第37話『跳兎の郷(ちょうとのさと)』 後書き:MAP
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千里眼とウィズセンサーを走らせると、魔力の格子が周囲へ広がる。
石と木で組まれた古い遺跡のような層に、太い根が何本も貫くように伸びている。
その根が壁や床を支えている部分もあれば、逆に崩れかけた場所もある。
上へ視線を向けると、遥か高い天井から垂れ下がる根が揺れていた。
ここは、ルミナホーンフェザーに連れてこられた巨大建造物の内部──
その上層にある平らな空間に、集落が築かれているようだ。
集落に入ると、木と石を組み合わせて造られた家々が並んでいた。
壁には蔦が絡まり、窓枠には小さな木細工の飾りが施されていて、素朴なのに洒落た雰囲気がある。
足元の石畳はよく踏み固められ、整然とした道が続いている。
ところどころに小さな菜園が作られているようだ。
ただ、穏やかな景色のわりに、人の気配がほとんどなく、妙な静けさが漂っていた。
集落に入ってすぐの木陰に、ひょろっとした男が寝転んでいた。
<<──兎人亜種。雪耳の跳兎。>>
《鉄殻の墓所》で見た少女と同じだ。
どうやら小柄な種族らしく、背丈は普通の人間の半分ほどしかなさそうだ。
頭の上には長い耳が生えており、時折ぴくぴくと動いている。
そっと男に近づいて、声をかけてみた。
「なぁ、ちょっといいか?」
男はビクッと肩を揺らし、慌てて上体を起こした。
「な、なんだお前? どっから来た」
「来たっていうか……バカでかい鳥に連れてこられたんだよ。ここはどこなんだ?」
男は眉をひそめ、じろじろと俺を観察している。
「ここは雷紋の空殿の跳兎の郷だよ。
雷角鳥様に連れてこられたのか? オマエ、縁起物だな」
「ラカ……? あの鳥のことか?
とりあえず下に行きたいんだが、道を教えてくれないか。友達を助けたいんだ」
男は鼻を鳴らし、面倒くさそうに手をひらひらと振った。
「下? そりゃ無理だ。お前じゃ行けねぇよ。諦めろ」
そう言って、シッシッと追い払うように手を振る。
思わず言い返しかけたものの、まともに取り合う気がないと悟り、言葉を飲み込む。
軽く「ありがとな」とだけ返し、広場の中心へ向かうことにした。
広場へ向かう途中のベンチに、茶色い耳をした女性が一人腰を下ろして上を見上げていた。
声をかけてみたが、まったく反応がない。
近づいて顔の前で手を振り、「おーい……聞こえてるか~……」と呼びかけてみた。
だが女性は虚空を見つめたまま、まるで心ここにあらず、といった様子だ。
そのとき、何かが背後の建物の影をサッと横切った気がした。
思わず振り返って周囲を見回すが、そこには誰の姿もなかった。
「……気のせいか?」
道を進むと、苔むした小屋の脇にある水場で、一人の男性が地面に座り込んでいた。
話しかけようと近づくと、男は顔も上げずに吐き捨てた。
「うちの水場に近づくんじゃねぇ。あっちへ行きな」
その声音には、怒りというより、疲れと諦めが混じっていた。
「なんだこの村……どいつもこいつも、態度悪すぎじゃないか」
誰に声をかけてもまともに取り合う気配がない。
胸の奥に苛立ちが溜まり、気づけば尻尾を左右に大きく揺らしてしまっていた。
イライラがピークに到達しかけた時、ふいに脳内に声が響き渡った。
『クロ、人には人の事情があります──
自分の見えた世界だけで判断してはいけません──』
ハッとして胸に手を当てる。
「ラース……! そうだよな……。
まずは相手の話を聞くところから、始めなきゃいけないのかも……」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、気持ちを立て直すように息を吐いた。
広場の石段には、眼帯をした老人が杖を支えにして腰を下ろしていた。
皺だらけの口元が小さく動き、ぶつぶつと独り言が漏れている。
「……いくらなんでも遅い……」
誰かの帰りを気にしているのは、見てすぐに分かった。
「こんにちは、じいさん。どうした……心配ごとか?」
声をかけると、老人はびくりと肩を揺らし、こちらを睨み上げた。
「なんじゃ、オマエは」
「オレはクロって呼ばれてる。
下層にいたんだが、ラカ様? に連れてこられてさ。
困りごとがあるんなら、教えてくれないか? ひょっとしたら力になれるかもしれないしな」
老人は眉をひそめたまま懐に手を入れ、一枚の紙切れを差し出した。
「……雷角鳥様の巣で、こんな子を見なかったか」
そこに描かれていたのは、《鉄殻の墓所》にいた少女だった。
「いや、その子なら下で見たぞ」
「下!? あのバカもんが……」
老人は怒鳴りかけて、しかし途中で言葉を飲み込んだ。
しばらく黙り込み、深く息を吐く。
「……まぁ、それならそれでよいわ」
「その子を待ってるのか? 下に探しに行ったほうがいいのか」
クロがそう言うと、老人は面倒くさそうに手を振った。
「ハァ……いいか。
オマエみたいなげっ歯類にできることなんぞ、何もないわ。失せろ」
小馬鹿にした表情で、シッシッと追い払う仕草をしてみせる。
冷静を装って広場を離れたものの、角を曲がったところで思わず足をポフポフと踏み鳴らした。
「なんなんだ! この村のやつらは! まともに話す気がねぇじゃねーか!!」
苛立ちのあまり鼻息がフンスフンスと漏れる。
……ラースだったら、もっと上手く話せたんだろうな……。
そう思った瞬間、広場の方から、何者かがこちらをうかがう気配がした。
******(ラース視点)
時は少しさかのぼり、クロが巨大鳥に掴まれたとき──。
「まずいです! クロ!!」
クロを追おうと前へ出た瞬間、轟音と共に空気の壁が叩きつけられた。
処理が一瞬途切れ──気づくと、急速な下降が始まっていた。
上方に、丸く切り取られた鉄殻の墓所の風景が見え、その円がどんどん小さくなっていく。
上方へ向きを変えようとした瞬間、少し下を落下する少女の姿が視界に映った。
意識がないのか、腕も脚も力なく揺れている。
「ああっ! 危ない!」
慌てて加速し、少女の真下へ滑り込んだ。
少女を乗せて浮上しようとするが、なぜかうまく持ち上げることができない。
徐々に地面が迫り──減速しきれず、下から衝撃が響いた。
反動で少しだけ視界が浮き、揺れが広がる。
その揺れに押されるように、少女の身体がどさっと横へ倒れ込んだ。
受けた衝撃の勢いで幾度か視界が回転した後、ようやく地面の上で静止した。
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