第百六話:中にいた者
「あら、あなたは?」
「そっち、こそ、だれ」
俺を見たフェルは首を傾げてそう言った。
俺のことを見ても誰だかわかっていない以上、こいつがフェルではない証明である。
フェルの体を乗っ取るとは何て奴だ。ニクスは放っておけと言っていたけど、これは来てよかったと思う。
「ええと、この子の友達かしら?」
「しつもん、こたえる」
俺は少し威圧を出す。すると、びくりと体を震わせて後ずさっていった。
さて、こいつがフェルではないことは確定しているけど、どうしたものか。
恐らく、幽霊系の何かが取り付いているんだろう。そうなると、体はフェルのものであるはずである。
それだと、下手に攻撃するわけにもいかない。
フェルの体を傷つけず、この悪霊を退治する方法。……うん、浄化するしかないよね。
俺は手に浄化の光を生成する。
浄化魔法は聖属性の魔法の一種だ。文字通り、邪悪なものを浄化するための魔法である。
俺には色々と属性の適性があるようだけど、聖属性に限ってはあまり制御が利かない。
同じ聖属性に分類される治癒魔法もかけようとすると、それこそ瀕死の重傷を負っていても一瞬で完治させるくらいの威力を見せてしまうのだ。
多分、適性というよりはイメージで無理矢理使ってるって感じなんじゃないかな?
制御が利かないのは問題かもしれないけど、ただこいつを浄化するだけだったら何の問題もない。
浄化魔法は邪悪なる者にしか効果を及ぼさない。だから、フェルの体は傷つけず、取りついている悪霊だけを浄化することができるはずである。
さあ、さっさと浄化されるがいい!
「あらあら、凄い輝き。もしかして、浄化魔法かしら?」
俺の浄化の光を見てもフェルにとり憑いている奴は動じることはなかった。
普通、こういうのって弱点なんだから怖がると思うんだけど、浄化をなんだかわかっていないんだろうか?
まあ、どうでもいい。さっさと浄化してしまおう。
俺は手にした光をフェルに向かって放つ。フェルの体を浄化の光が包み込み、まばゆい光が辺りに散った。
「眩しい……どういうつもりなのかしら?」
しかし、フェルの中にいるであろう悪霊は消えることはなかった。
むしろ、苦しむ様子もなく、平然と光の中に立っている。
いったいなぜ……。俺の浄化魔法なら、大抵の悪霊は払えるはずなのに!
「大丈夫? あんまり子供が魔法を使いすぎては……ちょ、ちょっと待って!」
原因を考えていると、不意にフェルの様子が変わった。
先程までは、落ち着き払って余裕と言った様子だったが、今は何か慌てたようにしている。
ようやく浄化魔法が効き始めた? いや、苦しんでいるわけではないし、そんな感じでもなさそうだけど。
「あら、起きたのね。ごめんなさいね、いきなり体を貸してもらって……いや、それはいいんだけど、ちょっと私に喋らせてくれるかな?」
まるで自問自答するように独り言を呟いている。
雰囲気からして、多分後に喋ったのはフェルじゃないだろうか? ということは、フェルの意識と誰か別の意識が混在している?
いったいどういうことなんだ……。
「えっと、ルミエール、これには深いわけがあってね……」
「どういう?」
「話せば長くなるんだけど……」
そう言って、フェルらしき意識は話し始めた。
始まりは今日の夜、俺が見張りをやめて去って行った後。
フェルは安定してきたサバイバル生活に手ごたえを感じつつ、眠りについたのだという。
しかし、眠っているさなか、どこからか声が聞こえてきたのだとか。
その声は助けを求めていて、フェルはその声に導かれるままに起き上がり、その声の下に向かったのだという。
そこには兎のような小さな魔物が大怪我をして横たわっていたらしい。これは大変だと治療しようと思ったが、ポーションの類はすべて俺に預けてしまっていたし、治癒魔法が使えるわけでもない。
これは困ったと思っている時に、その魔物は話しかけてきたのだという。
その話を簡単に要約すると、死にそうだからその前にあなたの体を貸してほしい、ということだった。
フェルはイレギュラーな事態だったことと、小さな魔物を助けたい想いでそれを承諾した。その結果、その魔物の魂のようなものがフェルに入り込んできて、今のような二つの意識が混在する状態になってしまったのだという。
「……ふぇる、うかつ」
「ご、ごめん……でも、悪い魔物には見えなかったから」
その時の状況を想像するに、死にそうだからお前の体をよこせと言っているようにも聞こえる。
これでその魔物が悪意ある魔物だったとしたら、今頃フェルの意識は闇に葬られていたことだろう。
幸いにも、この魔物はフェルの体を乗っ取る気はなく、本当にただ体を貸してほしかっただけらしい。だからこそ、こうしてフェルが話すことができているわけだ。
そういう意味では無事で何よりだけど、もっとよく考えてから行動に移してほしいものだ。
「それで、だれ?」
「えっと……では、自己紹介しましょうか」
どうやら意識が切り替わったらしい。少し落ち着いたような口調に変わった。
「わたくしはエメルダ。宝石を司る幻獣、カーバンクルが一体よ。あなたはルミエールというのね。よろしく、ルミエール」
「う、うん」
何者かと思ったら、まさかの幻獣であるという事実。
カーバンクルというのがどんな幻獣なのかは知らないけど、幻獣ってことは元は神の遣いだった魔物である。
今でこそその役目は失われているが、長い寿命を持ち、そのせいか強力な力を持つ者が多い。
それなのに、フェルの話ではこの幻獣は死にかけていたのだという。一体何があったというのか。
「なに、あった?」
「うーん、話すと長くなるんだけどね」
なんだかさっきも聞いたような台詞を言って、エメルダさんは話し始める。
そもそもカーバンクルというのは、戦闘向きの種族ではないらしい。
主に防壁を張るとかバフをかけるとか、そう言う補助的なことの方が得意であり、戦闘力という面では他の強い魔物にも劣るのだという。
そして、人族の間でも昔から幻獣というよりは幸運を呼ぶ魔物という位置づけであり、神の遣いとして崇めるというよりは、会ったらラッキー程度の扱いを受けていたらしい。
だが、その幸運を呼ぶという噂が人族の、特に人間の心を刺激したらしい。
人間達はその幸運を独り占めにしようとカーバンクルの乱獲を始めたのだという。
もちろん、カーバンクルとて幻獣の端くれ。ただの人間にやられることは少なかったが、戦闘力の低さが足を引っ張り、捕まって見世物にされたり、中には殺されて剥製にされる者も多かったのだとか。
そんな背景があり、今でもカーバンクルは乱獲の対象であり、人間に見つかれば運が悪ければ襲われる、ということらしい。
そして、怪我をしていたのはまさにそれが理由で、人間に追い詰められたのが原因なのだとか。
何とか逃げ出すことには成功したものの、怪我はかなり深く、人里離れたこの森まで辿り着いたもののもう動けない状態まで追い詰められてしまった。
もう死ぬしかないと思っていた時に、フェルが近くにいることに気づき、念話を用いて自分のところに誘導し、助けてもらおうと考えたらしい。
その後は、フェルが言ったとおりだ。
「本当に運がよかったわ。フェルには感謝してもしきれないくらいよ」
なんというか、最終的に人間のせいって感じに落ち着く辺り、この世界の人間って強欲が過ぎるよね。
それとも、前世でも俺が知らないだけでこんなもんだったんだろうか? 知らなくてよかったような、知って残念なような、複雑な気分だ。
とりあえず、事情はわかったけど、はいそうですかで終われる話でもない。
俺は気になることを少し頭の中でまとめてから、改めて質問をすることにした。
感想ありがとうございます。




