第一話:白竜転生
唐突に三作目を始めます。
気が付くとそこは暗闇だった。とても狭い、箱のようなものに閉じ込められている。
もぞもぞと体を動かしてみれば自分が体を丸めるように縮こまっているのに気が付いた。
少し動くだけで壁のようなものに当たって身動きが取れない。とても窮屈で息苦しい。
一体何があったというのだろうか。俺は確か、いつものように会社に残って仕事に明け暮れていたはずだ。
外に出るにはまだ仕事が残っていたはずだし、外で誘拐されて拘束されているというわけでもないだろう。
ならばこの状況は一体なんだというのか。わけがわからない。
とりあえず、何とか脱出しなければ。
動ける範囲でどこかに出口がないかを探してみる。しかし、完全に密閉されているらしく、一筋の光すら入ってくる様子はなかった。
いっそのこと壁を壊せば出られるだろうか。そう思って強めに壁を叩いてみる。すると、ぴきっという音と共に隙間ができ、そこから光が差し込んできた。
よし、行けるかもしれない。
何度も何度もぎこちない動きで体当たりを繰り返す。小さかったひび割れは次第に大きくなっていき、やがて穴が開いた。そこからどんどんひび割れは伝播していき、やがて俺を取り囲んでいた壁が取り払われる。
「きゅぁあ!」
やった、外だ!
そう叫んだはずの声はなぜだか可愛らしい鳴き声に変換されていた。
え、何今の?
困惑しながらも外の景色に目を向ける。そこに広がっていたのは広大な森の風景だった。
周囲には見上げるほどに大きい木々が乱立している。
どこだここは。俺は会社にいたはずだ。間違っても外に出た覚えはない。それとも記憶が間違っているのだろうか?
こうなる前の記憶を呼び起こしてみる。
別のチームの進捗が遅れていたから手伝いを申し出て、じゃあついでにと色々仕事を押し付けられた。まあ、それはいつものことだったので気にせず、遅くまで会社に残って一人黙々と作業に打ち込んでいた。
ちょうど切りのいいところまで終わったこともあり、一息つこうと椅子の背もたれに体重を預けた。と、ここまでは覚えている。しかし、その後の記憶が全くない。
疲れていたから寝てしまったのだろうか。それともひっくり返って頭を打って気絶してしまったのだろうか。いずれにしても、俺がこんな森の中にいる理由にはならない。
これが夢ということはないだろう。夢にしては音も匂いも感触もリアルすぎる。
眠っているうちに誘拐されてというのもおかしな話だ。なぜわざわざ会社に入ってまで誘拐しようとするのか。俺はそんな裕福な家柄でもないし、チームリーダーと言っても会社の金を動かせるほど高い地位にいるわけでもない。わざわざ会社に忍び込んでまで俺を誘拐しようとするメリットなんてないはずだ。
「きゃぅ……」
思わずため息を吐く。しかし、それすら謎の鳴き声になっている。
さっきからこれは何なのだろうか。そもそも俺の声じゃない。俺はこんな甲高い声はしていない。
思わず喉に手を当ててみると、硬い感触が返ってきた。なんだろう、滑らかで何度も触りたくなるような触り心地だが、押し込んでみれば硬く、力を込めても喉が苦しくなることはない。
おかしい。これは明らかに人間の喉の感触じゃない。爬虫類か何かの感触だ。
不安になり、体のあちこちを触ってみる。
どこもかしこも滑らかな鱗のような感触。口元を触ればマズルのように鼻が伸び、お尻を触れば細長い何かがついていて、背中には翼が生えている。
目を向けてみれば真っ白な肌が目に入った。きめ細やかな鱗の質感は現実離れしていて実感がないが、触れれば触られたという感触が返ってくる。これが自分の肌だということは明白だった。
一通り確認を終えてわかったことがある。これはドラゴンだ。ファンタジー小説の挿絵とかでよく見られるドラゴンの姿そのものだ。そしてそのドラゴンは俺である。
「きゅぁぁあああ!?」
いやいやいやいや、おかしいだろ! なんで俺がドラゴンになってるんだよ!?
思わず飛び出た絶叫はやはり可愛らしい鳴き声となって空に溶けていく。
ああ、頭がおかしくなりそうだ。
とりあえず落ち着こう。話はそれからだ。人という字を三回手の平に書いて飲み込むのだ。
人、人、人……というか手もおかしい。指三つしかないしやけに小さい。だが、爪は意外に鋭く、人間なら触れただけで皮膚を裂けそうな感じだ。
二足歩行で全体的にしなやかな体。全身真っ白で目に眩しい。蛇みたいなドラゴンじゃなくて良かったと思うけど、そもそもドラゴンという時点で納得できないからダメだ。
はぁ、ちょっと落ち着いた。この緊張緩和法役に立つんだね。信じてなかったよ。
とりあえず、まずは状況を整理しよう。
俺はいつも通り一人残って残業していた。そして気が付いたら閉じ込められていて、脱出したら森の中でしかもドラゴンになっていた。
うん、わけがわからない。
そういえば何に閉じ込められていたんだろう。いまだ足元に残るものに目を向けてみる。
割れてはいるが、それは白い殻の卵だった。上半分が割られ、残った下半分の卵の中にちょこんと立っているのが俺。ちょうど卵から生まれてきたかのようだった。
うん? 卵から生まれる? ふむ、ふむ……。
考えたくはないが、どうやら俺は転生してしまったようだ。
転生した、つまり俺は死んだということだ。状況から考えたら過労死、だろうな。
別にそこまで無理をしている自覚はなかった。休める時はちゃんと休んでいたつもりだったし、身の丈に合わないような仕事は受けていないつもりだった。だけど、こうして転生したということはそれでも足りなかったということだろう。
俺は独り身であったし、両親はすでに事故で他界している。だから、俺が死んだところで悲しむ人はいないだろう。いや、会社の同僚には頼りにされていた自覚はあったから彼らなら悲しんでくれるだろうか?
来る日も来る日も会社に籠り仕事をする。そんな社畜な毎日だったけど充実はしていた。だから未練はあまりない。
うん、こういうのは前向きに考えよう。
俺はどういうわけかドラゴンに転生してしまった。人間じゃないのは残念だけど、そう悪いことばかりでもないだろう。
ドラゴンと言えばファンタジー世界では強い種族で有名だ。他の人間以外の種族で生まれるよりは生存率は高いだろうし、何よりかっこいい。
俺も男だ。かっこいいものには憧れがあるし、出来ることなら自分もなりたいと思っている。そのかっこいいの代名詞のドラゴンになれたのだから喜ぶべきことだろう。
生まれたばかりの子供だけど、きっと何とかなる。さて、まずは周囲の状況でも確認していこう。
殻をまたぎ、地に足を付ける。足の裏にひんやりとした感触を感じられた。
俺はドラゴンとして生きる。せっかく得た第二の人生なのだから楽しまなければ損だ。
さて、どんな発見があるのかな?
今作もご都合主義が過分にあるかと思いますが、よろしくお願いします。




