第九十八話:冒険者の強さ
「……お言葉ですが、適切な報酬を支払わなかったあなたにも責任はあるかと存じます」
「……何?」
メリアさんはいつもよりも深みを増した目で町長らしき男を睨みつける。
言っている意味がわからないのか、町長らしき男はきょとんとした表情をしていた。
「私は何度も申し上げたはずです。初心者殺しが多数目撃されているので、スタンピードの予兆かもしれない。だから人員の増強と本格的な調査をお願いしたいと」
「それがどうした」
「町長、あなたはそれに対してこう答えました。不要な部署に割く人員はいない、ダンジョンを一時的にでも閉鎖したら収入が減るから許可できないと」
「当然だろう。何も間違ってはいない」
メリアさんは淡々と事実を述べていく。
ここまで言われて、何も察せない辺り、町長は何も考えていないのかもしれない。
いや、唯一考えているのは金のことだけ。その結果として冒険者や町がどうなろうと何とも思っていないのかもしれないね。
「その結果、スタンピードの兆候を正確に把握することができず、どの程度の人員を用意すればいいか判断することができなかった。それに何より、対処のための人員を用意することすら、あなたは渋っていましたよね」
「そんなもの必要ないだろう。この町の冒険者であれば、あれくらい楽に対処できるはずだ」
「この惨状を見ても、楽に対処できたとお思いですか?」
辺りを見回せば、破壊された露店や魔物の死体で溢れかえっている。
その数は尋常じゃなく、ざっと冒険者の十倍以上はいることだろう。
いくら相手が雑魚と呼ばれるゴブリンとはいえ、その中でも上位種であるホブゴブリンともなれば相手にできる冒険者は少なくなってくる。
もちろん、それでも相手できる者もいないわけではないだろうが、不意打ち的にいきなり襲われたとあってはそれもままならない。
実際、応援を呼んでいなければ危なかっただろう。そこまで持ちこたえられたのは、ひとえにメリアさんの采配が的確だったからだ。
「それは貴様の指揮に問題があったからだろう。ギルドマスターという立場でありながらこの体たらくとは、クビにしてやろうか?」
「確かに私も未熟なところはあるでしょうが、いきなり大量の魔物に囲まれている状況で的確に動ける者はそういないでしょう。冒険者達は実によく戦ってくれました。だからこそ、この勝利があるのです」
あらかじめ来るのがわかっていて、待ち構えるような状態であったなら確かに楽に戦えていたかもしれない。
けれど実際には、ほぼ不意打ちを受けたような状態で、逃げ出した冒険者も多く、立て直すだけでも精一杯だっただろう。
そんな状態から街に被害を出さず、防衛しきったのだからメリアさんの指示は的確だったと言えると思う。
「そして、私がニクス様に依頼をした時、あなたはできるだけ報酬を減らせと言いましたね」
「当然だ。Sランクだからと報酬を吊り上げれると思ったら大間違いだ」
「その交渉で、ニクス様は一週間の時間を無駄にしました。この意味がわかりますか?」
「当然のことを言っているのにそれを理解せず、一週間も報酬にしがみついていた馬鹿ということだろう? それくらいわかる」
「いいえ、その一週間があれば、スタンピードは未然に防げたということです」
元々、大体金貨200枚程度の報酬だったところを、最低額の金貨100枚にしろと言ってきたのは町である。
この時に、無理に値下げ交渉をせず、即決で送り出していれば、そもそもこんな事態は起こらなかった。
もちろん、魔物が増えたことに変わりはないから間引きは必要になるだろうが、一週間前であれば今のように大量に魔物が湧いていたわけでもないだろうし、比較的簡単にスタンピードを収めることができたはずである。
それができなかったのは無駄に報酬を粘った一週間があったからだ。
まあ、報酬の値下げを認めなかったのはメリアさんであって、俺達としては別に報酬はどうでもよかったのだけど、だとしてもスタンピードなんて緊急事態、金に糸目はつけないくらいの気概がなければ大惨事を引き起こすことくらいわかりそうなものだが。
「貴様、このスタンピードが起きたのは私のせいだと言いたいのか!?」
「はい」
噛みついてくる町長にメリアさんは毅然とした態度で即返した。
そう、何をどう言いつくろうが、今回のスタンピードが起きた原因は町長の強欲さにある。
もちろん、ダンジョンコアが暴走してしまったのは偶然ではあっただろうけど、その対策を疎かにし、対策を取らなかった時点ですべての責任は町長にあることだろう。
「お金を大事にするのはいいでしょう。ですが、あなたはこの町を守る町長であるはずです。対策を怠り、町の住人や冒険者達を危険に晒したことは許されることではありません」
「貴様言わせておけば……! クビにしてやる! 貴様はクビだ!」
「ええ、かまいませんよ。ギルド本部に連絡して、この町から冒険者ギルドは撤退することにします」
「なに? ま、待て、ギルドは関係ないだろう!」
メリアさんの言葉に初めて町長が慌てたような声を出した。
まあ、そりゃそうだろう。
この町はダンジョンから産出される資源によって成り立っている町である。
そして、その資源を運び出してくれるのは冒険者だ。
それなのに、その冒険者の拠点である冒険者ギルドがこの町からなくなったとあれば、どうなるかは目に見えている。
もちろん、流れの冒険者や、私兵を持っている貴族なんかは挑んでくれるかもしれないけど、収入は激減することになるだろう。
金にがめつい町長がそんなこと許容できるはずもない。
「元々規約違反は星の数ほどありました。本来町が支払うべき報酬をギルドに支払わせるのは当たり前。ダンジョンで怪我した冒険者のサポートやダンジョンから運び出される物の売値の操作、入場料の不当な高さ。もういい加減目をつむるのも限界です」
「わ、わかった、貴様はクビにしない。給料も上げよう。だから本部に連絡するのはやめてくれ!」
「もう遅いです。知りませんでしたか? すでにこの町には本部から来た監査役の冒険者が来ているんですよ。まさかこんな展開になるとは思っていませんでしたが、ちょうどよかったですね」
そう言って、ちらりと後ろを振り返るメリアさん。
その目線の先には見覚えのある三人組の冒険者の姿があった。
「はい、ここ数ヶ月の間見させていただきましたが、酷いものでしたね。特に入場料に関してはかなり高いですね。そりゃ非合法のポーターが必要になるわけですよ。正規のポーターなんて雇ったらよほど稼がない限り元取れません」
代表して話すのは剣を持った若い男性。
以前に出会った『ゴブリン撲滅隊』とかいうパーティのリーダーだ。
確か、駆け出しとか言っていた気がするんだけど、まさか本部からの監査役だとは思わなかった。
「今回の件で、スタンピードへの対策がなっていないということもよくわかりました。ギルドの方にも結構な負担を強いていたようですし、これが是正されないようならば撤退も視野に入れないといけませんね」
「そ、そんな……! ど、どうすればいいのだ!?」
「ひとまず、入場料の緩和や医療サポートの充実。それから不当な買いたたきをなくすことは当然として、報酬の支払いの完遂、人員の増強、スタンピード対策のための部署の強化などなど、まあ言ったらキリがないですけど、とりあえず言いたいことは、あまり冒険者を舐めるな、ですかね」
とにかく金を搾り取ろうとした政策は、それを運んでくれるはずの冒険者すらも苦しめていた。だからこそ、こうして監査役がやってきたわけだし、自業自得と言えるだろう。
まあ、冒険者だって報酬が支払われないとわかればわざわざ依頼を受けようだなんて思わないし、儲からないと思えば離れていくのは当たり前だ。
このダンジョンは比較的難易度が低く、さらにダンジョンとしての歴史が浅かったからこそ、駆け出しを始めとした冒険者が多く集まっていたのであって、本当の稼ぎ方を知っている上位の冒険者からしたら見向きもされていなかった場所なのかもしれない。
とにかく、冒険者ギルドの本部に目を付けられた以上、下手な政策をすれば本当にギルドが撤退してしまうから政策を改めなければならない。
これでうまく改善されてくれるといいんだけどね。
メリアさんの強さに感心しつつ、ほっと胸を撫でおろした。




