第3話『巡り逢い』
歩みを進めていくと、いつの間にか周囲の景色は様変わりし、岩石が削られてできた天然洞窟のようになっていた。
そこに《刻印の刻まれた石柱》が一つ立ち、その傍らに、この空間に似つかわしくない《人工的な球体》が2つ落ちている。
1つは半分ほど地面に埋まっており、もう一つは無造作に転がっていた。
慎重に近づきまじまじと眺めてみると、大きさは自分の体の倍——人の胴ほどの球体に感じられる。
「……これは…何かの機械か…?」
表面にはホコリがつき、ところどころに苔やキノコが生えていることから、ここに転がって相当時間が経っていることが分かる。
だがその下には、美しく幾何学的な溝が全体的に走っており、いくつかの金属プレートが組み合わさって構成されているように見えた。
また、表面の幾何学模様は複数の個所で不自然に途切れており、何らかのパーツがついていたことを想像させた。
一部の穴は欠けていたり、ヒビが入っているところもある。
球体の表面をさらに見回すと、丸いレンズが2か所にはまっていた。またその間には四角いパーツがあり、なんとなく顔のように見える。
しかし、当然そのレンズからはなんの表情も読み取れない。
そして正面の腹部下あたりに、《横長の半透明なパネル》がはめ込まれている。
パネルの表面を爪でなぞると、中央から広がるように円状の線がうっすら刻まれているが、特に反応する様子はなかった。
静かに爪先で表面をなぞってみるが反応はなく、そのまま指を滑らせると妙にひんやりとした硬い質感がある。
落ちている2つの球体を見比べてみる。
どちらも形状こそ似ているが、それぞれに明確な違いがあった。
片方の球体は、表面に《パーツ跡》らしきものは見られない。
もう一方の球体には、くっきりとした《パーツ跡》があり——
「光ってる……?」
数か所、刻まれた溝の一部からかすかな光を発していることに気づいた。
その光をじっと見つめると、鼓動のように強弱がある。
『こいつは、生きているんだろうか?』
収納膜から水袋を取り出して、水を一滴垂らしてみた。
液体は表面を伝って、ぽたりと床に落ちた。
……反応はない。
グルーツ・バインの実を近づけてみるが、やはりこちらも無反応。
『…やっぱり生き物じゃないな。』
あまりに反応が無いため、雑に爪でコンコン叩いてまわる。
そこでようやく鑑定のことを思い出した。
<<——鑑定不能。権限がありません>>
『……権限……?』
いずれにしても、今はどうしようもない。
非常に気になるが、いったん放置することにした。
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慎重に歩みを進めながら、周囲をじっくりと観察する。
天然の岩石洞窟のような場所から、また空間が様変わりしていた。
先ほどと違い城壁のような壁に巨大な樹木が絡んでいたり、かと思えば岩石がせり出したりする、とりとめのない場所だ。
城壁や樹木の表面には、鋭く巨大な何かが削ったような痕跡をいくつも残している。
なにかの戦いの跡だろうか。
天井を見上げると異様に高い。尋常ではない高さだ。
ただの洞窟ならば、経年の侵食により均一な広がりを持つはずなのに——ここは違う。
ここはいったいなんなんだ?
視界を遮る巨大な構造物がごろごろしているいるため、いったん足を止めて耳を澄ましてみる。
獲物を選定するように響く唸り声、肉を噛み砕く音。
奥歯が軋むような鈍い響き、荒い呼吸音…。
複雑な地形の奥から不穏な気配が漂っているが、先ほど遭遇した程の危険は感じない。
だが、そもそも何かがおかしい。
「……モンスターの強さ、バラバラすぎないか?」
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(---数刻前---)
視界の隅をよぎる動きに、じっと目を向けていた。
壁際に、小さなスライムがぺたりと貼りついている。
明らかに弱い生物だ。触れれば波紋のように揺れる程度の緩慢な動き。
だが——そのすぐ奥に、異質な気配があった。
闇の奥で動く影——いや、違う。
その漆黒の獣は、音もなく滑るような動きで、次の瞬間にはそこに現れ、すでに静止していた。
低く身を伏せ、別の獲物を見つめている。
背中を覆う棘は蠢いているが、あらゆる音がなく、呼吸音すら感じられない。
その姿は明らかに常軌を逸した——異形の狩人。
その双眼の禍々しい光が僅かに滲む。
ぬるりと首を傾け、薄く釣り上がる口元が見えた。
笑っている——
それは、獲物の運命をすでに決めた狩人の顔だった。
『……やばい。こいつは本当にまずい——』
そう思考する間も無く——棘が閃き——
次の瞬間、すでに獲物の身体は沈黙していた。
貫通した棘は微かに揺れ、死の余韻を残す。
そしていつの間にか、漆黒の獣は息絶えた獲物の横に移動し、その様子を覗き込んでいた。
(暗転)
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あの一撃が、もしこちらに向かっていたら——次の瞬間には終わっていた。
あの脅威から逃れられたのは、ただ運が良かっただけだ。
このダンジョンの生態系は何かがおかしい。
強い個体と弱い個体が入り混じっていて、不自然すぎる。
通常なら、捕食関係が成り立つはずの環境が成り立っていない。
歪みの原因があるのかもしれないが、今の自分には確かめる術がない。
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不穏な気配を避けるように歩を進める。
ふと、足元に違和感を覚えた。
しゃがみ込んで慎重に確認する。
何かの獣の足跡。
以前見かけた漆黒の影とはまた別の——。
「……デカいな。」
踏みしめられた地面は異様に沈み込んでいる。
異常な圧力で形を変えられた土——爪が深く食い込み、地表を削り取っている。
足跡の周囲には、小さく砕けた岩片が散らばり、周辺が焼け焦げている。
嫌な予感しかしない。
身を低くし、周囲をもう一度確認する。
視界の奥には、静かな闇が広がっていた——。
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便利系:《サーチ》《鑑定》
皮膜系:《収納膜》
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次回2025/7/4更新予定です。