第百二十二話:救いの手
激突した瞬間、もふっと柔らかな感触が全身を包み込む。
一瞬、死んだかと思ったけど、思ったよりも衝撃はなく、むしろ柔らかな感触に心地よさすら覚える。
いったい何事かと思って顔を上げてみると、そこには青い毛の海が広がっていた
『なんだなんだ? 襲撃か?』
どうやら俺がぶつかったのは何かの生き物らしい。
それは俺がぶつかった衝撃を攻撃と感じたのか、辺りをきょろきょろ見まわして警戒態勢に入っている。
一面毛でいっぱいでどんな魔物なのかはわからないけど、ここがカーバンクルの森だということを考えると、恐らくカーバンクルの一体だろう。
声色からして、特に怪我を負っているというわけでもなさそうだし、とりあえずお互い無事でよかった。
『えっと、もしもし、聞こえますか?』
『うん? どこからか声が……どこにいる!』
『わわっ……』
急に声をかけたのがまずかったのか、カーバンクルはより一層辺りを警戒しまくっている。
これは姿を見せてあげないと落ち着きそうもないな。
とりあえず、毛の海から脱出して、空へと飛び立つ。
さて、気づいてくれるだろうか。
『ここだよ、ここ。見えるかな?』
『どこ……ん-? なんだこれ、ハエか?』
『誰がハエだ!』
ようやく俺を見つけたと思ったら、かなり失礼なことを言ってきた。
いやまあ、確かに今の俺のサイズはハエみたいなものかもしれないけどさ……流石にちょっと傷つく。
思わず大声を出してしまったが、カーバンクルは特に気にした様子もなく、じーっと俺の姿を見つめていた。
『なんだお前、どこからか迷いこんできたのか?』
『迷い込んだわけじゃ……いや、確かに今迷ってるけど』
方向は教えてもらったとはいえ、未だにフェルの反応は捉えられない。
森に住むコロポックルが言うのだから、方向は間違っていないんだろうけど、それでも結構進んできたのに反応なしはちょっと不安になる。
無事に辿り着けるといいんだけど……。
『ちっちゃいな。コロポックルの仲間か?』
『いや、違うよ。一応ドラゴンなんだけど』
『ドラゴン? はは、まっさかぁ。ドラゴンはもっと大きいんだぞ?』
一応ドラゴンだと伝えてみたが、カーバンクルは信じていない様子。
まあ、この小ささじゃねぇ……。
別に信じてもらわなくてもいいけどさ。いつまでも話している場合じゃないし、さっさと先に進んでしまおうか。
『別に信じなくてもいいよ。ぶつかってごめんなさい』
『……いや、待てよ? 白い小さいドラゴン、白竜……あ、おい、ちょっと待てよ!』
さっさと進もうと思ったら、いきなり待ったをかけてきた。
なんなんだ全く。俺は早くフェル達の下に帰りたいんだけど?
『お前、ニクス様が探してる白竜か?』
『え、ニクスを知ってるの?』
無視して進もうとも思ったが、ニクスの名前が飛び出してきて思わず足を止めてしまった。
そういえば、ニクスはこの森のカーバンクル達に挨拶をしているようで、少なからず交流があると言っていた気がする。
俺がいなくなってからすでに一日経過しているし、ニクスが森のカーバンクルに捜索願を出していても不思議ではないかもしれない。
なら、このカーバンクルも俺のことを探していたのかも?
『おう。ルーナ様が留守にするからって代理を頼まれたフェニックスだろ? ちょっとおっかない奴だけど、悪い奴ではないよな』
どうやら俺が知っているニクスで間違いないらしい。
というか、今思えば活動範囲が狭いであろうコロポックルよりも、この森を縄張りにしているカーバンクルに道案内を頼んだ方がよほど確実に湖まで辿り着けそうだ。
何なら乗せてもらうこともできるだろうし、移動速度の問題も解決できることだろう。
なんでこんなことに気が付かなかったんだろうか。最初にハエと言われたことを引きずっていたかもしれない。
『ニクス様はお前のこと探してるみたいだったぞ? さっさと戻ったほうがいいんじゃないか?』
『戻りたいのはやまやまなんだけどね……』
俺は暴風に吹き飛ばされて森に不時着したことを話す。
すると、カーバンクルはああ、と納得したような表情で頷いていた。
『そう言うことなら、俺が連れて行ってやるよ』
『お願いしていいの?』
『おう。そう頼まれてるしな』
とりあえず、カーバンクルは俺を連れてニクスの下まで送ってくれるらしい。
いきなり交通事故を起こして面倒なことになったと思ったけど、結果を見ればかなりラッキーな出会いだったかもしれない。
まあ、初めからカーバンクルを探して連れて行ってもらうという発想ができていれば、もう少し簡単だったかもしれないけどね。
あの時は、いきなり見知らぬ場所に吹っ飛ばされたこともあって混乱していたのかもしれない。
『それじゃあ、よろしく』
『おう、任せとけ。んじゃ、背中に乗りな』
背中に乗る、というか、背中に潜り込むと言った方が正しいのかもしれないけど、大丈夫かな。
まあ、柔らかさは折り紙付きだし、振り落とされないように注意していれば問題はないだろう。
ちょっと毛が抜けるかもしれないけど、それは我慢してもらうとしよう。
『俺はラズリーだ。よろしくな』
『うん、よろしく』
ラズリーさんは俺が背中に潜り込んだことを確認すると、宙に浮かび上がる。
見た目は青い毛並みの兎のようだが、耳が羽のようになっており、それで空を飛ぶことができるらしい。
流石に、俺の本気の飛行速度よりは遅いけれど、それでも俺はただ捕まっているだけで進むことができるし、さっきと比べるとだいぶ楽だ。
ニクスには及ばないけど、毛並みもかなり柔らかいし、動く時の揺れで少し眠くなってくる。
多分、手を放してもこれだけ毛深いなら支えてくれそうだけど、流石に危険なので寝るわけにはいかない。
早くニクス達の元へ着くことを祈ろう。
『それにしても、何だってドラゴンがそんな小さくなったんだ?』
『まあ、それには色々あってね……』
今更だけど、宝石の場所を自在に変えることができるなら、もっと安全な場所で切り取ることもできたんじゃないだろうか。
例えば、皮膚の表面ぎりぎりに移動させて、外から切り取ってやれば痛いは痛いだろうけど、最低限の傷で済むだろうし、もっと簡単に取り出すこともできたように思える。
むしろ、俺が中に入ったことによって色々な場所に移動させてしまい、そのせいで内部を傷つけてしまったと考えると、ちょっと間違った対応だったんじゃないかなと思わなくもない。
まあ、初めから移動させる必要がなかったのならそれが最適だったかもしれないけどね。痛みに関しても、ちょっとお腹が痛くなる程度だったようだし。
『面白いことするな』
『面白くないよ』
小さくなったおかげで踏み潰されそうになるわ風に飛ばされるわ危険なことしか経験していない。
強いはずのドラゴンも、小さくなってしまえば無力だということを思い知った。
もう二度とやりたくない。
俺はもうこんなことが起こらないことを祈りつつ、ぶつぶつと文句を呟いていた。
感想、誤字報告ありがとうございます。




