ。
それで呼ばれたようだけど、だからと言って何か貰えるというわけでもないようなので、完全にただ何となく呼ばれただけである。
まあ、長であるルーナさんにいい印象を与えたわけだし、ラズリーさんからしたらそれだけでも十分成功と言っていいのかもしれないけど、なんだか可哀そうな気もするね。
『なかなか楽しいひと時だった。また近くに来ることがあったら寄るとよい。ぬしらであれば歓迎しよう』
『フェルさん、それに白竜さんとニクス様も、お元気で』
『またなー』
口々に別れの言葉を口にする。
すでに俺の背中にはフェルが乗っており、いつでも飛び立つ準備は万端だ。
『ルーナ、白竜のにしたいたずらは貸しとしておくからな』
『はっはっは、兎の可愛いいたずらにそう目くじらを立てんでもよいではないかや? それに、きちんと詫びの品も渡したであろう?』
いや、あれはいたずらじゃすまないと思うけど……今はそこまで怒っていない。
というのも、お詫びの品ということで、俺が欲しがっていた森の枝や葉っぱを譲ってもらえることになったのだ。
カーバンクル達は鉱石を好んで食べるらしく、この森にある葉っぱは彼らの主食のようなのだが、この森の木々は寿命というものがなく、ほぼ永遠に葉を落とし続けるらしい。
だから、多少持っていく程度は問題ないのだとか。
なんか、それならもっときちんとしたものを頼めばよかったかなと思わなくもないけど、この森の宝石は虹色に輝いていてとても綺麗なので、これでも十分ということにしておこう。
『白竜のが納得しているからこそ、その程度で済ませているのだ。次に白竜のを危険な目に遭わせるようなことがあれば、その時は貸しではすまんぞ』
『おお、怖い怖い。気を付けておくとしよう』
ニクスなりに、俺が暴風によって吹き飛ばされて危険な目に遭ったことを気にしていたらしい。
枝や葉っぱを譲るように言ってくれたのもニクスだし、厳しいようでもきちんと優しいところがあるのがニクスだよね。
「エメルダさん、また機会があったら会えますか?」
『もちろんです。わたくしもお待ちしていますよ』
フェルとエメルダさんはかなり仲良くなったようだ。
抱き合う、というか、フェルがエメルダさんを抱える形で話しているのがなんとなくもやもやするけど、フェルは幻獣と仲良くなれるスキルでも持っているのかもしれない。
米粒サイズとまではいかなくていいから、手乗りサイズになれる丸薬でも貰えないかな。そうしたら、フェルともっと密着できそうなのに……。
……なんか危ない思考をした気がする。自重しないと。
『さて、もう行くとしよう。またな、ルーナ』
『うむ、また会おう』
最後に別れを告げ、ニクスが飛び立つ。それを追って、俺も空へと繰り出した。
来る時は宝石回廊を通ってきたが、せっかくここまで来たのだからとここから直接移動するらしい。
宝石回廊は、ジオード同士とこの森を繋げる道だが、その際に距離の概念はかなり短くなるようである。
例えば、宝石回廊で五分ほど歩いた距離だとしても、実際には数日歩いたのと同じくらいの距離になるというわけだ。
なので、ここに移動してきた時点で、あの森からは相当離れており、もしここから自力であの森に戻ろうとするなら、それこそ数か月単位の時間が必要になることだろう。
だが、逆に言えばそれだけの距離を短時間で移動できたということでもあり、だったらこの際この近くの場所を目的地に進もうということになったわけだ。
『なんか、幻獣って色々な種類がいるんだね』
『当然だ。昔は魔物よりも幻獣の方が多かった時代もある。今生き残っているのだけを見ても、相当な数がいるだろうよ』
『へぇ』
幻獣と聞くと、珍しい魔物という風に感じるけれど、そう言うわけでもないらしい。
もちろん、元神の遣いとして栄えていた種族だけあって特別な力を持っているし、普通の魔物と比べたら圧倒的に珍しいのだろうけど、数だけ見たらそこまででもないのかもしれない。
ドラゴンだって、イグニスさんを初めとしてそれなりの数がいるようだし、あんまり神聖視するのは間違っているのかもしれないね。
『まあ、ほとんどの幻獣は人間どもの行いに嫌気がさして引きこもっているがな。カーバンクルなど、そのいい例だろう』
『ああ、確かに』
カーバンクルは神の遣いとして見られていた時期は少ないようだけど、それでも幸運を呼ぶ魔物として愛されていた。
しかし、その幸運を独り占めにしようとした人間が現れ、カーバンクル達は人間への信頼を失っていった。
だからこそ、今では滅多に人前に姿を現さないし、ああして隠れ里のような場所に固まって暮らしているんだろう。
今でも、カーバンクルは見つけたら捕まえて売りさばいたり見世物にしたりするのが普通らしいし、いつの世も人間の欲望は底が知れないね。
『ところで、次はどこへ行くの?』
『小娘の適応力を上げる修行をするつもりだったが、死にぞこないのカーバンクルに体を預けるようなお人よしではそもそもサバイバルなど不可能だ。これでは修行中に野垂れ死んでもおかしくはない』
『野垂れ死ぬって……』
いや、まあ、言いたいことはわかるけどさ……。
サバイバルにおいて、他人を助ける余裕など普通はない。自分が安全でなければ人に手を差し出す余裕なんてないだろうし、サバイバル、というか野生においては少しの油断が死に繋がるなんて普通にある。
俺やニクスはまだ体の性能や純粋な強さから他人に手を差し伸べる余裕もあるけど、フェルの場合は下手をしたら死んでいてもおかしくはなかったような状況だ。
もし、また似たようなことが起これば、今度は助からないかもしれない。それを考えると、純粋にサバイバルをさせるのは少し不安ではある。
野垂れ死ぬというか、善意によって死ぬって感じだよね。
いやまあ、俺も人のこと言えないかもしれないけどさ。
『だからそれに関しては保留とし、先にその先のことに触れておこうと思ってな』
『先のこと?』
『貴様には言っただろう? 我が小娘をどうしたいかを』
フェルをどうするか、すなわち、フェルを幻獣にし、俺と一緒に暮らせるようにするという話である。
幻獣の試練を行うのに、最低限強さと頑丈さは必要になるらしいが、現状強さはある程度あるし、頑丈さに関してはそこまではないが、魔法に関してはエメルダさんの加護もあってそれなりに扱えるようになった。
だから、まずはその試練の入り口に立ち、フェルの覚悟を見たいということなのだろう。
とうとう、この時が来たという感じだ。
『案ずるな。今すぐにというわけではない。今回はただ、覚悟を見るだけだ』
『そっか……』
不安ではあるが、この方法を除いてフェルが俺についてこられる方法はあまりない。
逆に、俺がフェルに合わせて人間として暮らすというのならできそうではあるが、それはニクスが許さないだろう。
フェルとニクス、どちらとも一緒に暮らすのならば、やはりフェルの覚悟は必要になってくる。
ニクスが人間の暮らしを容認してくれるならいいんだけどね。実際、以前の修業の時はしばらく町に滞在していたわけだし。
願わくば、あの時のように三人で暮らしたいなと思った。
感想ありがとうございます。
今回で第四章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第五章に続きます。




