第11話『強襲』
眼下の広場は無数のアリで埋め尽くされていた。
その壁面の一部には大穴が開いており、その裂け目から、猿に似た巨体が半身をのぞかせていた。
<<——剛獣グラヴォルク。 災禍の双腕。>>
何か異質な力場を纏っているかのように、周囲の景色と体の輪郭が歪んで見えている。
またその両腕は地面に届くほど長く伸び、肥大化した筋肉が不規則に浮かび上がって脈動していた。
次の瞬間、獣に向かって、巨大なアリの群れが四方から一斉に押し寄せていった。
グラヴォルクへと跳びかかる数百の個体。
わずか数秒でその全身は黒く覆われ、姿が見えなくなった。
だが直後、広場の反対側の壁が爆音とともに砕け散る。
アリの一体がグラヴォルクに叩き飛ばされ、岩壁に激突したのだった。
群れの中から、両腕が突き上げられる。
膨張した腕が閃光のごとく振るわれ、密集していたアリの群れは束ごと砕け、四方へと吹き飛ばされる。
両腕の軌道には深く抉れた溝が残り、裂けた岩盤の間から土が盛り上がっていた。
細かく砕かれたアリの破片がバラバラと地面に降り注ぐ。
グラヴォルクが顔を上げ、大きく口を開いた。
喉奥から咆哮が響く。
「バオアアアアォァァアアアァァァァ!!!」
瞬間、強烈な耳鳴りと共に平衡が崩れた。
視界が揺れ、地面の位置が分からなくなる。
光と音の焦点がずれ、頭の奥で眩暈がする。
『やばすぎる…!なんなんだあのサルは……!
ともかく…ここにいちゃまずい!』
頭を押さえながら小部屋に駆け込み、無造作に置いてある《機械のパーツ》らしきもの2つを、慌てて収納膜へ押し込んだ。
******
《機械のパーツ》を回収後、再び広場を見下ろすと、さらに大量のアリが集まっていた。
グラヴォルクの足にしがみつくアリ。飛びかかるアリ。噛みつくアリ。
それらすべてに対し、グラヴォルクは両腕をムチのように振るってなぎ払い、叩き潰し、あるいは掴んで容赦なく投げ飛ばしていく。
「……恐ろしい猿だ……
だが、ここでジッとしてても、状況が良くなるとは思えない。
危険だが今の混乱に乗じて抜けるしかなさそうだ……」
隙をみてアリの少ない一角めがけて、滑空して飛び降りようとした──その瞬間。
「ヴォォアァァァアアアァアアア!!!」
再びグラヴォルクの咆哮が広場に響き渡る。
耳を突き刺す轟音に、思わず眩暈が走り、体勢を崩した。
「うおおっ!まずい!!」
思わず体勢を崩し、壁際を転がるように落下。そのまま広場の底へ転げ込んだ。
背中に硬い石の感触が走り、息が漏れる。
慌てて起き上がると、目の前に無数のアリの牙と鎌足が迫っていた。
瞬間、全身の毛が逆立ち、両脚に魔力がみなぎる。
咄嗟に左へ跳躍。襲い来るアリの鎌足がヒゲをかすめた。
直後、迫る牙を避けて反対の足で空を蹴り、右へ跳ぶ。
着地と同時にアリの隙間をすり抜けていく──
「ははっ…!」
自分でも驚くほど、混戦の中でアリの動きがよく見えていた。
そしてその分、動きに余裕が生まれる。
跳び上がり、空を蹴って右下へ。地面を駆け、上へ、下へ。
空間を自在に蹴り、時には襲い来るアリの顔面に魔力を込めた《ショックスタンプ》を打ち込む。
「イッカクに比べれば、まるで鈍いな!!」
そのまま広場を駆け抜け、通路へ向かおうとした時だった。
視界の端に、片手を握りしめて高く掲げるグラヴォルクが映る。
その足元には、震えながら見上げるチビイッカクの姿──
考える間もなく、両脚に魔力がほとばしり、グラヴォルクめがけて飛び出していた。
瞬く間に、その足元へと到達。
「チビまで狙ってんじゃねぇよ!!」
思いきり地面を蹴り、グラヴォルクの顎へ《ショックスタンプ》を叩き込んだ。
勢いのまま上下逆さまになり、体が宙に舞い上がる。
「クリーンヒット!!……ってあれ?」
逆さの視界に映ったグラヴォルクのこめかみには、膨張した血管が浮き上がっていた。
小さな瞳は、明確にこちらを見据えている。
──血の気が引き、反射的に空を蹴った刹那──
爪先のすぐ下を、グラヴォルクの腕がかすめていく。
数瞬前までいた空間が、ゆがんで見えた。
「ゴォアァァァアアアァアアア!!!」
怒声が響き渡る中、空中で視界を巡らせると、チビイッカクが必死に走り去っていく姿が見えた。
そのすぐ背後では、怒り狂ったグラヴォルクにさらに大量のアリがまとわりつき、埋もれていっていた。
落下の合間に思考を巡らせる。
『…ここがアリの巣じゃなければヤバかったな。…今のうちに──』
安堵したその瞬間、「ボッ!!!」
吹き飛ばされた巨大なアリが体のすぐ横をかすめていく。
「げっ!」
グラヴォルクは怒気にまかせて次々とアリを掴み、猛スピードで投げつけてきていた。
巨大なアリが一体、二体……いや、視界を埋め尽くすほどの数が迫ってくる。
慌てて空を蹴って着地し、右へ、左へ必死に回避する。
乱れ飛ぶ巨大アリの間を縫うように、全速力で広場を突っ切っていく。
明確にこちらを狙っている。
……どうやら、とんでもない恨みを買ってしまったらしい。
背後の怒声を振り切り、通路の一つへ転がり込む。
「ふぅ…あとはここから脱出するだけ…」
──ゴバァンッ!!
すぐ後ろ、破壊音と共に巨大なアリが通路入口に激突し、砕け散っていた。
「…ほんと元気な猿だな!!」
息つく暇もなく、まさに"尻尾を巻いて"、地上を目指してひたすら駆け抜けるのだった。
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身体強化系:《高速木登り》《高速滑空》《千里眼》
便利系:《サーチ》《鑑定》
皮膜系:《収納膜》《防御膜》
尻尾系:《ファントムテール》
肉球系:《ジャンプスタンプ》《ショックスタンプ》《エアスタンプ》
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次回2025/8/29、12話を更新予定です