第20話『巡る霊脈の地の少女』
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《響震の洞窟》を抜け、湿った岩肌を背にしばらく進むと、視界がふいに開けた。
そこには、明るく穏やかな空間が広がっていた。
柔らかな光が差し込み、中央には一本の巨木がそびえている。
周囲の木々からは鳥のさえずりが聞こえ、空気には微かな草の香りが混じっていた。
エリアの入り口には、不自然なほど光沢のある石柱が一本、静かに立っている。
ラースがふよふよと近づき、表面を眺める。
「こちらは、《巡る霊脈の地》と書かれています。この場所の名前のようですね」
「巡る霊脈…か。危険な響きはしないが、まずは周囲の確認からだな」
クロは《千里眼》と《ウィズセンサー》を同時に展開し、地形と生物を探る。
周囲に危険な生物の気配はない。
ただ、エリア中央にそびえる巨木の傍らに、小さな小屋が建っているのが見えた。
そしてその前──ひとりの子供が、家の前に立つ石柱を、黙々と磨いているように見える。
クロは、ふとセレナとの会話を思い出していた。
『セレナは、"他の人間はここまで来れない。私と同じことをできる人は、見たことがない"と言っていた。
あいつは話下手だが、嘘を吐くタイプとは思えない。
となれば──この子供は、何者なんだ…?』
クロは《千里眼》でしばらくその様子を眺めていた。
子供は石柱を丁寧に磨いているだけで、特に異常な動きはない。
敵意や危険な気配も感じられず、ただ静かに作業を続けているようだった。
「うーん……ラース、中央の小屋に人がいるみたいだ。
とりあえず、近くまで行ってみよう」
遠くには小さな滝が流れ落ちている。細い小川には銀色の小魚が群れをなして泳ぎ、陽光を反射してきらめいていた。
その流れはやがて地形の裂け目へと吸い込まれるように消えている。
周囲には木々や花が咲き、鳥たちが枝から枝へと飛び交っている。
ところどころに石柱が点在し、まるで古代の遺跡の残骸のような雰囲気を醸し出していた。
クロは念のため、距離を保ったまま中央の巨木を鑑定する。
名前は《エルグラシア》。通称、“悠久の時を刻む古樹”。
その名の通り、長い時を超えてこの地に根を張ってきた存在のようだ。
少なくとも、突然襲いかかってくるような気配はない。
近づいてみると、幹は驚くほど太く、圧倒的な存在感を放っていた。
その表面には、紋様のようなものが刻まれている。
枝葉の間からは、無数の淡い蒼色の光の粒が、空へ向かってゆるやかに立ち昇っていた。
風が吹くたびに、古樹の葉がさざめき、光の粒もそれに合わせて穏やかに揺らいでいる。
家の前で石柱を磨いている少女にラースがふよふよと近づき、声をかけた。
「こんにちは、お嬢さん」
少女はびくりと肩を跳ねさせ、手を止める。
「うああっ!?」
ラースは気にする様子もなく、石柱を眺めながら続けた。
「こちらの石柱も、ずいぶんピカピカですね!
“...re...dis=...幾星...輪...”と書かれているようです」
少女は目を見開き、ラースを指差して叫んだ。
「お、お前、なんで動いてるんだ!?」
不思議そうに明滅するラースに、クロが素早く飛び乗る。
「おい、お前…こいつを知ってるのか?」
リディスはラースをじっと見つめている。
「昔、見かけたことがあってさ…てっきり壊れた機械だと思ってたんだ!
…それから、“お前”じゃないぞ!俺はリディスって言うんだ!」
******
胸を張って名乗るその姿は、どこか誇らしげに見えた。
クロとラースの視線が、名乗った少女──リディスをじっと見つめた。
小柄な体躯に少し猫背気味の姿勢で、動きは全体的にゆっくりしているようだ。
髪は白と青が混ざり合った不揃いなショートボブ。
毛束の一部が淡く発光しており、風に揺れるたびに光がちらついている。
瞳は乳白色をベースに、虹色の粒子がゆらゆらと漂っている。
左目の下には、小さな紋章が浮かび上がっており、肌に刻まれた印のようにも見えた。
虚ろなジト目でこちらを見つめているが、声は意外にもハキハキとしている。
耳はわずかに尖っていて、人間とは異なる種族の可能性を感じさせる。
着ているのは、複数のポケットが縫い付けられた白いローブ風のジャケット。
布地は耐久性のありそうな素材で、ところどころに補修の跡が見られる。
背中には何かの作業用と思われる小型のツールボックスを携えている。
足元は──
なぜか左右で異なる靴を履いており、片方は動物の牙を使ったサンダル風、もう片方は金属製のブーツ。
そのアンバランスさが、彼女の存在をより一層際立たせていた。
「俺はクロだ、よろしくな。ところでお前は、どうやってここまで来たんだ?」
クロが問いかけると、リディスはきょとんとした顔で首をかしげた。
「来たってどういうことだ?俺は初めからあそこに住んでるんだぞ」
そう言って、リディスは背後の小屋を指さす。
外壁にはツタや苔が自然に絡みつき、ところどころに季節の花がぽつぽつと咲いている。
屋根には風に運ばれた羽根や小石が並べられていて、どれも形や色が微妙に違っていた。
それらが不思議と調和していて、パッと見は自然そのものなのに、どこか整っていて美しい外観だった。
「あの小屋に、一人で住んでるのか?」
クロが少し声を落として尋ねると、リディスはあっけらかんと答えた。
「今は一人だぞ」
「そうか…それは大変だな…」
「別に大変じゃないぞ!」
リディスは胸を張って言った。
「毎日周辺を散歩して、落ちてるものを拾ってきたり、石柱をピカピカに磨いたりしてるんだ!」
その顔は誇らしげで、どこか楽しそうだった。
『そうか…恐らくこいつは、親に先立たれて、今は一人で暮らしている。
周囲は危険生物がいっぱいだ。
やれることはなく、落ちてる物を拾ってきて、石柱を磨くことくらいしかできない…』
クロはリディスの言葉を聞きながら、胸が締めつけられるような思いに駆られた。
「…こんな場所だと、できることも限られるもんな…」
「あっ、クロ、何か勘違いしてるな!」
リディスが急に声を上げると、ぱっと笑顔になって手招きした。
「…ちょっとこっちへ来いよ!」
そう言って小屋の方へ駆けていく。
クロが後を追うと、リディスは小屋の前で立ち止まり、ふっふっふっと笑った。
そして、勢いよくドアを開ける。
「これが俺の家だ。すごいだろ!」
小屋の中から、ふわりと木と苔の香りが漂ってきた。
中は、外観から想像できないほど清潔で、整っている。
古びた木材の壁や床は、長い年月を経ているはずなのに、どこか柔らかく温かい光を帯びていた。
正面には滑らかに磨かれた木製のカウンターがあり、その上には指輪や首輪、飾りのような小物がずらりと並んでいる。
どれも自然素材で作られていて、牙や羽根、石や布が絶妙に組み合わされていた。
添えられた小さな札には、「雨の日に拾った」「ちょっと怒ってた時に作った」など、用途ではなくリディスの気分が記されている。
また、屋内にも関わらずカウンターの奥には石造りの細い水路が通されており、澄んだ川の水が引き込まれ、静かに流れていた。料理や作業に使えるよう、さりげなく工夫されている。
壁には大小さまざまなツノが並び、反対側には色とりどりの布が吊るされていた。
模様も形もバラバラだが、どれも丁寧に手入れされていて、まるで展示品のようだ。
棚には木製の食器や乾燥植物、手作りの掃除道具が整然と並んでいる。
その隣には、モンスターの抜け殻や羽根、鉱石のかけらが分類されていて、ラベルには「ふわふわ」「ちょっと冷たい」「見た目が好き」など、独特な感性が光っていた。
奥には木製の机と椅子があり、机の上には観察ノートと布が置かれている。
椅子は少し高すぎて、座ると足が浮いてしまうが、リディスは気にしていないようだった。
全体的に、拾い集めたものを地道に組み合わせて作り上げた空間。
古びてはいるが、どこもかしこも丁寧に手入れされていて、まるで“生きている”ような温もりがあった。
クロはしばらく言葉が出なかった。
この空間には、どこか温もりがあって、手間と時間をかけて作られたことが伝わってくる。
「…すごい。ダンジョンの中とは思えないな…」
ラースはカウンターに並ぶ小物を一つひとつ丁寧に眺めながら、静かに言った。
「最適に素材を組み合わせています。視覚的なバランスと機能性が両立していますね!
配置も美しくて、空間全体に秩序が感じられます!」
「俺は、散歩しながら落ちてるものを集めてきて、使えるように改造するのが好きなんだ」
リディスは棚の奥から小さな指輪を取り出して笑った。
「お前ら、この先へ進むつもりなら、毒地帯があるから気をつけたほうがいいぞ。
…ちなみに、食べ物を持ってきたら、俺の作ったこの“耐毒の指輪”と交換してやってもいいぞ!
ちょうど、尻尾になら、つけられるんじゃないか。」
クロが眉をひそめる。
「毒…!?どんな種類の毒なんだ?それと…耐毒って、どの程度効くんだ?」
クロの声には、焦りと警戒が滲んでいた。
リディスは指で空をなぞるような仕草をした。
「主に空気中に充満してるタイプだな。吸い込むと、じわじわと神経をやられてくる。
最初は軽い眠気としびれから始まって、気づいた頃には動けなくなる。マヒ系だ」
クロは思わず喉を鳴らした。空気に混じっているなら、避けようがない。
「でも安心しろ。その地帯の毒には、この指輪で完全に耐性がつく。俺が実際に試したから、間違いないぞ!」
リディスは胸を張って断言しながら、棚の一段を指さした。
「ちょっとこのマップを見てみろ」
「こ、これもリディスが作ったのか!?」
そこには、粘土と石で作られた立体マップが置かれていた。
断面図のように切り取られた構造は、この周辺の10エリアほどを再現したもので、複雑に入り組んだ空間が立体的に連結されていた。
岩場、崖、坂道──高低差のある空間が粘土で丁寧に造形され、通路の形状や空洞の広がりまで細かく表現されていた。
それぞれのエリアには小さな印がつけられており、「風が通る」「水が溜まりやすい」「モンスターがよく寝てる」など、リディスにだけ分かる注釈が添えられている。
このマップは、長い時間をかけて積み重ねてきた知識と暮らしの痕跡そのものだった。
リディスは指先でマップの一角を示した。
「今いる場所がここ。この2つ先に《鉄殻の墓所》っていう毒地帯があるぞ」
2つ先に毒地帯──それなら、すぐに必要になる。
リディスに情報をもらっていなければ、成すすべもなく死んでいたかもしれない。
食べ物なら、取れるだけ取ってきてある。
交換してもらえるなら、この機会を逃す手はない。
クロは収納膜から一通りの食べ物を取り出して、リディスに差し出した。
リディスは品定めするように眺め、満足げにうなずく。
淡黄色で肉厚なキノコ──グローベル。
橙色の根菜、ルマリの根。
そして、響震の洞窟で手に入れた灰紫色のキノコ──ダスクモアをいくつか手渡す。
「よし、交換成立だな!」
そう言って、リディスは先ほどの“耐毒の指輪”を差し出す。
クロはそれを受け取り、尻尾にそっとはめると、意外にもぴったりと収まった。
見た目は素朴だが、しっかりと作られているようだ。
尻尾を左右に振ったりジャンプしてみたりするが、自然に落ちることはなさそうだ。
毒地帯を前にした不安が、少しだけ和らいだ気がした。
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身体強化系:《高速木登り》《高速滑空》《千里眼》
便利系:《サーチ》《鑑定》
皮膜系:《収納膜》《防御膜》《隠密膜》
尻尾系:《ファントムテール》
肉球系:《ジャンプスタンプ》《ショックスタンプ》《エアスタンプ》
ヒゲ系:《ウィズセンサー》《ウィズスピア》
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