第22話『フェルナ=ウェルグリス』
今回から、クロのいるダンジョン《巡霊の神座》の低層を拠点にしている冒険者たちのお話になります。
今後ストーリーにどう関わってくるのか、ご注目ください!
なお、ブクマ50人記念としまして、本日中にもう1話更新いたします!
未踏破ダンジョン《巡霊の神座》、地下10km付近──。
「フェルちゃん、ちょっといいかな。
…さっきのこと、少しだけ話しておきたいんだ」
《犬獣人フェルナ=ウェルグリス》は、銀色の瞳で虚空を見つめながら、干し肉をもぐもぐと噛んでいる。
《カイル=ヴェスティン》はため息をつきながら、フェルナの隣に腰を下ろした。
「この《巡霊の神座》ってダンジョンはね、《機械帝国アイゼクル》と《魔法大国フェリシエル》のちょうど中間にあるんだ。
…で、両国は《ダンジョン共同探査協定》っていうのを結んでて、資源の管理も分配も、全部ルールで決まってる」
フェルナは干し肉を噛みながら、ちらりとカイルを見た。
「へぇ~。じゃあここはその人たちのものなんですか?」
カイルは少し笑って答える。
「うーん、表向きはね。
でも実際は、僕たちみたいな冒険者も自由に探索できるし、二国共同の調査隊とも協力することがある。
現場で仲良くやれているのは、“お互いに得があるから”なんだ」
「ふーん…だからパンくれたんですね。やさしい人でした」
カイルは頭を抱えた。
「そこが問題なんだ…!
まずね。ああいう場面で“食べ物ください”とか、ねだっちゃダメなんだよ。
“親しき仲にも礼儀あり”って言うでしょ?」
「そうなんですか。でも美味しかったです」
「…それにね。
"お嬢ちゃん、ごはん食べてないのかい"って言われて、うなずいてたよね。
あれじゃ、僕たちが"ごはんをあげてない人"みたいに見られちゃうよ!
フェルちゃん、毎食おかわりしてるよね!」
フェルナは無言で干し肉を噛み続けている。
「パンをくれて、笑って撫でてくれてた人はね、特にだめだよ!
あれは、帝国の中尉さんなんだよ。すごく偉い人なんだよ!
…それに、“キラキラの石がたくさん手に入った”って言ってたよね?
しかも、ローの真似して“しじょうでさばけばいくらになることか…”って!
あれ、冗談でも言っちゃダメなんだよ!
そういう話は、地上の酒場でするもの。ここでは、シー!」
フェルナは口をもぐもぐさせながら、ぽつりと答えた。
「なるほど、そうだったんですね~。リーダーも色々大変なんですね。
ところで、ごはんはまだですか?」
「うんうん、もうすぐだからね」
カイルはため息をつきながら、フェルナの頭を優しく撫でた。
『うん、悪い子じゃないんだよ…全くやる気がないだけで。
お願いしたら一応ダラダラとやってくれるし。
昨日、ローが"役立たずはいらない"ってキレてたけど…
…僕には追放とか無理だよ…だって…
…犬が好きなんだよなぁ…』
小人数ながら戦闘・探索どちらもこなせる《旅団グッドボーイ》は、B級きっての実力派パーティとして知られていた。
物理・魔法の複合戦技を操る団長、《カイル=ヴェスティン》。
戦闘経験豊富で数多くの依頼をこなしているが、最も重要なことは依頼主の想いを汲み取ることだと考えている。
悩みの多い苦労人だが、その人格と実力は世間から高く評価されている。
二刀魔導剣と魔導銃を併用する女副団長の《エルマ=ハイトレヴ》。
アイゼクルの軍部を退役して傭兵をしていたところ、カイルに誘われて入団。
傭兵、冒険者界隈だけでなく、軍の上層部にまで彼女の隠れファンは根強く存在している──が、本人にはその自覚がまるでない。
無詠唱魔法を駆使する魔律術士、《ララ=レルフィア》。
アーカイブ化した複数の魔術を視覚化して周囲に纏い、高速選択することで魔法発動を可能にしている。
魔術への理解が深く紛れもない天才であるが、明るく、誰にでも優しい性格をしている。
アイテム開発・管理とサポート、経理・方針策定を担うメガネ商人、《ロー=グラフト》。
数字と交渉に妥協しない毒舌家で、ララにたびたび注意されている。
本人は"戦闘は専門外"と言うが、徒手格闘において人間に負けたことがない。
人望厚く親切でお人よしのカイルを、冷静沈着なエルマが支え、口の悪いローを理知的なララがなだめる。
平均年齢は若いが、安定した探索活動を行う旅団グッドボーイは、ダンジョン内でも一目置かれる存在だった。
…雑用係としてフェルナが入団するまでは。
******
あれは、ちょうど一か月ほど前のことだった。
場所は《通商連邦ヴェルディア》──その中でも最も交易が盛んな《港湾都市トレイ=マルス》。
職業斡旋所の一角で、顔なじみの店主が、いつになく早口でカイル達に説明をしていた。
「ええと、こちらの子はフェルナ=ウェルグリス。犬獣人ですね。
この子はちょっとぼんやりしてるところはありますが、何事にも素直で、文句一つ言いませんよ!
力仕事にはめっぽう強くて、荷物運びや設営なんかでは頼りになります。
器用さは…まぁ、あまり期待しない方がいいですが、逆に言えば、余計なことはしません。
言われたことを黙ってやる、そういう子です。
食べることが好きで、食事の時間になると目が輝きます。
それもまた、健やかでいいでしょう?
正直、戦闘や交渉には向きませんが、後方支援や雑務には最適です。
何より、誰にでも従順で、場の空気を乱すことはありません。
一人くらい、こういう子がいても損はしませんよ。
それに、こういう子は意外と人気が出るんですよ。
ご存じの通り、最近では、戦闘要員ばかり集めて現場が回らないって話も多くて、後方支援に特化した子の需要がじわじわ高まってましてね。
…フェルナくんみたいに、黙々と働いてくれて、文句も言わず、力仕事もこなせる子は、実はかなり貴重なんです。
今のうちに迎えておけば、後で『取っておいてよかった』と思える場面がきっとありますよ。
それに、食事さえしっかり与えておけば、機嫌を損ねることもありませんし、扱いやすさは保証します」
「素直そうでいい子じゃん!ちゃんとサポートしてくれそうだし、問題ないでしょ!」
ララが笑顔でそう言うと、エルマは興味なさげに頭をかきながら答えた。
「誰でも同じだろ、こいつでいいんじゃねーの」
ローはメガネを拭きながら、静かに頷く。
「まぁ、私も指示に従ってくれれば不満はありませんよ」
カイルは、店主の妙に熱のこもった紹介が少しだけ気にかかったが、仲間たちの反応を見て、肩をすくめた。
「じゃ、じゃぁ…皆がいいなら、この子にお願いしようかな」
「ありがとうございます!さっそくお手続きに移りましょう!」
店主は満面の笑みを浮かべたが──その表情には、どこか安堵の色が混じっていた気がした。
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