第十話:初めての友達
ふわふわと暖かな感触が全身を包み込んでいる。
まるで高級羽毛布団でもかぶっているかのような感覚に自然と頬が緩んだ。
とても気持ちがいい。ずっとこのまま包み込まれていたい。
無意識のうちに縋りつくと、ポンポンと撫でるように背中を叩いてくれた。
ふわぁ、幸せ……。
しばし暖かな感触に微睡んでいたが、ふと疑問を感じた。
俺はいつからこんな柔らかくて暖かな寝具を手に入れたんだ?
こんなのドラゴンとなった今ではおろか前世でだって味わったことがない。
疑問は膨らんでいき、それに従って意識が覚醒していく。
うっすらと目を開けると、そこには緋色の羽毛があった。
『む、ようやく起きたか。この寝坊助め』
その羽毛はあろうことか俺に話しかけてくる。
あれ? あれ?
困惑した頭の中に昨日の記憶が蘇ってきた。
……ああ、そうか。昨日はフェニックスのニクスさんに出会ったんだっけ。
どんな流れかは知らないが、ここに住むことを許され、感涙に打ち震えていたのは覚えている。だが、そこから先の記憶が曖昧だ。
確か、テンション高く色々質問しようとして……。
『起きたのなら早く動かんか。我の翼はそう安くはないぞ』
急かされたのでひとまず立ち上がる。
どうやら俺はニクスさんの翼に包まれていたようだ。
寝た覚えがないんだけど、もしかしたらあの後寝てしまったのかもしれない。
ということは、あの後ずっと寄り添っていてくれたのだろうか?
「きゃぅ。きゅぅ?(おはようございます。もしかしてずっと寄り添っていてくれたんですか?)」
『ふん、ちょうど我も長旅を終えて疲れていたからな。少し眠るついでに子供を寝かしつけてやっただけの事だ』
「きゅっ!(ありがとうございます!)」
『れ、礼には及ばん。それより白竜の、貴様はどこまで一人でできるのだ?』
疲れてたのにわざわざ見てくれてたってことですよね。
なんだかんだ言いながらニクスさんはとても優しい。
初めて会話ができる人と出会ったのも嬉しいけど、こうして世話を焼いてくれるのは素直に嬉しかった。
「きゅぅ。きゃぅ(一通りは。ブレスも撃てますし、最近は魔法を使えるようになりました)」
『魔法だと? 属性は?』
「きゅきゅっ(火とか水とか風とか色々)」
『多属性だと? 成竜でもほとんどが一属性だけだというのに……貴様、歳はいくつだ?』
「きゃぅ(0歳ですかね)」
『生まれた直後でこれか。もしかすると貴様は高位のドラゴンの子なのかもしれんな』
ニクスさんが言うには、ドラゴンは確かに魔法を使えるが、通常は体の属性にちなんだものを一つだけだそうだ。
古龍ともなればいくつもの属性を使いこなす者はいるようだが、少なくとも生まれて間もないような子供が使える例は初めて見たらしい。
ドラゴンだからと考えていたが、どうやらドラゴンの中でも凄いことのようだった。
『ひとまず、今日一日は我が見ていてやる。いつも通りに行動してみよ』
「きゅぅっ(わかりました)」
一人でも生きていけると思っていたけど、こうして話し相手ができると、やっぱり一人は寂しかったんだなと思う。
口調は厳しめだけど、俺を突き放すような感じじゃないし、むしろ心配してくれている節がある。
ニクスさんがいくつかは知らないけど、俺が子供だから気にかけてくれているのだろう。
フェニックスがドラゴンを育てるなんて聞いたことがないけど、もしかしたら親代わりみたいに思ってくれているのかもしれない。
ふふ、これはちゃんと成長した自分を見せないとだな。
そう思って住処から飛び立つ。いつものように狩りをして、食事をとり、その後は谷へ向かって魔法の練習。適当なタイミングで切り上げ、帰りに水浴びして住処へと帰る。
時には活動範囲を広げるために、遠くの方へ足を延ばしたり、以前に見つけたお昼寝スポットで昼寝をしたりすることもあるけど、基本的にはこんな感じだ。
終始俺の後ろで見守っていたニクスさんは特に何も言うことなく、最後まで付き合ってくれた。
『本当に粗方できるみたいだな。生まれたばかりの身では考えられないことだ』
住処に戻った後、寝床に横になりながらニクスさんの話に耳を傾ける。
いくらドラゴンとは言えど、やはり生まれたばかりでは何をすべきかという知識が足りず、何もできないのが普通らしい。
最初は巣で親に食事の世話をされながら過ごし、徐々に知識を教えられ、次第に狩りをしたりするようになっていくのだという。
俺のように生まれて間もない子供が生きていけるほど大自然は甘くないということだ。
『不自然な場所で生まれたことといい、どうにも引っかかる。白竜の、何か心当たりはないか?』
「きゃぅ……(関係あるかはわかりませんが……)」
俺は自分が元は人間であり、いつの間にかドラゴンに転生したことを話した。
俺が転生するにあたり、ドラゴンという種族が選ばれた。しかし、そこに親は存在せず、俺という存在だけが生まれたことによってあんな不自然な場所で生まれたのではないか、というのが俺の考えだ。
初めから親などおらず、転生の際にぽんと森の中に出現したからこうなったのではないかと推察する。
まあ、これはこれで結構強引な意見ではあるんだけど、転生と言うイレギュラーをしているんだから全くあり得ないということもないだろう。
俺の話を聞いたニクスさんはたいそう驚いた様子だった。マリンブルーの瞳が見開かれ、じっと俺の顔を見つめている。
『転生者か。確かにあり得ない話ではない。実際異世界からくる人間というのはいるからな』
転生者というか転移者というか、人間達は脅威に晒された時に召喚の儀というのを執り行うらしい。
その際、呼び出されるのは異世界の魂であり、通常では比べ物にならないくらい強い力を持っているというのが通例なのだそうだ。
召喚者の中には勇者と呼ばれる存在も生まれ、時には強大な魔物を倒すために動いたり、時には戦争に加担したりと、戦力として重宝されているらしい。
なぜニクスさんがそんなことを知っているかと言えば、実際に見てきたからだという。
フェニックスであるニクスさんは、無限とも言える寿命を世界を見て回ることに使っているらしい。
人間を始め、様々な種族に出会い、景色に出会い、それらすべてを記憶している。
俺もいつかは世界を見て回りたいな。
ここでの生活は快適だが、ずっとここにいたままではいずれ退屈してしまいそうだ。
『貴様の並みはずれた能力はそれが関係しているのかもしれん。これはいよいよもって目が離せなくなってきたな』
「きゅぅ?(目が離せない?)」
『当然だろう? 貴様の能力をもってすれば、いずれは古龍すら上回る逸材になれるだろう。そうなれば我の脅威にもなりうる。今のうちにしっかりと教育しておかなければ、痛い目を見ることになる』
と言っても、我の身体は不死身だがな。と独り言ちる。
そうか、確かに今はまだ子供だから色々足りない部分があるけど、これから成長すればもっと強くなる。
今の状態でも規格外なのだから、成長したらどれほど強大な存在になるかは計り知れないだろう。
ニクスさんは下手に敵対して将来の危険を被るくらいなら、色々と教育を施すことで間違った大人にならないようにしてくれているのだ。
この世界の知識が色々足りない俺にとって、この提案は渡りに船だった。
別に俺は大量虐殺をしたいわけでも、世界の覇権を握りたいわけでもない。ただ静かに、のんびりと暮らしたいだけだ。だから、何が悪いことなのかを教えてくれる存在は必要不可欠だ。
「きゅきゅぅ!(ご指導よろしくお願いします!)」
『貴様それでいいのか? その気になれば我ですら殺すことが出来るかもしれんぞ?』
「きゅぅ! きゅ、きゅっ!(ニクスさんを殺すなんてとんでもない! 初めてできた友達なのに、そんなこと言わないでください!)」
前世では友達と言えるような人はいなかった。部下はいたが、本音で語り合えるような人はいなかった。
せっかく新たに生を受けたのだ、前世のようなつまらない社畜人生ではなく、自由気ままな人生を送りたい。
ニクスさんは俺にとって初めての友達と言える人だ。例え道を違えたとしても、それだけは絶対に変わらない。
『友達、か。いいだろう、貴様のことは我が直々に面倒を見てやる。心して教えを乞うがいい』
「きゅっ!(はいっ!)」
暗くなった洞穴の中で仄かに発光するニクスさんの身体を頼りに縋りつく。
さあ、俺のドラゴンとしての人生はここからだ!
感想ありがとうございます。
今回で第一章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第二章に続きます。