第14話『セレナの視点』
※裏話のため、先に第7話を読むことをお勧めします。
探索者が中層以降へ踏み入った記録のない"未踏破ダンジョン"、《巡霊の神座》──
その内部はどこまでも深く、アリの巣のように上下に空間が広がり、複雑に入り組んでいる。
また、時と共に地形が変化し、普遍的な地図を作成できないことが、探索をより困難なものにしていた。
しかし、例外がひとりだけ存在する。
詩の放浪者《セレナ=ハーモニック》。
彼女は、2つのユニークスキルを持ち、誰にも知られず、気分のままにこのダンジョンを駆け巡っていた。
1つ目は、《サーキュレイト・バラッド》 ──
自身の歌声に"乗る"ことによって、他者の認識を逸らしながら、音速で飛行することが可能になる。
また飛行中は、ダンジョン内の《霊脈》や《ルーミナ菌》の反響音が可視化される。
これにより、"最も美しい音"を選択していくだけで、自然と、かつ安全に、最短経路で目的地に到達することができた。
2つ目は、《ハーモニック・エデン》 ──
歌うことで"目的物"の反響音を捉え、そこから青く細い光が自身に向かって伸びてくる。
このスキルにより、彼女はダンジョン内に自生する果実や水源などを"探す"必要すらなく、空腹に悩まされることもなかった。
本来、ダンジョン探索は長期に渡るため、綿密な計画や物資の準備、拠点の確保、変化する構造への対応が不可欠である。
探索者達は金と時間を費やして準備を整え、水源を探し、食糧を求め、安全地帯を築きながら、命懸けで奥へと進むことになる。
だが、人々がそのような苦労をしていることを、《セレナ=ハーモニック》は認識すらしていなかった。
彼女は、ただ歌うだけで必要なものが集まり、すぐに好きな場所へ行けるのだから。
******
ある日、セレナが“美しい音”を追ってフラフラ飛び回っていると、いつの間にか《律音の庭》へと辿り着いていた。
そこはエリア全体から澄んだ音が響くお気に入りの場所で、訪れるたびに音の印象が微かに変わるところが、特に魅力的だった。
「不完全なところがまたいいんだよね。」
そう呟きながら、鐘台の最上部から内部へ滑り込む。
静寂の中、自身の足音に耳を傾けていると、ふと下の階から響いてくる音に気がついた。
聞き覚えの無い、小さく、丸く、密度の高い反響音が波紋のように空間を揺らしている。
その音に導かれるまま塔の1階へ降りていくと、階下にいたのは、人間ではない者だった。
セレナはユニークスキルを発動している間、音の波形が視覚化される。
音の強度や質感に応じて、形状や色彩、回転速度が変化するのだ。
彼女の目には、青く輝く楕円の層が、重なりながら緩やかに、美しく回転する様が映っていた。
『まるで…"静寂に灯る小さな十重奏"だね』
その美しさから敵意がないことが分かったため、一定の距離で立ち止まり、静かに鑑賞していると──
やがて、相手が問いかけてきた。
「ここで何をしている?」
声を遮らず、素直に答える。
「きれいな音が響いていたから。」
続く問い。
「どこから来た?」
セレナは笑顔で上を指差す。
その後も、いくつか問答が続いた。
「仲間はいるのか?」「他に人間は?」
このような深層で人間の姿を見かけたことがなかったため、セレナは簡潔に答える。
「私一人だよ」
「じゃあ、お前はどうやってここに来たんだ?」
セレナは、小さく微笑みながら、素直に答える。
「音に導かれて来たよ。」
本当は、《サーキュレイト・バラッド》を使い、霊脈の揺らぎとルーミナ菌の反響を辿って、音速で移動してきた。
けれど、そんなことを語る必要があるとは思わなかった。
話題が変わる。
「ここはどこなんだ」
「《律音の庭》と呼ばれているよ。大好きな場所なんだ」
クロの視線が柱に向いた。
「所々にある刻印が気になってる。あれらにはなんの意味があるんだ」
「他とは違って、凄く神秘的な音色だよね」
あの美しい反響音に気づいてくれている──そう勘違いしたセレナから笑顔がこぼれた。
満足いくまで美しい紋様を"鑑賞"したセレナは、能力を解除した。
青く輝く幾何模様がほどけ、色彩と構造はゆるやかに元の世界へと戻っていった。
次の瞬間、視界中央に現れたのは、愛くるしい丸い被毛と、黒曜色の瞳。
「何ちょっとキミ!モモンガじゃない!ヤダきゃわわわわ!!」
彼女は、小動物が大好きだった。
******
思う存分モモンガの体を堪能した彼女は、ちょっとした罪悪感を覚えた。
信頼を取り戻す必要がある──
そう考えた彼女は、魔力収納機能付きのポケットからライアーを取り出して、静かに演奏を始める。
そして、演奏中に受けたいくつかの質問についても、"的確"に回答をしていった。
「岩が青く光ってるのは何だ」
「ルーミナ菌よ」
「なんで光ってるんだ」
「霊力を表面に付着させてるのね」
「霊力?」
「霊脈を巡る命だよ」
「あっちの方角で見かけた、壊れたような《人工的な球体》──あれはなんなんだ?」
「…あれは凄く綺麗だよね。きっとあなたに合うわ。
…あっちに行けば、綺麗に重なると思うよ」
目の前の小動物と《人工的な球体》の放つ反響音は、"美しく重なりあう"ことが感覚でわかっていた。
とはいえ、そこにどんな危険が潜んでいるか分からない──
『一応、様子を見てきた方がいいかな!』
そう思いついた彼女は、会話中であったことも気にせず《サーキュレイト・バラッド》を発動し、《機械のパーツ》の周辺を見にいくことにした。
数十秒後──
シャドウアント生息地《黒殻の迷路》の上空に辿り着き、内部に耳を傾ける。
その中では、大量の昆虫の気配と、禍々しい"音"を発する、歪な獣の気配を感じる。
『やっぱり危険そうだね。見といてよかった…』
再び《律音の庭》に戻ると、ちょうど、先ほどの小動物が動き出そうとしているところだった。
「危ないかもしれないから、気をつけるんだよ」
最後に一言だけ声をかけ、満足した彼女は笑顔で音に乗り、放浪を続けるのだった。
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次回2025/9/19、15話を更新予定です




