第百十話:助ける方法
今回のような事例は今までにもいくつかあったらしい。
その際はその人間の体を切り裂いて宝石を取り出して再生させたり、あるいはその人間そのものを素材にして体を再構成したりと、とにかく人間が助かるような道はなかったらしい。
そもそもの話、カーバンクル達は皆、人族、その中でも主に人間に酷い目に遭わされてきた過去がある。
それを考えると、たとえ自分の命を救ってくれた恩人だったとしても、自分が元の姿に戻るためなら助ける義理はないと思っている者が多いようだ。
今回、エメルダさんは本気で後で体を返そうと思っていたようだけど、まさか今までがそんな風に体を再生させていたとは思わなかったんだろう。ルーナさんの話を聞いて、かなり驚いたような表情をしていた。
フェルの体に入ったのがエメルダさんだったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。そうでなければ、フェルの命はなかったかもしれないのだから。
『転移魔法で体の中にある宝石を外に転移させるというのはどうかや?』
『どこにそんな正確に短距離転移をできる奴がいるというのだ。少しでもずれれば、小娘の臓器もろとも転移させてしまうだろう』
『そうかぁ、いい手だと思ったんだがのぅ』
ルーナさんとニクスが色々考えてくれているようだが、なかなかいい案が浮かばない。
というか、ルーナさんはこの状況を楽しんでいるのか、半分ふざけたような提案をすることも多かった。
いや、完全にふざけているわけではないんだろうけど、どうにも他人事感がある。
まあ、実際他人事なんだけどさ。
「ルミエール、私どうなっちゃうの?」
『大丈夫だよ、必ず助けるから』
エメルダさんと交代したのか、不安そうにしているフェルの肩を抱く。
とはいえ、俺もいい案が浮かんでいるわけではない。
状況としては、フェルの体の中にある宝石を取り出すことができればいいようだけど、その宝石もただ体内にあるというわけではない。
今の状況は、フェルとエメルダさんが同化したような状態であり、フェルの体はエメルダさんの物でもあるのだ。
それゆえ、核となる宝石もフェルと融合しており、ただ単に切り裂くだけでは取り出すことはできない。
もちろん、さっき言ってた転移魔法だって無理だろう。繋がっている部分をすべて切ってやればいけるかもしれないけど、そんなことできたらとっくに取り出せているはずである。
今のところ一番ましなのが、フェルの体を素材にカーバンクルに変化させ、カーバンクルの能力をもってして宝石を体表に出現させる、というよくわからない方法だった。
理屈はわからないが、カーバンクルは自分の核である宝石をある程度自在に動かすことができるらしい。だから、カーバンクルになってしまえば、その力を使って体内にある宝石を体表に移動させることができるというわけだ。
ニクス的には、どのみち幻獣にするのだからここでカーバンクルとなっても問題はないだろうとか言っていたけど、問題大有りだろう。
そりゃ確かに、最終的な到着点は同じかもしれないが、今はまだフェルは幻獣となることを知らない。
覚悟は必要になるだろうし、それにできることなら、せめて可能な限り人間に近い姿にしてあげたい。
カーバンクルが悪いというわけではないけど、カーバンクルの見た目は耳が羽のようになった兎であり、四足歩行。身長もかなり小さいし、フェルの一生の姿とするには少し可哀そうだ。
むしろ、そんな簡単に幻獣になれるのかが疑問だけど……カーバンクルの宝石があるからこそできる芸当なのかな?
逆にニクスがどうやってフェルを幻獣にさせようとしているのかが気になる。
『おい、我はあまり時間を無駄にしたくはないのだ。さっさと月の叡智に頼るがいい』
『ふむぅ、せっかく面白くなってきたところだのにのぅ。では、次の案で決まらなかったらそうするとしようか』
ルーナさんとニクスの話し合いは続いているが、ニクスの方が若干うんざりしてきているらしい。
まあ、ルーナさんは月の叡智と呼ばれるような凄い頭のいい幻獣のはずなのに、今はなぜかその能力をセーブしているようだ。
月の叡智をもってすれば、未来予知的なこともできるようで、それですべてわかってしまっては面白くないからとあえてそうしているみたいだね。
何かデメリットがあるのかもしれないけど、流石にフェルの緊急事態でいつまでも悩むのを楽しまれては困る。
すでに夜もかなり更けてきた。このままでは朝になるのも時間の問題だろう。
ニクスの提案にルーナさんはようやく考えを改めたのか、次で終わりにするという。
さて、どんな内容になることやら……。
『うーむ……お、こういうのはどうかや?』
そうしてルーナさんが示したのは次のような方法だった。
目的である宝石はフェルの体内、正確にはお腹のあたりにあるらしい。
本来であれば、切り開きでもしない限り見えないし、手も届かないが、それを届かせる方法がある。
それが、誰か一人を米粒のように縮めて、フェルの体内に入り、内側から宝石を切り離す、というものだった。
切り離した後は、転移魔法で一緒に外に出て、後は元の大きさに戻れば完璧、という算段らしい。
まあ、確かに外からは見えないし張り付いているから容易に転移はさせられないけど、内部に入って切り離した後で転移させるのであれば、転移対象は目の前に見えるわけだし転移を間違えることもない。
一応、できなくはない作戦ではあるだろう。
ただ、体を縮めてフェルの体内に入るとして、うまい具合に宝石の場所まで辿り着けるのだろうか。
お腹辺りにあるのはわかるけど、それが胃の中とかでないのなら見つけるのは難しそうだし、見つけたとしてもそんな簡単に切り離せるんだろうか?
『どうじゃ、なかなかいい案であろう』
『その案で行くなら、転移魔法が使えて、体内でも正確に宝石の場所を把握でき、さらに小娘に飲まれることを了承できるような奴でなければいかんが、そんな奴いるのか?』
『いるであろう。ほれ、そこに』
そう言って俺のことを指さす。
え、俺がやるの?
『ふむ。まあ、白竜のなら小娘のためなら喜んでいくだろうが……』
『そうであろう? それに、魔法の扱いもうまいと見た。転移魔法もお手の物であろう』
『使わせたことはないが、使えはするだろうな』
転移魔法は空間魔法に当たるらしい。一応、適性としてはあるので使おうと思えば問題なく使うことはできると思う。
逆に、ここにいるメンバーでは、エメルダさんはフェル自身になっているので無理だし、ニクスも転移魔法は使えないようだ。ルーナさんは使えそうだけど、自分で行く気は全くなさそうである。
つまり、俺しか適任がいないのだ。
『白竜の、そう言うことだが、やってみるか?』
『いや、フェルのためならやるけどさ……』
それで何とかなるんだったら多少の危険があってもやるけどさ、もう少しいい方法なかったのかね。
例えば、麻酔のようなものを作り出して、体を切り開く際の痛みをなくすとかさ。
それだったら、フェルがショック死することもなく、比較的簡単に宝石を取り出すことができるだろう。
人を縮めることができるのに麻酔をかけられないのはどうなんだ。
いやまあ、もしかしたら麻酔の概念自体がないのかもしれないけど。
とにかく、ニクスも行けると思っているのか特に反論もしないので、後は俺の返事次第である。そして、フェルのためなら、俺の答えは決まっている。
正直結構怖いけど、俺はその案に乗ることにした。
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