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第十二話:言葉の壁

 俺は今、町にある建物の上で羽を休めている。

 いつもなら大騒ぎになって迎撃されるところだけど、眼下の道を行く人々は、まるで俺の存在に気が付いていないように、何も気にせず行き交っている。

 建物の屋根にいるから気づかれていないわけではない。その秘密は、俺が今発動させている魔法にある。

 隠密魔法。光を屈折させて対象の姿を隠す魔法だ。

 今、俺の姿は景色に同化して透明に見えていることだろう。多少動けば景色の揺らぎのようなものは見えるかもしれないが、注視しなければ気づかれないだろうし、そもそも屋根の上を注視する人なんていないだろう。

 そういうわけで、俺は騒がれることなく、人間の生活を観察することが出来た。

 こうして見ていると、やはり現代とは程遠い生活をしていることがわかる。服装も違うし、建物も古い造りのものばかり。ちらりと目をやれば、井戸から水をくみ上げている人の姿も見て取れた。蛇口を捻れば水が出てくるなんてことはないのだろう。

 これはこれで異世界という感じがして少しワクワクするのだが、今回の目的は市民の生活を観察することではない。いや、それもあるにはあるけど、重要なのは言葉を聞くことだ。

 日常の何気ない会話でもなんでもいい。俺が知っている言葉なのかそうでないのかが重要だ。そして、もし知らない言葉ならば、何度も聞いて意味を理解する必要がある。

 屋根から道まではそこそこ距離があるが、ドラゴンの身体は聴力もいいので話を聞くくらいは造作もない。早速耳を傾けていると、様々な声が聞こえてきた。

 お店で客引きをする声、挨拶する声、怒鳴り声に笑い声など、いくつもの人の声が聞こえる。そして、それらの意味を俺は理解することが出来た。

 日本語、というわけではない。言っている言葉は全然違うものなのだけど、なぜだかその意味は理解できる。まるで聞いた傍から日本語に翻訳されているかのように。

 これは、どういうことだろう?

 いや、聞き取れるのはありがたいんだけど、これは日本語じゃない。すなわち、俺がそのまま日本語を喋れたとしても、通じない可能性が高い。

 会話をしたいのだからそれでは意味がない。

 うーん、どうしたものか。練習するなら、この世界の発音に合わせる必要がありそうだけど、日本語に翻訳されてしまうからややこしい。

 頑張れば発音を聞き取れないことはないけど、普通に別の言語を覚えるより難しい気がする。いや、意味がわかる分楽なのか? よくわからない。

 これはしばらく町に入り浸る必要がありそうだなぁ。


 ニクスの隙を見ては町へと出向き、人々の話に耳を傾ける。

 最初は異世界の暮らしを目の当たりにできて楽しかったけど、次第に話に混ざれない疎外感から、だんだん悲しくなってきた。

 いや、ここは我慢だ。これでちゃんと喋れるようになれれば、人間と交流するきっかけが作れるかもしれない。今は耐える時なのだ。

 おかしいな。俺は別に寂しがり屋というわけではなかったと思うんだが……。

 一人で生まれたせいか、人の愛情というものに飢えているのかもしれない。

 なんか、子供っぽくてちょっと恥ずかしいけど……。

 まあ、ドラゴンの寿命は相当長いらしいから、まだ十数年しか生きてない俺は子供も子供なんだけどさ。

 そうして町通いが日課になってきたある日の事。いつものように町に出かけようとした時にそれを見つけた。

 町にほど近い森の一角、ついこの前までは何もなかったと思うのだが、今やそこは一部が開拓され、小さな道のようになっていた。

 恐らく、町の人々が道かなにかを作り始めたのだろう。まだ行ったことはないが、もしかしたらこの先に別の町があるのかもしれない。

 まあ、それはいいとしよう。

 問題なのは、その開発中と思わしき道で、数人の人間と魔物――ニクスによると、やはり魔物と呼ばれているらしい――が対峙しているということだ。

 人間達からは悲鳴が上がり、転がるようにして走り去っていく人もちらほら見える。

 中には剣を片手に勇敢に魔物に立ち向かっている人もおり、彼らのおかげで逃げている人達は見逃されているようだ。

 だけど、だいぶ人間側が分が悪いように見える。

 魔物は巨大な熊だ。確か、ワイルドベアーだっけ? ニクスからそんな名前を聞いた気がする。

 その熊が数人の人間を相手に猛威を振るっているわけなのだが、その力は圧倒的だった。

 ひとたび腕を振るえばまるで紙屑のように人間が宙を舞う。

 防具は一撃で砕け散り、露出した皮膚からは大量の血が溢れ出す。

 戦いというよりは蹂躙と呼ぶべきだろう。それほどまでに戦力差は明らかだった。

 そうやって考えている間にも、また一人人間が宙を舞った。あれでは即死だろう。

 気が付けば残っているのは最年少と思われる少女のみ。

 迷っている暇はなかった。

 俺は翼を畳んで急降下すると、少女と熊の間に割り込む。

 着地の事を考えていなかったおかげで、どしんと小さな地震が起きたが、どうやら熊の攻撃を受け止めることには成功したようだ。

 背中に感じる爪の感触に安堵しながら、少女の方を確認する。

 着地の衝撃波でバランスを崩したのか、少女は尻餅をついていた。


「ど、ドラゴン!? そんな、なんで……!」


 少女はかなりボロボロだった。肩口からは鮮血が滴り、腰元は引き裂かれたような跡がある。息も荒く、立っているのもやっとだったんじゃないかと思われる。

 格好からして冒険者だろうか? まだ12、3歳程度に見えるけど、こんな小さな子が冒険者だなんて危ないな。

 町の会話からすると、冒険者は成人前でもなれるらしいから、別におかしくはないけど、ちょっと心配になる。

 他に仕事がなかったんだろうか。

 と、そんなことより今はこの状況を何とかしないと。

 熊は突然現れた俺に怒りを表したのか、何度も何度も背中に爪を突き立ててくる。

 まあ、その程度じゃ俺の鱗はびくともしないけどね。

 でも、いい加減鬱陶しいので振り向きざまに爪を振りかぶる。

 あまり意図してはいなかったけど、俺の爪は見事に熊の首元にヒットし、鮮血をまき散らせた。

 こ、殺すつもりはなかったんだけど……まあ、やってしまったものは仕方がない。静かに黙とうを捧げる。

 横たわって動かなくなった熊を確認した後少女の方へと向き直る。


「こ、来ないで……!」


 少女は立てないまでも、後退りながら剣を向けてくる。その瞳は恐怖の色に染まっており、新たに現れた俺という脅威に怯えているのがわかった。


『だ、大丈夫だよ。危害は加えないから』


 安心させるように話しかけてみても、びくりと肩を震わせて後退るばかり。

 言葉が通じないのはわかっていたけど、ここまで怯えられるとちょっとへこむ。

 俺は下手に少女を追うようなことはせず、周囲に倒れている人間の様子を見ることにした。

 現場は燦々たる状況だった。

 倒れている人は皆皮膚を抉り取られるようにして亡くなっている。中にはまだ助かりそうな人もいたようだが、俺が戦っている間に息を引き取ってしまったようだ。

 死んでいなければ治癒魔法で回復させることもできたのに、残念でならない。

 もっと早く気づけていれば……。


「な、仲間に触らないで!」


 がちがちと歯を打ち鳴らせながらも必死に言い募る少女。

 仲間想いなんだな。ますます助けてあげられなかったことが悔やまれる。

 せめて助けられる命だけでも救おう。

 俺は少女に顔を向けると、治癒魔法を使った。


「ッ!? えっ……?」


 少女の身体が淡い緑色の光に包まれたかと思うと、次の瞬間には少女の傷は完治していた。

 相変わらず治癒魔法は操作が効かない。どんな大きな傷でも完全に治してしまう。

 別に困ってないからいいんだけどね。

 これで大丈夫だろう。近くに他の魔物の気配もないし、これならちゃんと帰れるはずだ。

 これ以上怯えられる前にこの場を去ってしまおう。


「い、今のは、君が……?」


 少女の言葉にピクリと反応する。

 そうだよと返してあげたい。もっと話してみたいし、出来るなら友達になって欲しいとも思う。

 でもそれは叶わない。言葉の壁は厚いと痛感した。

 伝わらないだろうけど、せめてもの反応として小さな声で一声鳴いた後、翼を広げて空へ飛び立った。

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