幕間:懸念事項を片付ける
フェニックスのニクスの視点です。
ザナディエルという町についてからしばらくして、我は小娘の子守を白竜のに任せてとある場所へと向かっていた。
本当なら、こんなことに時間を使うより、さっさと白竜のの願いを叶えるべきだろう。
そもそもの話、あんな人間の小娘を白竜のと同等に仕立て上げるなんて無謀な話だし、時間はいくらあっても足りない。
だからこそ、ある程度の無茶は承知でダンジョンに挑むことを考えたのだ。
まあ、小娘の潜在能力は思いのほか高く、ゴブリンのような雑魚相手だったら楽に攻略できたのはいい意味で誤算だが、これは基礎中の基礎の訓練であって、これくらい楽にこなしてくれなければ逆に困る。
だから、初めがうまくいきそうな今ならばさっさと次のステップへと行きたいところだが、一つ懸念事項を片付けておかねばならない。
覚えているだろうか、我らがザナディエルにやってくる前、その出発はとても唐突なものだった。
小娘が領主のデブに攫われ、白竜のがそれを心配して助けに行き、人間どもから追われるようになった話。
まあ、元凶は潰したのだから今あの町に戻ったところで追われることはないだろうが、白竜のは小娘と共に生きることを望み、小娘もそれを望んだ。
だから、どうにかしてその願いを叶えてやろうと考えた結果、この修行の旅が始まったわけである。
だが重要なのはそこではない。もう一つ前だ。
白竜のは人化の術を駆使して町に潜入したわけだが、その人化の術を使えるように教えたのは誰だ? そう、イグニスである。
あの日、本来ならばさっさと用事を済ませてイグニスの元に戻る予定だった。
それなのに、成り行きとはいえそのまま出発してしまい、結局イグニスの下に帰ることはなかった。
つまり、イグニスは実に一か月以上もの間、待ちぼうけを食らっているわけである。
もちろん、あのドラゴンのことだ、いつもなら戻らなかったところで特に気にすることもなくまたひと眠りするだろうが、あの時は白竜のに人化の術を教えている最中だった。
そして何より、白竜のはかなり乗り気であり、イグニスもまたそのやる気に応えて気合を入れていたように思える。
それなのに、いつまでも帰ってこないではそのやる気の矛先をどこへ向けていいやらわからないだろう。
だからこそ、面倒ではあるが、連絡してやろうと思ったわけだ。
ただ、すでにイグニスの住処から一か月以上も飛ぶほど離れてしまっている。
流石に、元来た道を今から戻るのも面倒だし、それだったら行く前に連絡している。だから、ここは別の手段を用いることにした。
『シリル、いるか?』
ザナディエルから飛ぶこと二日ほど。
森の緑が生い茂る山へ辿り着くと、目的の人物の名を呼ぶ。
最後に会ったのは120年ほど前だろうか。配下のハーピー共が見えるからまだこの山に居座っていることは間違いないらしい。
しばらく待っていると、どこからともなく新緑色の翼を持つ巨大な鳥が現れた。
『あらリト、こんばんは。お久しぶりね』
『ああ、そうだな。急に訪ねてきてすまない。少し頼まれてほしいことがあってな』
『まあまあ、せっかく会ったのだから少しお話でもしましょうよ』
我の倍はあろうかという巨体に派手な尾羽が特徴的なその姿。鳥に見合わぬ獣のような足を持つそれは、我と同じ幻獣種である。
その種族はシムルグ。かつては精霊として各地を回り、勇者にも手を貸したことがある元神の遣いである。
こいつの元を訪れたのは近かったからというのもあるが、その能力が優秀だからだ。
シリルは配下のハーピー共を通して世界各地の情報を聞くことができる。
神の遣いをやっていた頃は、その能力を使って未来予知のようなことをして人を手助けしたりもしていたようだ。
それと今回の件と何が関係あるかと言えば、ハーピーがいる場所ならばどんなに遠くでも会話が成り立つという点である。
シリルがハーピーの声を聞けるように、ハーピーもまたシリルの声を聞くことができる。
これを用いれば、面と向かわなくても遠くの人物と会話することが可能だ。
まあ、伝えるのはシリルだから若干の言葉の違いはあるだろうが、特に気になったことはない。
神の遣いの役職を逃れた今、その能力を使うことはあまりないが、こういう遠くの奴とすぐに話したいという時は重宝する。
ザナディエルを選んだのも、シリルが近くにいたからというのもあるのだ。
『我の頼みを聞いてくれるのなら少しくらいはいいだろう。どうせハーピーが到着するまでは暇だろうしな』
『ということは、誰かと話したいのかしら? 珍しいわね、リトが誰かと会話したいなんて』
『少し面倒事を抱えてな。一応放っておくのもなんだと思って近くにいた貴様を頼っただけだ』
シリルは悪い奴ではないが、かなり世話焼きな性格をしている。
と言っても、直接手を貸すことはしない。せいぜい、何か助言をする程度だ。
しかし、その助言は時に予言めいていることもあり、彼女の助言を貰った者は大抵の場合成功を収める。
だからなのか、とにかく話したがりで、こういうちょっとした時間でも何かと誘ってくることが多い。
別にそれが悪いとは言わないが、我としては少し苦手だ。
行く先々で何が起こるのか的中させられ続けたら、何の面白みもない。
自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分の心で感じるからこそ面白い。
シリルはそれを知っているからあえて予言をすることはないけれど、ただ話すだけでも結構面倒である。
だがまあ、能力を使わせてもらうのだから少しくらいは融通しなくてはならないだろう。
我はイグニスと繋がるまでの間、シリルの話に耳を傾けることになった。
『なるほど、リトがドラゴンの子供を育ててるね。なかなかユニークな話じゃない?』
『そこまで意外か?』
『ええ、リトは昔から群れる性格ではないもの。ドラゴンの友人がいるとはいえ、そこまで義理を果たす必要はなかったんじゃない?』
確かに、白竜のが住処にいた時、本来ならばさっさとドラゴンに引き渡すべきだった。
それをしなかったのは、このままドラゴンの子供を放っておいて死んだりでもしたら、ドラゴンに申し訳が立たないから。白竜のが死んだら我の責任だと思っていたのだ。
だが、他の有象無象のドラゴンならばともかく、イグニスを始めとした友ならば事情を聞いてくれるだろうし、何なら預かってもくれただろう。
それなのに、我はあえて白竜のを手元に置いた。
自分でも、なぜそんなことをしたのかはわからない。だけど、強いて理由を上げるのだとしたら、母性が働いた、とでもいうべきだろうな。
ずっと一人で生きてきた我が今更母性など、笑える話だな。
『あ、着いたみたいよ。伝言をするから話したいことを言ってちょうだい』
『わかった』
シリルを通してイグニスと会話してみたが、少し心配していたらしい。
人間と共存することにある程度の理解を示しているイグニスでも、いきなり教え子が戻ってこなくなったら心配くらいはするようだ。
我はそのことについて詫び、後のことは我に任せるように言った。
イグニスは納得していない様子だったが、まあ、納得していようがいなかろうがもはやどうにもできまい。
我はシリルに礼を言い、山を後にする。
さて、我がいない間に面倒事を起こしていないといいが。
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