第4話『赫灼の焼焔獣』
闇の奥——視線が合う。
鈍く光る二つの目。じわりと滲む赤黒い輝きが、静かにこちらを捉えている。
<<——ヘルハウンド。 赫灼の焼焔獣。>>
「……やばいだろ…」
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逆立つ赤褐色の毛並みは、空気すら歪ませているように見える。
身構えた瞬間、その爪が僅かに沈む。
その喉元から、低い唸り声のような音が漏れたかと思うと、——薄く開かれた口内に向かって空気が一気に収束していく。
喉の奥で赫い光が脈打ち、凝縮されていく。
瞬間、大気が震え、地へ吐き出される灼熱の波——。
——ジュアッ!!
光と共に、地表を溶かす業火が瞬時に迫る——。
その一瞬、考えるよりも先に体が動く。
「……っ!」
後ろ足の爪が地を蹴り、炎の裂け目を紙一重で滑り抜ける。
赫々と揺らめく炎の向こう——ヘルハウンドが微かに動いた。
赤黒い瞳が僅かに細まり、空気を嗅ぐように首を傾ける。意外そうな気配が滲む。
——そこに獲物が焼け落ちるはずだった。
ほんの数拍の、静かな空白。
赤い獣はゆっくりと、興味深げに、小動物に視線を巡らせ…
眼光が鋭さを増していく——。
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——まずい。次はもう避けられない。
息を飲み、全神経に集中する。背中を伝い、尻尾まで毛が逆立ったその時。
**《ファントムテール》——発動。残像、速度向上**
視界の端で、尻尾がうっすらと青く光り始め、生き物のように左右に怪しく揺れる。
——それに興味を持ったヘルハウンドの動きが一瞬鈍った。
その隙を逃さず、素早く地を蹴る。
『逃げるしかない!』
前足を押し出し、壁に爪を立てた瞬間、脳内に言葉が響く。
**《高速木登り》——発動。登攀速度向上。**
跳ぶように、死に物狂いで城壁のような壁を駆け上がる。
『ともかく距離を取らないと!』
目一杯全身の膜を広げ、強引に角度を変えて天井際から飛び出す!
**《高速滑空》——発動。滑空速度向上。**
——!?
滑空とは思えない、とんでもない加速が来た。
強すぎる勢いに身体がぶれる。
制御できない。
——着地、できない!
視界が乱れる——衝撃ののち、視界がグルグル回る。
何とか立て直し、ふらつく足で遠く後ろを振り返ると…
——こちらの慌てぶりに少し驚いたのか、所在なく口を小さく開いたままのヘルハウンドと目が合った。
興味を失ったのか、ヘルハウンドは焼けた地面にふんっと熱風を吐き出し、くるりと前足を翻した。
眼光の赤みが静かに消えていく。
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しばらく動けずにいたが、ヘルハウンドが戻ってくる気配はない。
何とか、逃れることができたようだ。
——だが、次は狩られる——
「生き残るためには、もっとスキルを身につけないと…!」
もう一度後ろを見たが、ヘルハウンドの姿はなく、静寂が広がっていた。
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身体強化系:《高速木登り》《高速滑空》
便利系:《サーチ》《鑑定》
皮膜系:《収納膜》
尻尾系:《ファントムテール》
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次回2025/7/11更新予定です。