第39話『ダット』 後書き:イラスト
気に入っていただけましたら、お気に入り登録をお願いいたします!
広場に面した家の裏手へ向けて、俺はゆっくりと歩み寄った。
「……そこにいるのは分かってる。何の用だ?」
声をかけると、家の影から白黒の長い耳がおずおずと出てくる。
続いて、か細い声が震えながら漏れた。
「ご……ごめんなさい……!」
おそるおそる姿を現したのは、《鉄殻の墓所》で見た少女よりも、ほんの少し背の高い少年だった。
白と黒の毛並みが混ざった長い耳。
後ろで束ねてボサついた髪は、腰まで伸びている。
体つきはガッチリしているのに、肩をすくめて妙におどおどとした様子で、視線は落ち着きなく泳いでいた。
「お前……ずっと後をつけてきてただろ」
思わず強めに言うと、少年はビクッと跳ねた。
先ほどまでの村人たちの硬い表情が脳裏をよぎり──ラースの穏やかな声がふっと心に浮かぶ。
『クロ、人には人の事情があります』
そうだ。確かに言い方も、よくないよな……。
息を吐き、肩の力を抜いた。
「……いや。悪かった。どうしたんだ? 話があるなら聞くよ」
少年はきょろきょろと視線を泳がせながら、口を開いた。
「あ、あの……さっき話してたお爺さん、女の子を探してませんでした?
アルトって子なんですけど……」
「お前、その子の友達か?」
少年は耳をしゅんと垂らし、小さくうなずいた。
「幼馴染です。
いつもなら上で絵を描いてるはずなんですけど、今日はどこにもいなくて……」
体格に似合わず、その仕草は驚くほど弱々しかった。
「……ラースと──俺の友達と一緒に、下の大穴に落ちていった」
そう告げた瞬間、少年はがくっと膝をついた。
うなだれた耳は顔まで垂れ、瞳がみるみる潤んでいく。
「う、うぅぅ……」
「お、おい! 泣くなって……!」
慌てて手を振りながら、どうにか言葉を探す。
「ラースは飛べるんだ。きっと大丈夫だよ。
あいつ、見た目よりずっと頑丈だし……その……」
喉の奥まで出かかった言葉を、ぐっと飲み込む。
──ラースも落ちてたけど。
い……言いたい。
でも、それを言ったら余計に不安にさせるだけだ。
胸の奥がモヤモヤとしたが、表には出さずに少年の肩に優しく手を添えた。
「大丈夫だ。ラースがいれば、大体うまくいくから」
少年は涙で濡れた目元を拭い、呼吸を整えていく。
少しずつ、震えが収まっていった。
「俺はクロだ。よろしくな。
あのさ。この村の人たち、様子がおかしいんだが、何か問題でも起きてるのか?」
少年は、鼻をすすりながら小さく名乗った。
「ごめんなさい。僕はダットといいます。
水とか、作物を運ぶ《跳搬》という仕事をしています。
……一週間くらい前からなんです。
建物とか木の根が、ところどころ紫色に変色し始めました。
最初は、光の加減かなって思ったんです。でも、日に日に増えていって……
それから、少しずつ《エルグラシア》が弱っていきました」
「変色……?」
「はい。
ここより下に《跳兎の石庭》って呼ばれる広場があって、そこに近づくほど色が濃くなっているんです。
それで……腕っぷしの強い人たちが何人か集まって、様子を見に行ったんです」
「……それで、どうなった?」
「戻ってきたのは、一人だけで……」
胸の奥がきゅっと縮む。
「その人も、何を言っているのか分からないくらい混乱していて。
でも、断片的に聞いた話をつなげると……石庭が一番ひどいみたいです」
「ひどい……?」
「その……樹の根が、まるで生き物みたいに襲いかかってきたって……
最初に一人が捕まって……みんな助けようとしたけど、全然ほどけなくて。
ほどけないうちに、他の人も捕まって……。
捕まった人は、泡を吹いてだんだん体色が紫に変わっていったそうです。
そしたら、勝手に解放されて。
でも……そのまま仲間に襲いかかったって……」
思わず息を飲む。
「地形が変わり、植物と仲間に襲われて叫び声が響く中で、その人はともかくがむしゃらに逃げたそうです。
どこをどう走ったのかも分からないまま……
気づいたら村に戻っていたって」
ダットは腕を押さえ、震えをこらえるように小さく身を縮めた。
「その人は、『植物が喋った』って、何度も繰り返していました。
そんなこと、本当にあるのかな……
嘘をついているようには見えなかったけど、あの人、すごく怯えて混乱してたし……」
しばらく沈黙が落ちた。
「……その後、誰かまた調べに行ったのか?」
「何人か向かったけど……誰も戻ってきていません。
変色はどんどん広がってきていて……水も汚染されてしまって……。
もう、どこにも逃げ場がないんです。
アルトの落ちたところも、もしかして……」
震える声で、それでも必死に言葉を絞り出していた。
「いや……ここよりずっと下の方だから、大丈夫だろ……たぶん」
ん……まさか。
そこを何とかしないと、ラースを助けに行けないってことか……?
そのとき突然、足元が大きく傾いた。
「ひっ……!」
ダットはうずくまり、耳を伏せて震える。
巨大な建造物全体が強く揺れ、ミシミシと不穏な音を上げている。
ひときわ大きく軋んだ直後──
頭上の天井が、鈍い音を立てて一気に崩れ落ちてきた。
「危ない──!」
崩れ落ちる影が迫ったとき、ダットの太ももが突然膨張した。
足元の地面がメリッと音を立てて沈み込む。
地面を蹴った衝撃がドンと響き、ダットは高く跳ね上がった。
空中で体をひねり、落下物に向けて脚を鋭く叩きつける。
「──ッ!」
破裂にも似た轟音が響き渡る。
横なぎの蹴りを受けた落下物は、内側から爆ぜるように破片を撒き散らして吹き飛んだ。
砕けた破片が雨のように降り注ぎ、舞い上がった粉塵が一気に広がっていく。
「……は?」
呆然とする俺の前に飛び降りたダットは、震える足を押さえながら小さく息を吐いた。
「ご、ごめんなさい……! 体が勝手に……」
「……それだけ強いなら、なんでおまえが動かないんだよ」
思わず口にすると、ダットは肩を震わせた。
しばらく沈黙したあと、ぽつりと声が落ちる。
「……僕、小さいころから、何をやってもダメなんです。
何かを考えると、胸が締めつけられて……息がうまく吸えなくなる。
そうなると、足が……本当に、石みたいに動かなくなるんです。
さっきのは何も考えず、勝手に体が動いただけで。
僕は、魔物が怖い。人も怖いし、傷つくのが怖い……」
ダットはうつむき、耳を垂らした。
「下にはきっと魔物がいます。大人たちも皆、諦めてる。
……何もかも、終わりなんです」
その言葉に、胸の奥がざらついた。
「生きてるうちは、終わりじゃないだろ。
友達を助けたくないのか?」
ダットは唇を噛み、震えている。
「……俺は諦めない。ラースを助けに行く」
拳を握りしめながら、まっすぐに見つめる。
「ダット、道を教えてくれ」
ダットは小さく指をさした。
「……この先をまっすぐ降りて行くと、《跳兎の石庭》に着きます。
途中から、木の根や壁が紫に変色してるので……気をつけてください」
いくつか浮かんだ言葉は、震えるダットを見て喉の奥で消え──代わりに、別の疑問が頭をもたげた。
「そういえばアルトは、どうやって下に行ったんだ?」
「アルト……!」
ダットは目を瞬かせ、少し考えてから答えた。
「たぶん、ラカ様の背中にしがみついていったんだと思います。
……アルトは行動力がすごくて……特別なんです」
「特別?」
「はい。僕たちには分からない世界が見えてるんです」
------------
■クロ
身体強化系:《高速木登り》《高速滑空》《千里眼》
便利系:《サーチ》《鑑定》
皮膜系:《収納膜》《防御膜》《隠密膜》
尻尾系:《ファントムテール》《スラッシュテール》
肉球系:《ジャンプスタンプ》《ショックスタンプ》《エアスタンプ》《ヒールスタンプ》
ヒゲ系:《ウィズセンサー》《ウィズスピア》
■ラース
スキル:《マシナリードライブ》
パーツ:《言語パーツ》《通信パーツ》《観測パーツ》《??パーツ》
---




