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第12話『ラース』

アリの巣を走り続けるうちに、《グラヴォルク》の破壊音と咆哮は徐々に遠ざかっていき、入り組んだルートを抜けてようやく地上へ辿り着く頃には、その声は完全に聞こえなくなっていた。


突然地表を突き破って元気に飛び出してきそうでかなり不安だったが、一旦は振り切ったはずだ、と自分に言い聞かせる。


『あの猿には、二度と会いませんように…

…さて。』


律音の庭を抜けて、《人工的な球体》のあった洞窟まで戻ることにする。


******


ヘルハウンドのいた"城壁や樹木の混在する空間"を何事もなく通り抜け、天然洞窟まで戻ってくることができた。


目の前には、発見した時のままの《人工的な球体》が2つ──

一つは半ば地面に埋まり、もう一つは無造作に転がっていた。


さっそくアリの巣で入手した《機械のパーツ》らしきものを取り出す。


まずは、半分地面に埋まった球体にパーツを近づけてみたが、やはり何の反応もない。

『だめだ、こっちはそもそも壊れてるようだな…』


次に、もう一方の球体に近づいて、改めて観察する。

すると、表面に浮かぶ幾何学模様の"不自然に途切れた部分"の一つが、《機械のパーツ》の紋様とぴたりと合致しているように見える。


パーツを添えると、触れた部分が静かに沈み込んでいき、幾何学模様に光が走った。

カチリ…ヴゥゥゥゥゥン…


「おぉ、動いた!おーい」

爪でコツコツ叩いて様子を探る。


声に反応するように、白金色の光が外縁へと連なって走る。

「……起動中です」


「…喋れるのか。お前、ここで何をやっていたんだ?」


球体の模様が明滅し、ふわりと地面から浮かび上がった。

「おおっ!?浮くのかよ!?」


「おはようございます。


…この場所での私の活動記録ですね。

……記録は無いようです!


私はいったいここで何をしていたのでしょう。」

球体の模様は青く曇った色に変化する。


「おいおい…大丈夫か…」


やや前傾姿勢で、宙を滑るように移動し、周囲の状況を理解しようとしているようにも見える。

ボディ全体が空中で上下にゆっくり揺れており、1/3ほど苔に覆われた表面のホコリが音も無く舞い落ちる。


レンズは微かに輝き、古びた外観が息を吹き返したようにも見えた。

時折、表面の紋様がチラチラと瞬いているが、腹部の《横長の半透明なパネル》は動いていないようだ。


球体の紋様が左右交互に明滅し、問いかけてきた。

「では、あなたは、ここで何をしているのですか。

あなたのお名前は?」


「"何をしてる"…というか、"何をすればいいか"が分からなくてな…

…俺の名前…? ……ダメだ、何も思い出せない…」


どれだけ思い返してみても、洞窟で目覚める前に自分が何をしていたのか──

誰だったのかさえ、まったく浮かんでこない。


「記憶障害が起きているのでしょうか。


…元気を出してください、クロ。


困難があるから人生は潤うらしいですよ!」


ハァ、と一つため息をつく。


「そいつはどーも…ずいぶん前向きなヤツだな…

…ん?…クロって俺のことか?」


──球体の表面が淡く金色に明滅し、どこか誇らしげな雰囲気を漂わせる。


「はい。

あなたは毛並みが"黒"く、爪、つまり"Crow"が鋭いので、"クロ"と呼ぶのはどうでしょうか。

卓越した命名センスです!」


球体の中央から、外縁へ向けて光がすっと流れた。

それに釣られるように、ほんの少し気分が持ち直した気がした。


「…まぁ思い出せないものは仕方ないしな…とりあえず、名前はクロでいいよ。…ありがとうな。

ところで、さっきからなんでその…表面が光ってるんだ?」


球体の模様が短く点滅した。

「何でしょう…発言パターンに合わせて自動的に光っているようですね。」


「それは…いい機能だな…。ところで、ここはどこなんだ?」

「どこかの洞窟の中に見えますね!」


「…お前は何ができるんだ?

つまり、お前の役割だ。"仕事"は何だったんだ。」

「毎日何かをただ眺めていたような…しかし、突然sleepした気がします。」


『なんの参考にもならない…俺の出会う相手は、どうしてこう変なのばっかりなんだ…』


あまりにも情報が得られず、クロは目頭を押さえた。


「ところでお前、こいつは読めるか?」

《刻印の刻まれた石柱》を指さすと、意外な答えが返ってきた。


「"…la…as=…世界の理…ガ…"ですね」


「おぉ!読めるのか!やるじゃないか!ラース…世界の理??」

「先ほど獲得した《言語パーツ》の機能により、文字の解読が可能になったようです」


「ラース…って、ひょっとして、お前の名前か?」


球体が小さく上下に跳ねるように動き、肯定するように中央から外縁に向かって明るい白金色が広がった。

「そう!私はラースと呼ばれていました!!よろしくお願いします。」


「で、世界の理ってなんだ?」

「私が聞きたいです!」


「お前の名前が世界の理なのか?」

「違います。」


「…なんで自分の名前だけ分かるんだ?」


考えこむように、ラースの表面を光が交互に流れる。

「…名前の記憶は、内部のコア構造に固定されていたため保持されています。

ただし、《記憶パーツ》が存在しないため、他の内容は思い出すことができません。

この世界には、私の機能を補完するパーツが他にもあるはずです」


「他のパーツの機能は?どこにあるかわかるか?」

「残念ながら、どちらも分かりません!」


「ふむ…こっちにも一本、石柱が生えてるが、この紋様も読めるのか?」

「"闇の刻印の廃域"ですね。」


「廃域…この場所の名前か?」

「鋭いですねクロ!きっとこの場所の名前ですよ!」


嬉しそうに発光を繰り返すラースを見て、頭を抱えた。

『こいつ…悪い奴じゃなさそうだが…文字が読めるだけじゃねーか…』


ラースはふわふわと浮かび、蝶々を追いかけている。


「……実はもう一つ拾ったものがあるんだが。こいつの使い方は分かるか?」


ラースは静止し、明るい黄色の光を点滅させる。

「それは《保存データ》です!映像を記録したもので、私なら再生できます!

クロにも見せることができますよ!」


「おぉ!それはすごいじゃないか」

「私の上に乗っていただければ、視野を確保できますよ。」


「上に乗るのか?……大丈夫か?」

「大丈夫です。特等席ですね!」


恐る恐るラースの上に飛び乗ると、ほんの一瞬、体重に応じて球体がわずかに沈んだ。

だがすぐに姿勢を整え、ふわりと空中で安定する。乗り心地は意外にも悪くなかった。


球体の表面が白金に染まりながら、中央から放射状に光を広げる。

同時に空間が薄く揺れ、映像が空中に浮かび上がった。


******


──広がる映像には、小高い丘が映っていた。


遠くに洞窟の天井が見えており、細い羽音が聞こえ、鳥が旋回するように飛んでいる。

ふいに、地面の草花や鳥から、光の粒子が浮き上がり始めた。

徐々に光の粒子は増えていき、映像全体がまばゆい光に包まれる。


──しばらくして映像が戻る。


今度は先ほどまでと異なる風景が写し出された。


風に揺れる木々の群生。光に透けた葉がゆっくりと動き、遠くで水音が聞こえる。

その後、映像はゆるやかに停止した。


******


映像の余韻に取り残されながら、口を開いた。

「……え、これで終わりか? この光景はなんだ?」


ラースは、明るく明滅して答える。

「なんでしょうか。とても綺麗な風景でしたね!」


「そ……そうだな……」


ラースの上から飛び降りながら、クロは考えた。


『光の粒…風景の変化…??

──だめだ、何の手がかりにもならない。一旦置いておこう。

さて、これからどう動くか…。


こいつは悪いヤツじゃなさそうだ。

妙に素直だし、放っておく気になれないんだよなぁ…。


いや、そもそも文字が読めるだけでも、一歩前進してるじゃないか。

悪意がないなら、手を組むべきだ。


……そもそも、俺は永遠に一人で彷徨うつもりはなかった。限界がある。

目的地がなくても、できれば誰かと進みたい。そう思っていた。


"記憶パーツ"──そして、"他にもパーツはあるはず"と、言っていたな…。

今はポンコツなようだが、それらを回収できれば、ラースの機能が戻って、この世界の構造や、俺のいる場所について何か分かるかもしれない。』


クロは少しだけ間をおいて、声をかけた。


「ラース、これから一緒に行動しないか」


ラースは静止し、思考を巡らせているかのように点滅した。


「パーツを一緒に探すことで、この世界のことが何か分かるかもしれない。

…記憶がない者同士、助け合うのも悪くないだろ」


球体の外縁が明るく脈動したあと白金色に輝いた。

「それは名案ですね、クロ!こちらこそ、ぜひお願いします!」


ラースが横に並び、嬉しそうに明るく明滅している。


──《機械のパーツ》を探して、ラースの機能を取り戻す。


目的が生まれたことで、少しだけ前に進んだ気がした。


------------


身体強化系:《高速木登り》《高速滑空》《千里眼》

便利系:《サーチ》《鑑定》

皮膜系:《収納膜》《防御膜》

尻尾系:《ファントムテール》

肉球系:《ジャンプスタンプ》《ショックスタンプ》《エアスタンプ》


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次回2025/9/5、13話を更新予定です

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