第16話『響震の洞窟』
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セレナの助言に従い、《律音の庭》を後にしてしばらく進むと、広々としたドーム状の空間が姿を現した。
天井の岩盤は淡く青白く輝き、広大な空洞全体が幻想的な薄明に包まれている。
その光は空気に溶け込むように柔らかく、静寂の中に神秘的な気配を漂わせていた。
岩肌の隙間からは水が滲み出し、湿った壁面では青白く光る苔が揺れていた。
足元の岩盤はなだらかな曲線を描きながら穏やかに隆起し、浅い水流が岩の縁を沿うように流れ落ちている。
時折、シュワシュワ………プチッと泡が弾けるような音が空間内に響いていた。
エリアの入り口に《刻印の刻まれた石柱》が立っており、ラースに見てもらったところ、《響震の洞窟》と書かれているようだ。
「"響震"…意味深な名前だな。…また何か変なやつが出てこなきゃいいんだけどな」
「"また"ということは、最近何か問題があったということでしょうか?」
クロは少し間を置いてから、苦笑混じりに答えた。
「…恐ろしく凶暴な犬とか猿が出てきてな…ラースが起きる前まで、大変だったんだよ。」
ラースの体が明るく明滅する。
「それは、無事で何よりでしたね、クロ。ここからは二人三脚で乗り越えていきましょう!」
「はは…よろしくな…」
内心、『ラースに脚はないだろ』と突っ込みたくなったが、その前向きな口調に、少しだけ気持ちが和んだ。
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ラースは嬉しそうに明滅しながら回転した。
「美しい場所ですね!」
「そうだな…危険な生き物がいないといいんだが…」
クロはそう呟き、《千里眼》を起動する。
光の格子が天井、地面、そして岩柱へと走り、空間全体が立体的に描き出されていく。
エリア内には、地面から天井まで伸びる岩柱が二十本、空間全体を支えるかのように、規則的に配置されていた。
最も外縁に近い位置に八本。中ほどには、円を描くように八本。
そして残る四本は中央寄りにそびえ、中心構造を囲む形となっている。
エリア内に複数の小動物がうろついているようだが、魔力密度は低く、動きも緩慢で脅威にはならないように思える。
また空中には、魔力を帯びた大小さまざまな水球が無数に浮遊し、それぞれが緩やかな上下運動を繰り返していた。
そのなかでも、ひときわ巨大な水球が、中心部の中空で静かに揺れている。
内部には、《機械のパーツ》と思われる《特殊な魔力反響を持つ何か》が確認できた。
「おおっ…ラース、中央の巨大な水球の中に《機械のパーツ》があるみたいだ。
周囲に危険な生物はいないように見えるけど、慎重に行こう」
「了解しました!!」
明るく元気に明滅するラースに、少しだけ注意を促す。
「…できるだけ、静かにな…」
「…了解しました…」
******
奥へ進むと、浮遊する水球の一つが見えてきた。
こちらに対して何の反応も示さず、一定間隔で上下運動を繰り返しているように見える。
時折、水球の中に気泡が生まれ、しゅわしゅわという音がエリア内に響いていた。
その下の水辺では、複数の小さな獣が身を丸めている。
キツネに似た姿だが、四肢の先が淡く発光していた。
こちらの気配に気づいたのか、わずかに顔を上げてスンスンと鼻を動かしている。
ただ、その仕草に敵意や警戒の色は見られない。
鑑定の結果、《アクアフォクス》という種で、やはり危険性は低そうだった。
また、周辺を観察していると、岩肌で不自然に揺れている、淡灰色のスライムを見つけた。
鑑定したところ、名は《ナメモスライム》。水辺に密集する性質があり、飲めるとのことだった。
『おぉ…以前見つけた《ウォータースライム》と似たようなものか?あれはほのかに甘みがあったが──』
爪先でつついたあと、手ですくい──口に含むとトロリとした粘度があり、透き通った味わいが体全体に広がるような感覚を覚える。
『さっぱりとした甘味と酸味…これは飲みやすい…!』
感動していると、岩陰に、細く縦長な傘を持つ灰紫色のキノコが群生しているのを発見した。
これは《ダスクモア》といい、"加熱することで酸味が落ち着き、香ばしい風味に変化する"とのことだった。
とりあえず一本手に取ってかじってみると、尖った酸味が喉奥に突き抜けた。
『うっ、これはきつい…でもまぁ、取れるだけ取っていこう』
付近にいた《ナメモスライム》と《ダスクモア》を収納膜にしまっていく。
ふと、近くで小型の生き物が跳ねる気配に気づいた。
鑑定によると、《ルミラビ》といい、どこにでもいる無害な種のようだ。
兎のように長い耳を持ち、柔らかな密毛に覆われているが、尻尾だけはほのかに薄青く光っている。
ルミラビは警戒する様子もなく、ぴょんと跳ねて距離を詰めると、身体をすり寄せてきた。
『同族と思われてるのか…?くっ…かわいいな…』
撫でてみると、しっとりなめらかな毛並みが指先に心地よく絡んでくる。
ルミラビも満足したのか、小さくぴょんと跳ねて、草を食み始めた。
そして短く「ぷぅ」と鼻を鳴らした時だった──
突然、宙に浮かぶ水球の膜が形を変え、細く鋭い水の突端が、音も無く瞬時に放たれる。
空気を切り裂き、水棘がルミラビの腹部を貫いた。
目の前の出来事を呑み込めず、クロとラースが固まる。
ルミラビが「ピーッ」と高く鳴いた直後、いくつもの水棘がうねるように形を成し、容赦なくその体を貫いていく。
小さく痙攣したあと、尾光がひと揺れして、静かに消えた。
水球は、水棘を貫通させたままのルミラビにそっと接近し、ゆるやかに包み込んでいく。
再び水球は浮かび上がり、内部に亡骸を抱えたまま、何もなかったかのように宙を漂い始めた。
目を凝らすと、神秘的な美しい空間の中、遠く宙を漂う水玉の一つに、先ほど見かけたアクアフォクスの姿があった。
肉体の半分ほどはすでに溶け落ち、残された部分も水に混じるようにゆるやかに崩れていた。
静かな空間の中、無言で水球を見つめるクロの脳内に言葉が響いた。
<<——エコローム。響震の捕食者。>>
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身体強化系:《高速木登り》《高速滑空》《千里眼》
便利系:《サーチ》《鑑定》
皮膜系:《収納膜》《防御膜》
尻尾系:《ファントムテール》
肉球系:《ジャンプスタンプ》《ショックスタンプ》《エアスタンプ》
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次回2025/10/3、17話を更新予定です




