第13話『新たな目標』
《セレナ=ハーモニック》という人物が《機械のパーツ》のありかを教えてくれた。
もう一度会って、話を聞く必要がある──
そうラースに説明して、2人は《律音の庭》の入り口まで戻ってきていた。
まずはエリア入り口の《刻印の刻まれた石柱》に跳び乗り、ラースに問いかける。
「ラース、この刻印は読めるか?」
ラースが浮かびながら応える。
「これは“律音の庭”と書いてますね!」
『……やっぱり、セレナが言っていた名前と一致してる。
前回会ったとき、訳の分からないヤツだと感じたが…
彼女はただ“話下手”なだけで、ちゃんと答えてくれていたってことか……』
「まずは中央の鐘塔に行ってみよう。
神出鬼没な印象はあるが……運が良ければ、また姿を現してくれるかもしれない」
******
前回来た時と同じく、石造りの扉の上部に設けられた小窓から、鐘塔の内部に入ることにする。
ラースは小窓を通れないサイズだったため、"上"から―最上部の吹き抜けを通って降りてきてもらった。
「セレナーーーー!いないのかーーーー!」
声は滑らかな床で反響し、建物全体に響き渡っていく…が、声を返すものはいなかった。
「…うーん…色々と話を聞きたかったんだが…どうしたものか…」
悩んでいると、何かを思いついたかのようにラースの紋様が緑に明滅し、くるくると体を回転させた。
「3階にある鐘を鳴らせば、気づいてもらえるのではないでしょうか!」
「おぉ…!それだ!
…ラース、体当たりして鳴らすことはできるか?」
ラースの紋様が素早く明滅する。
「お任せください!」
早速塔内の階段を使って3階まで上がり、見上げると──鐘は以前と変わらず、静かにそこに吊られていた。
ラースがふよふよと浮かび上がり、鐘に近づいていく。
「……それでは、行きますよ──」
ラースは鐘から少し距離を取った後、思ったよりも加速して鐘に体当たりをした。
鐘に触れた瞬間、円塔全体に振動が走る。
重低音が空間を揺らし、鐘は深く、静かに鳴り始めた。
──ゴォォォン……ワァァァァァァン……ヒィィィィン…
ラースは反動でくるりと回転しながら、鐘の前でピタリと静止した。
反響音は徐々に薄れてゆき、塔内は再び静寂に包まれていく。
──だめか──
そう思ったとき、背後から腕が回り込んできた。
「わー!ほんとに無事だった!
あああ、この毛並み……柔らかい!…しあわせぇ……スウウウウウウ!」
「うおお!やめろ!!」
慌ててもがくものの、力が強く、なかなか抜け出せない。
背後から突然現れ、抱きついてきたのはやはり──《セレナ=ハーモニック》だった。
******
セレナは変わらず白のマントローブを羽織り、銀縁のメガネの奥で澄んだ紫の瞳が輝いていた。
「この方がセレナさんですか。こんにちは。私はラースです」
ラースが上下に揺れながら挨拶すると、セレナの表情がパッと輝いた。
「こんにちは、ラース!美しい音色が重なって、響きあってるね。思った通り!」
クロは慌ててセレナの腕の中から抜け出す。
「だから、その……“重なってる”って何だ?」
セレナは一瞬ぽかんとした後、笑顔のまま、瞳に魔力紋が浮かび上がった。
「私のスキルはね。音が視覚化されるんだよ。
あなたとラースの声とか振動が、すごく綺麗に重なって響いてて……
光の粒になって、こう、跳ね返って共鳴してるんだ」
クロは眉をしかめて首をひねる。
「……なるほど?で、今の俺はどう見えてるんだ?」
「それはもう──音の粒が理知的で繊細で、ツンとしてて、でも根は優しくて誠実で、
しかも青系の質感と鋭さでバランスが取れてる。まさに君は…
“引き締まった夜空を走る音楽の剣”だね」
「そ…そうか、分かった。よく分かった。
……あと、何だ……
この前は、何を考えてるか分からないやつだと思ったけど──
おかげでラースに会えた。
…ありがとうな。
…それから、“君”じゃなくて、“クロ”な」
セレナは驚いたように目を見開き、瞳の中の魔力紋が消えていく。
そしてすぐさま満面の笑みになって飛びかかってきた。
「きゃー!すごい素直じゃないの!名前も完璧!!」
クロは慌てて身を引く。
「分かった、頼むから、すこし落ち着いて話を聞いてくれ。」
「えぇ〜」
セレナは口を尖らせ、わざとらしく肩をすくめてみせる。
ふくれた表情は、納得してないというより、構ってほしいだけのように見える。
「本当に困ってるんだ。知ってることを色々教えてほしい。
…それと、話してる最中に突然いなくなるのはやめてくれ。」
セレナは目を細めて、いたずらっぽく笑った。
「ん〜…別にいいよ…
…だけど、話をするにはお互いの"信頼"が大切だよね…」
ラースの方にもちらっと視線を送り、何かを企む気配を見せた。
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セレナは、鐘塔の外に配置された椅子に腰かけて、満面の笑みをしていた。
セレナの"信頼"を得るため、"セレナの膝の上に乗る"、"自由に触らせる"ことになってしまったものの、必死の交渉の末に、何とか"仰向け"だけは回避することができた。
ラースは指定された位置、セレナの左手側にふよふよと浮かび、時折撫でられている。
「まず、他の人間はどこにいるんだ」
「上にいるよ」
当然のように答えながら、耳をむにむにと引っ張ってくる。
『そうだ…こいつは、“話下手”なんだった…』
「えーと…上にいるってことは、ここは地下ってことか?
俺が地上の人間に会おうとした場合、どれくらいかかるんだ?」
「ここは、地下だよ。会いに行くのは無理だと思うなー」
「仮に、行けたとしたら、だよ。歩いたり走ったりして、どれくらいかかるか知りたいんだ」
「うーん…分かんないけど、季節を何回か越えるくらい?
ずーっと歩けば、辿り着けるかも。……しっぽ、ふさふさだね!」
セレナは両手でしっぽを包み込むように撫でながら、笑っている。
「じゃあ、お前はどうやって…
……いや、どういう“手段”でここまで来てるんだ?」
「ふふ。行きたい場所を思い描いて、歌に乗るの。
あとは、いちばん綺麗な音を選んでいくだけで、自然と辿り着けるんだよ」
「…セレナは地上からここまで、どれくらいの時間で来れるんだ?」
「少し歌ってたら、あっという間かな」
セレナはクロの手のひらを取り、指先を柔らかく揉んでいる。
返事の内容よりも、触れている感触のほうに夢中になっているようだった。
「……地上には他にも人間がいるんだよな?
皆、お前と同じことができるのか?」
「人はいっぱいいるよ。
でも、私と同じことをできる人は、見たことないなぁ。」
セレナは首をかしげながら、頬をむにーっと引っ張ってくる。
『なるほど……
地上には人間がたくさんいて、ここは地下深く。
他の人間はここまで来れず、セレナだけは来れる。
恐らく、これまでのやり取りからすると、セレナは嘘をついてない。
何らかのスキルを使って、言葉の通り、“音に乗ってあっという間に"来てるんだろうな…』
「…なるほど。地上では、この場所のことを何て呼んでるんだ?」」
皮膜の下に手を突っ込んでもぞもぞしながら、セレナは答える。
「《巡霊の神座》(じゅんれいのかむくら)って呼ばれてるよ。
ふぅ~、満足!今日は最高だったなー!」
「……えっ? セレナ……さん!?
まだまだ聞きたいことがあるんですけど──!」
セレナはクロを膝からすっと降ろしながら、楽しそうに答える。
「うん、また今度来るからさ!
もし会いたくなったら、これを鳴らしてね。すっっごくキレイな音色なんだよ!」
ポケットから小さな銀細工のベルを取り出し、机の上にコトリと置く。
今にもふらりと姿を消しそうな気配を漂わせるセレナに対し、ラースは素早く回転しながら、慌てて声をかける。
「すすすすみません!私の《パーツ》がどこにあるか、ご存じでしょうか!
セレナさんなら、きっと何か──
そう!きれいな“音”の手がかりが"見えて"いるのではないかと思いまして!」
「あ、そっか…」
ポツリと答えたセレナの瞳の奥に淡い紋様が灯る。
視線は、ラースと出会った《闇の刻印の廃域》とも、アリの巣とも違う──別の方角へと向けられた。
「あっちにいけば──たぶん、5つくらいはあると思うよ」
「おぉ!あっちって……どれくらいの距離なんだ?」
思わず問いかけながら振り返ると──
やはり、そこにはもう誰の姿もなかった。
「なんでだよぉぉぉぉぉぉ!」
クロの絶叫は《律音の庭》に美しく反響した後、静かに溶けていった。
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セレナが置いていったベルには、透き通る紫の石が埋め込まれていた。
よく見ると、石の表面には小さな音符が繊細に刻まれている。
鑑定によれば、名は《ミューズチャイム》。音は魔力に染み入り、どこまでも澄んで響くらしい。
収納膜にベルをしまいながら、クロはつい愚痴をこぼした。
「あいつは、前に会った時もこうだったんだよ……
突然いなくなるなって、言ったのに……」
ブツブツと呟いていると、ラースの表面に明るい光が走った。
ふわふわと漂いながら、嬉しそうに答える。
「セレナさんは、なんでも教えてくれて、とても親切な人ですね!」
「え……そうか……?
…確かに……そうだな。
ラースの《パーツ》の場所も教えてくれたし…
…次に会ったら、またお礼を言わなきゃな」
「はい、私もお礼を言わなければなりません!」
ラースは黄色く発光しながら、くるくると回転している。
「──次は、もうちょっと話を聞いてくれるといいけどな……」
ポツリと呟き、2人は次の《機械のパーツ》獲得に向けて歩き出した。
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身体強化系:《高速木登り》《高速滑空》《千里眼》
便利系:《サーチ》《鑑定》
皮膜系:《収納膜》《防御膜》
尻尾系:《ファントムテール》
肉球系:《ジャンプスタンプ》《ショックスタンプ》《エアスタンプ》
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次回2025/9/12、14話を更新予定です




