第十一話:十数年後
第二章、開始です。
あれから十数年の時が流れた。
俺はすくすくと成長し、今では体長も5メートルほどになった。
体が大きくなったせいで、揺り籠に使っていた卵の殻で寝られなくなったのは残念だったけど、より鱗は強靭になり、たとえ岩の上で寝たとしても全く痛くないくらいになった。
それに、ニクスがいつも翼を貸してくれるから、睡眠に関しては前世よりも質が良くなっていると言える。あの翼のふわふわは、どんな布団よりも心地よい眠りを提供してくれるのだ。
と言っても、今では俺の方がニクスよりも大きくなってしまったから、全身に包まれないのが少し残念だけど。
体が大きくなるにしたがって翼も大きくなり、より高く飛べるようにもなった。
首も長くなったのかな? 湖に映った俺の身体はよりドラゴンらしくなっていた。
あと100年もすれば身体の成長も止まり、一人前の成竜として扱われることになるらしい。むしろまだ成長するのかとも思うけど、ドラゴンからしたら俺はまだまだ小さい方のようだった。
そのうち、同族にも会えたらいいな。
今はまだ成長のために留まっているけれど、いずれ成竜になったら、ニクスのように世界を見て回ってみたいものだ。……100年はちょっと気が遠くなるけど。
さて、そんな俺の最近の関心事は森の外についてだ。
成長したおかげか、今までよりも早く飛ぶことが出来るようになり、行動範囲が一気に広がった。その結果、ついに森の外に達することが出来たのだ。
俺が向かったのは西の方で、そこには広い平原があった。
森とは違う開放的な景色は、殺風景ではあるが珍しく、しばしの間観察していた。
すると、その途中であるものを見つけたのだ。
それは町。多くの建物が乱立する立派な町だった。
町があるということは人がいるということ。十数年もの間、人と触れ合うことのなかった俺は舞い上がってしまい、ついつい町に近づいてしまった。
するとどうだろう、矢を射かけられ、魔法で攻撃され、完全に敵として歓迎されてしまった。
せっかく人と話すことが出来るかもしれないと思っていた俺は意気消沈し、その場を離れることになる。
そりゃまあ、確かにドラゴンがいきなり町に現れたら襲いに来たと思うだろうけどさ、もうちょっとこう、対話が欲しかった。
まあ、それは俺のわがままなのでしょうがない。襲われたと思っているんだから抵抗するのは当たり前だ。人間が悪いわけではない。
だけど、一度人間の姿を見てしまうと、どうしても話したいという欲望が湧き上がってきてしまい、その後もちょくちょく町に行っては追い返されるというのを繰り返していた。
うん、今にして思えば馬鹿だったと思う。そもそも俺は人間の言葉を喋れないのだから、仮に対話を望まれたとしても答えられない。
だからこのままではいけないと思い、ニクスに相談することにした。
『ニクスー、ちょっと聞きたいんだけど』
『なんだ。また変なものを拾ってきたのか? 大概にしないと巣に入れなくなるぞ』
住処に帰って話しかけてみればそんな言葉が返ってきた。
ニクスは俺のことを一体何だと思っているんだろう。
確かに出先で見つけた綺麗な石とかをちょくちょく持って帰ってはいるけどさ。
『違うよ。俺、人間と友達になりたいんだ』
『……すまん、もう一度言ってくれるか? 人間が何だって?』
『だから、人間と友達になりたいの。どうすればいいと思う?』
至極真面目に聞いたのだが、ニクスは深くため息をついてジト目でこちらを見てきた。
『悪いことは言わん。人間と関わるのは止めておけ』
『え、どうして?』
『人間は欲深い生き物だ。目的のためなら同族殺しすら厭わないし、山や森すら切り崩す。付き合ってもいいことは何もない』
『そんなことはないと思うけど……』
元人間として、ニクスの主張がわからないわけではない。確かにそういう人間もいるだろう。だけど、そうでない人間もまたいるはずだ。
こちらが誠意をもって接すれば相手もそれに応えてくれる。少なくとも、俺が脅威でないとわかれば、話くらいは聞いてくれるんじゃないかと思うんだけど。
『白竜の、貴様の同族も多くが人間の手によって殺されている。それに、ドラゴンと人間では住む世界が違う。分かり合えるはずがない』
『で、でも……』
『とにかくやめておけ。下手に関わって敵意を向けられ、巣を追われることになったら我も困る』
ニクスはそう言って話を切った。
ドラゴンと人間では住む世界が違う。それはそうだろう、前世と今を比べれば、天と地ほどの差があることは明白だ。
この世界の人間の生活と、前世の人間の生活とじゃ違うかもしれないけど、そう大きな違いはないだろう。町を見た限り、前世よりは発達が遅れているように感じたけど、前世だって昔はあんな感じだったんじゃないかと思う。
この世界の人間にとってドラゴンは脅威なのかもしれないけど、ちゃんと話すことが出来れば多少は変わるはずだ。
まずは言葉を練習しよう。話はそれからだ。
ニクスは師として、親としてとても尊敬している。そのニクスが言うのだから人間と関わるのは悪いことなのだろう。だけど、俺はそれでも人間と話したい。友達になりたいのだ。
その日から俺は人間の言葉を発声するための練習を始めた。
とはいえ、自分的には普通に喋っているつもりなのにそれらすべては鳴き声に変換されてしまうからかなりの苦戦を強いられた。
単語を話すだけでもきゃぅとかきゅぅとかになってしまう。先は長そうだった。
それでも、これを乗り越えられなければ、人間とコミュニケーションをとるのは難しい。諦めるわけにはいかない。
一日、二日、一週間、一か月。今ではニクスも付きっ切りで一緒にいるわけではないから練習の時間を取るのはたやすいけど、一向に喋れるようになる兆しは見えなかった。
やはりドラゴンの身体で人間の言葉を話そうというのがそもそもの間違いなのだろうか。ドラゴンと人間では発声器官が違うし。
でも、何とか真似することくらいできないものか。うーん……。
俺は元人間だが、十年以上もドラゴンの身体でいたこともあって、人間の時の発声はあまり覚えていない。そもそも意識したこともなかったし。
思ったんだけど、そもそもこの世界の言葉と俺が使っている日本語は同じなのだろうか?
たとえ使えるようになったとしても、言葉が違いましたじゃ結局通じない。それじゃ困る。
一度人間の言葉というものを聞いた方がいいのかもしれない。
となると、また町に行かなくちゃなんだけど……普通に行っても無理だよなぁ。
こう、こっそり話しているところを聞ければいいんだけど。
……いや待てよ、もしかしたら手があるかもしれない。
俺はこの十数年間魔法の練習も欠かしたことはない。繊細な調整だって今ではお手の物だ。
よし、明日は町に行こう。人間達の生活をこっそり見て回ろうじゃないか。
俺は小さな決意と共に拳を握る。
あ、でもニクスにはばれないようにしておかないとね。
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