表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/24

第14話『セレナの視点』

※裏話のため、先に第7話を読むことをお勧めします。

探索者が中層以降へ踏み入った記録のない"未踏破ダンジョン"、《巡霊の神座じゅんれいのかむくら》──


その内部はどこまでも深く、アリの巣のように上下に空間が広がり、複雑に入り組んでいる。

また、時と共に地形が変化し、普遍的な地図を作成できないことが、探索をより困難なものにしていた。


しかし、例外がひとりだけ存在する。


詩の放浪者《セレナ=ハーモニック》。

彼女は、2つのユニークスキルを持ち、誰にも知られず、気分のままにこのダンジョンを駆け巡っていた。


1つ目は、《サーキュレイト・バラッド》 ──

自身の歌声に"乗る"ことによって、他者の認識を逸らしながら、音速で飛行することが可能になる。

また飛行中は、ダンジョン内の《霊脈》や《ルーミナ菌》の反響音が可視化される。

これにより、"最も美しい音"を選択していくだけで、自然と、かつ安全に、最短経路で目的地に到達することができた。


2つ目は、《ハーモニック・エデン》 ──

歌うことで"目的物"の反響音を捉え、そこから青く細い光が自身に向かって伸びてくる。

このスキルにより、彼女はダンジョン内に自生する果実や水源などを"探す"必要すらなく、空腹に悩まされることもなかった。


本来、ダンジョン探索は長期に渡るため、綿密な計画や物資の準備、拠点の確保、変化する構造への対応が不可欠である。

探索者達は金と時間を費やして準備を整え、水源を探し、食糧を求め、安全地帯を築きながら、命懸けで奥へと進むことになる。


だが、人々がそのような苦労をしていることを、《セレナ=ハーモニック》は認識すらしていなかった。

彼女は、ただ歌うだけで必要なものが集まり、すぐに好きな場所へ行けるのだから。


******


ある日、セレナが“美しい音”を追ってフラフラ飛び回っていると、いつの間にか《律音の庭》へと辿り着いていた。

そこはエリア全体から澄んだ音が響くお気に入りの場所で、訪れるたびに音の印象が微かに変わるところが、特に魅力的だった。


「不完全なところがまたいいんだよね。」

そう呟きながら、鐘台の最上部から内部へ滑り込む。


静寂の中、自身の足音に耳を傾けていると、ふと下の階から響いてくる音に気がついた。


聞き覚えの無い、小さく、丸く、密度の高い反響音が波紋のように空間を揺らしている。

その音に導かれるまま塔の1階へ降りていくと、階下にいたのは、人間ではない者だった。


セレナはユニークスキルを発動している間、音の波形が視覚化される。

音の強度や質感に応じて、形状や色彩、回転速度が変化するのだ。


彼女の目には、青く輝く楕円の層が、重なりながら緩やかに、美しく回転する様が映っていた。

『まるで…"静寂に灯る小さな十重奏"だね』


その美しさから敵意がないことが分かったため、一定の距離で立ち止まり、静かに鑑賞していると──

やがて、相手が問いかけてきた。


「ここで何をしている?」


声を遮らず、素直に答える。

「きれいな音が響いていたから。」


続く問い。

「どこから来た?」

セレナは笑顔で上を指差す。


その後も、いくつか問答が続いた。


「仲間はいるのか?」「他に人間は?」

このような深層で人間の姿を見かけたことがなかったため、セレナは簡潔に答える。

「私一人だよ」


「じゃあ、お前はどうやってここに来たんだ?」

セレナは、小さく微笑みながら、素直に答える。

「音に導かれて来たよ。」


本当は、《サーキュレイト・バラッド》を使い、霊脈の揺らぎとルーミナ菌の反響を辿って、音速で移動してきた。

けれど、そんなことを語る必要があるとは思わなかった。


話題が変わる。

「ここはどこなんだ」

「《律音の庭》と呼ばれているよ。大好きな場所なんだ」


クロの視線が柱に向いた。

「所々にある刻印が気になってる。あれらにはなんの意味があるんだ」

「他とは違って、凄く神秘的な音色だよね」


あの美しい反響音に気づいてくれている──そう勘違いしたセレナから笑顔がこぼれた。


満足いくまで美しい紋様を"鑑賞"したセレナは、能力を解除した。

青く輝く幾何模様がほどけ、色彩と構造はゆるやかに元の世界へと戻っていった。


次の瞬間、視界中央に現れたのは、愛くるしい丸い被毛と、黒曜色の瞳。

「何ちょっとキミ!モモンガじゃない!ヤダきゃわわわわ!!」


彼女は、小動物が大好きだった。


******


思う存分モモンガの体を堪能した彼女は、ちょっとした罪悪感を覚えた。


信頼を取り戻す必要がある──

そう考えた彼女は、魔力収納機能付きのポケットからライアーを取り出して、静かに演奏を始める。


そして、演奏中に受けたいくつかの質問についても、"的確"に回答をしていった。


「岩が青く光ってるのは何だ」

「ルーミナ菌よ」


「なんで光ってるんだ」

「霊力を表面に付着させてるのね」


「霊力?」

「霊脈を巡る命だよ」


「あっちの方角で見かけた、壊れたような《人工的な球体》──あれはなんなんだ?」

「…あれは凄く綺麗だよね。きっとあなたに合うわ。

…あっちに行けば、綺麗に重なると思うよ」


目の前の小動物と《人工的な球体》の放つ反響音は、"美しく重なりあう"ことが感覚でわかっていた。


とはいえ、そこにどんな危険が潜んでいるか分からない──


『一応、様子を見てきた方がいいかな!』

そう思いついた彼女は、会話中であったことも気にせず《サーキュレイト・バラッド》を発動し、《機械のパーツ》の周辺を見にいくことにした。


数十秒後──


シャドウアント生息地《黒殻の迷路》の上空に辿り着き、内部に耳を傾ける。


その中では、大量の昆虫の気配と、禍々しい"音"を発する、歪な獣の気配を感じる。

『やっぱり危険そうだね。見といてよかった…』


再び《律音の庭》に戻ると、ちょうど、先ほどの小動物が動き出そうとしているところだった。


「危ないかもしれないから、気をつけるんだよ」


最後に一言だけ声をかけ、満足した彼女は笑顔で音に乗り、放浪を続けるのだった。


------------


身体強化系:《高速木登り》《高速滑空》《千里眼》

便利系:《サーチ》《鑑定》

皮膜系:《収納膜》《防御膜》

尻尾系:《ファントムテール》

肉球系:《ジャンプスタンプ》《ショックスタンプ》《エアスタンプ》


---

次回2025/9/19、15話を更新予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼ツギクル
★押してもらえると嬉しいです★
(ランキング集計されてるらしいです) ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
詩の放浪者セレナ、騒ぎ方がとても可愛い。 状況の深刻さと軽いやり取りのギャップがサクサク読ませてくれますね。 面白いです!また伺いますね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ