第23話『ミッション』
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港湾都市トレイ=マルスの職業斡旋所の店主…。
今になって思えば、あの時の店主の妙な早口も、安堵の笑みも──
きっと、こうなることを予感していたのかもしれない。
カイルは火の揺らめきをぼんやりと見つめながら、静かにため息をついた。
焚き火の熱に乗ってシチューの香りが漂っている。
ララは木杓子をかき回しながら、ぼやいた。
「そういえばさ、ロー。ボックス内のアイテムがバラバラになってたよ。
最近パーティ内の持ち物を仕訳したって言ってなかった?
戦闘用ボックスに鍋が混じってたんだけど。
しかも食料品ボックスには、ポーションとか魔獣の肉が入ってたし…結構めちゃくちゃになってるかも。
量が量だし、いざって時に困るんじゃないかな」
ローはお説教中のカイルとフェルナを遠目に見て、ため息をつきながらアイテムボックスの整理にあたった。
「すみません。仕訳した後、フェルナに管理を任せたんですよね。
一度整えれば、誰でも維持できるはずなんですが…あの犬獣人に数日任せたのが失敗でした。
まったく…彼女は一体、何ならできるんですかね。
マークした罠は踏み抜くし、お腹が鳴って敵に見つかる。
簡単な記録も取れない。
テーブルも壊されたので、今日から地面で食事です。
さらに最近では、誰彼構わず食べ物をねだるせいで、“グッドボーイが亜人を虐待してる”という噂まで立つ始末です…」
ローが魔石を手に取った瞬間、絶叫した。
「あああっっ!!苦労して手に入れた魔石が割れている!!
なぜ!これ一つで一体いくらすると…!」
エルマは武器を手入れしながら、興味なさげにポツリと答えた。
「あぁ。フェルが“磨いてたら割れた”って言ってたぞ」
ララが食事の準備を告げる。
「まぁまぁ、ロー。またそのうち手に入るって。
ごはんできたよー」
カイルが説教を終えたタイミングで、鍋の匂いに釣られてフェルナがふらふらと近づいてくる。
ローは魔石の欠片を拾いながら、静かに立ち上がった。
その目は、フェルナの背中に向けられていた。
「…フェルナさん。今後一切、おかわりは禁止です」
「えっ…ララさんのシチュー…」
固まっているフェルナを見て、カイルが思わず口を挟む。
「…いくらなんでも、それは可哀そうじゃないか!
フェルちゃんにとって、おかわりは生きがいみたいなものだし…」
ローは冷静に、しかし容赦なく言い放った。
「カイルさん。昨日も言いましたが、今回は本気です。
多少かわいいだけのただ飯喰らいは置いておけません。
魔石まで砕いて、むしろ圧倒的マイナスです。
食事は許しましょう。本当に虐待になってしまいますからね。
しかし、“おかわり”は別です。これは報酬です。
働かない駄犬に与えるものではありません」
フェルナは目を見開いたまま、シチューを見つめていた。
「我々全員から一つずつミッションを課すことにしましょう。
それをこなすまで、今後、永遠に──おかわりは禁止です」
場の空気が一瞬、静まり返った。
カイルは苦笑して、フェルナの頭を撫でた。
「じゃあ、俺からは"他の人にねだらない”ってことで。
守ってくれれば、ペナルティなんていらないよ」
ララはシチューをよそいながら、優しく言った。
「私もペナルティとかやだなぁ。
でも、“命大事に”は守ってほしいな。
私たちがピンチのときは、一人でも逃げるか、助けを呼ぶこと。ね?」
エルマは武器をしまいながら、短く言った。
「“言うことを聞く”。以上」
ローは魔石の欠片を握りしめながら、目を細めた。
「ハァ…皆さん、とことん甘いですね…
私からのミッションは、もちろん“損失補填”です。
割れた魔石の補填として、我々の利益になるアイテムを一つ、入手すること。
ただし、あなたは所詮雑用係。単独での無理な探索は許可しません。
あくまで、行動の範囲内で、少しでも利益になるものを把握し、役に立つこと。
これはパーティの基本です。頼みますよ」
フェルナは淡い期待をこめて一つだけ確認をする。
「…分かりました。今日はおかわりいいですか」
「ダ・メ・です」
******
食後の片づけを終え、フェルナは地面に座ってぼんやりと空を見上げて呟いた。
「おかわり…」
その手には、食器を拭いた布がまだ握られているが、動きは止まっている。
ララがふかした芋を手に、そっと声をかけた。
「フェル、お腹すいてるんだよね?これ食べる?」
フェルナはぱっと顔を上げ、銀色の瞳を輝かせた。
「食べます!ララさん大好きです」
ララは笑いながら芋を手渡す。
「はは。悩みがなさそうでいいなーって思ってたけど、今一番悩んでるのはアンタかもね。
…ローもさ。
小難しく“損失補填”とか言ってるけど…条件が“少しでも利益になるもの一つ”だからねぇ。
ちょっとでも何か身につけさせてあげたいんだと思うよ。気にせず頑張んなよ」
フェルナは芋を両手で包み込むように持ち、嬉しそうにかぶりついた。
ララはその頭を優しく撫でる。
テントの中からエルマが顔を出し、フェルナに向かって人差し指で手招きした。
「おいフェル、ちょっと来い。…もっと近くだ」
不思議そうに近づくフェルナの前に、エルマはニヤリと笑ってパンを差し出した。
「…さっき食わなかったからやるよ。“おかわり”じゃないからいいだろ」
フェルナは瞳をパッと輝かせて、ふわふわの尻尾を左右に大きく振った。
「ありがとうございます!エルマさん大好きです」
エルマは少し笑って、パンを頬張るフェルナの頭をぽんぽんと撫でた。
******
小休止を終え、再び深層へ向かう準備が始まった頃。
フェルナが荷物の紐をいじりながらぼんやりしていると、ローが静かに声をかけ手招きをした。
「フェルナさん、少しこちらへ来てください」
フェルナは首をかしげながら、ローの後をついて岩陰へ向かう。
周囲の視線が届かない場所で、ローはキョロキョロと周囲を確認した後、こっそりと小さな包みを取り出した。
「…いいですか、フェルナさん。
ここ最近のあなたは本当に目に余ります。
まるで役に立ってないのですから、与えたミッションは、絶対こなしてもらう必要があります。
ですが、お腹は空くでしょう。なので、慈悲を授けましょう」
包みの中から、干物とチーズが現れる。
フェルナの瞳がぱっと輝いた。
「ありがとうございます!ローさん大好きです」
嬉しそうに頬張るフェルナを見ながら、ローはメガネを押し上げ、頬を赤らめて呟いた。
「……ふ、ふぅ……食べてる……あ、ああ……本当に仕方のない駄犬ですね……。
こんなにも、無防備に……もぐもぐと……ハァ…」
ローは静かに深呼吸を繰り返した。
こうして甘やかされながら、フェルナのミッションが開始したのだった。
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