第15話『オムニア』
オムニアは疲れていた。
思わず、ぽつりと声がこぼれる。
「…たまにはルミネア様の声を聴きたいなぁ…」
完全なる創造神、《オムニア》──
静かに浮遊する姿は、構造美の象徴のようだった。
小柄で、中性的な美しい顔立ち。瞳の中心には星型の微光が宿っている。
腰まで届く銀紫色の髪が空中を漂い、時折青白く光が煌めく。
目元には、慢性的な睡眠不足の影が薄く滲んでいた。
そこはオムニアの管理する空間で、周囲は無数の星々に包まれていた。
中央には光塔が立ち、星群の座標・軌道の演算情報を放射状に立体投影している。
一角には淡い光をまとったベッドが置かれているが、乱れも歪みもなく、まるで誰にも触れられたことがないように整っていた。
オムニアの創る星は、重力分布、エネルギー輸送構造、表層放射スペクトルまで──すべてが美しく、常に正確だった。
設計された星々は、軌道誤差0.00001%以下の精度で空間にとどまり続ける。
調律から運行制御、監視まで一手に担い、同時に複数の天体を“完璧な構造美”で創り続けている。
──それでも、何かが足りなかった。
ふと手が止まり、空中に浮かぶ星群の軌道補正図が一瞬だけ静止する。
休むべきだとわかっていても、「完璧」には程遠い。
「…軌道図、再確認…重力場、正常…放射強度、最適化済み…
ルミネア様は元気かなぁ。」
小さくつぶやきながら、ふと上を見上げた。
「少しだけなら、話しかけてもいいんじゃないか…よし!」
そして、虚空へ向かって、意を決したように呼びかける。
「ルミネア様、聞こえますか…」
しん、とした空気が張り詰める。
「ルミネア様、やはり多忙なのかな…」
沈黙の後、遥か彼方の空間にて──銀色に輝くベッドがわずかに揺れた。
布の擦れる音とともに、光の神、《ルミネア》が顔を上げる。髪がゆらりと浮かび、柔らかな声が空間を撫でた。
「…ふごっ…あ、オムニア…どうしたの…?」
「あっ、ルミネア様!最近声を聴いていなかったので…。お元気でしょうか。
…周期調整、完了…光度、定義済…」
作業を続けるオムニアに、ルミネアは半分呆れたように笑った。
「…ふわぁ~…オムニア、相変わらず忙しそうね。クマができてる。昨日は何時間寝たの?」
「…15分です。ごめんなさい…軌道誤差0.03%の修正に時間を使ってしまいまして…」
「ハァ…。あのね、理想は12時間寝ないとダメよ。だって、神ってそういう“構造”なの。たぶん。」
「なるほど、神の“構造”なのですね」
「それとね、"何かをする"よりも、"何もしない"ことが大事なんだよ」
急いでメモを取りながら、その言葉が染み渡っていくように響いて、思わず笑みがこぼれた。
「さすがはルミネア様です…」
──後日。再び声を届ける。
「ルミネア様、ルミネア様。
…教わった通り12時間寝ようとしたのですが…20分も眠れず…
私はいつも完璧を求めて時間を費やしてしまって、ルミネア様のようにうまくできなくて…
ルミネア様は創星の際、何を一番大事にしていますか?
どうすればルミネア様のようになれますか…?」
ルミネアは目を細めて頷いた。
「ふふ…私に聞いて正解ね…
大事なのは“感性”だよ!ズバッと決めるの。」
「なるほど…“感性”で“ズバッと”ですね。」
オムニアは、"ルミネア様の言葉"ページにメモをしていく。
ルミネアは小さく首をかしげながら続けた。
「すぐにできるようになるよ。最近は、同時に20ずつ設計してるんだっけ?」
「今は30程ですが…ルミネア様のように“一筆設計”できるようになりたいです!
周回軌道を計算していたらいつも朝になってしまっていて…」
ルミネアは銀色のベッドの上でゆっくりと伸びをする。
「だから言ってるでしょ。“6割やったら寝なさい”って。寝ることで仕事の質を上げるの。
この星、どう思う?“寝ながら自動設計”で作ったの」
「すごいです!回転周期も、バランスも…!
あれ…ルミネア様、またこの星、軌道がずれてますよ。前回と微妙に…」
その指摘にルミネアは目をそらした。
「あっ、それはね、敢えてズラしてるの。わかる?“不完全さ”がだいじなのよ!」
「うわぁ…!さすがルミネア様です!…私の星は100万年軌道が安定します。
…でも、どうしてもルミネア様のような美しい“ズレ”が生まれなくて……
どうやって、その“ズレ”を計算してるんですか…?」
わずかに息を止めて、オムニアは答えを待った。
ルミネアの唇の端に、いたずらっぽい笑みがかすかに浮かぶ。
「“ズレ”は偶然から生まれるの。計算してちゃダメね。」
「計算してはいけない…!それも、“感性”ということですね!」
光図に視線を移しながら、問いを重ねる。
「ルミネア様、この星は作成中ですが、どうでしょうか。
力学的平衡、エネルギー輸送構造、温度・密度分布の最適化、どこを見直すべきでしょうか?」
「この星、ちょっと味気ないわね。スパイスが足りないかな。」
「…スパイス?星に香料を…!?」
ルミネアは軽く指をひらひらさせて言った。
「もっと“気まぐれな紫”を入れてみるといいかも。」
「…あっ!そ、そうか!
表層温度を1万K以上に高めて放射スペクトルを偏らせて…了解しました!」
オムニアの調整により、星の表面が淡い紫色に包まれていく。
「ふふ、それでも星がうまく回ってない時は、チョコをひと粒食べるの。そうしたら、見方が変わるよ」
「さすがルミネア様です…!」
メモをしながら、ふと呟く。
「でも食べると眠くなってしまいますので、私はまだその段階に達していません…。
ルミネア様、この星も見てください。
私にとって100%の精度で仕上がっています。
…でもどうしても、何かが足りない気がして…」
ルミネアは微笑んで頷いた。
「その"何か"はね、寝てる間に舞い降りてくるの。寝なさい。
星も、あなたも、芽吹くから。」
「ルミネア様…」
その言葉が響き渡り、オムニアの胸にかかっていた霧がすっと晴れた気がした。
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