第10話『黒殻の一角』
──これなら、何とかなる。
無造作に岩陰から体を出して、《シャドウアント亜種》イッカクに向かって歩みながら声をかけた。
「悪いな。次は俺の番だ。後ろにある《機械のパーツ》らしきものをもらうぞ。」
イッカクは視線をこちらに向けながら、ゆるやかに立ち上がる。
その動きに圧力を感じて、うっすらと汗がにじむ。
……それでも、何とでもなるという自信があった。
『…ジャンプして《ショックスタンプ》!見事大勝利!
…といきたいところだが、正直言ってできるわけがない。
あの素早さだ。当たるはずがないし、下手したら空中で狙い撃ちにされる。
地上で何とかするしかない。
ただ、イッカクの攻撃…
茶アリは攻撃されたことすら気づいていない様子だったが…
俺には、その動きのひとつひとつが、ゆっくり明確に見えていた。
イッカクは、胸部の器官が赤く膨張した直後に、前へ踏み出す。
あれが攻撃の合図だと考えられる。
そして交差する瞬間、イッカクは鎌足を左右交互に複数回、素早く振り下ろしていた。
あの速度であれば、俺が攻撃を食らうことは絶対にない。
そしてこいつは…』
さらに数歩近づくと、イッカクが静かに頭を垂れた。
それを確認して、視線を外さず、こちらも頭を下げる。
──こいつは、仲間を呼ばない。
******
先ほどの茶アリ戦と同様に、イッカクは左の鎌足を持ち上げ、半身の姿勢を取った。
こちらは確実に回避するため、身をかがめながら、じりじりと距離を詰めていく。
『まずは、ヤツの腹部の脈動に集中する。
腹部が赤く膨張したら、ともかく最小限の動きで避ける。
それと同時に《ショックスタンプ》を最も効果のありそうな場所…ヤツの腹に叩きこむ。
練習では、ジャンプして岩盤に向けて《ショックスタンプ》を撃ち込み、叩き割ることができた。
必ず効果はあるはずだ。』
右手に集中しながら距離を詰め、手のひらが青く明滅し始めるのを確認する。
強烈に振動する右手──《ショックスタンプ》は発動している。
『よし、イッカクはこちらの距離を測っている──』
そう思った瞬間、赤く膨張したイッカクの腹部が突然視界に現れ、真横から右の鎌足が迫ってきた。
「うおおぉぉぉお!?」
死に物狂いで回避すると、すぐ横にも鎌足。
身体を捻って再びかわすが、間髪を入れず次の一撃が襲ってくる。
最小限の動き、などと言ってる場合ではない。
左右から襲いくる嵐のような攻撃を、にょろにょろと避け続ける。
その最中、右側をすり抜けようとするイッカクの姿が目に映った。
「…このヤロ!」
腰が引けたまま、魔力を込めた右手で殴ってみる。
しかし、イッカクの鎌足に当たり、「バチッ」と小さな音を立てて弾かれる。
そのまま横を走り抜けた後、イッカクは自分の鎌足を静かに見つめる。
そして少し間を置いて、マントのような薄膜を翻し、再びこちらへ向き直った。
******
イッカクは張り詰めた空気を纏い、構えたまま動く気配を見せない。
こちらは距離を保ち、じりじりと横に移動しながら、頭の中で策を巡らせる。
『危なかった。
正面からだと、あんなにも動きが分かりづらいのか…
それに、避けながら攻撃してもだめだ。
へっぴり腰で力が入らないし、簡単に鎌足で防がれてしまう。』
少しだけイッカクから距離を取り、ふぅ、と一つ息を吐いた。
再び全神経を両手に集中させていく。
『前から思ってたが、ここでは体の強さが重要なんじゃない。魔力が重要なんだ。
この貧弱な体でも、思い切り魔力を込めれば空を蹴れるし、岩盤だって砕ける。
要は使い方次第ってことだ。
…ヤツの攻撃は強力に見えるが、スピードがあるだけだ。
単調だし、魔力もこめられてない。
こちらが魔力を込めてガードすれば、受け流すくらいならできるはず。』
今必要なのは、受け流すための"防御力"だ。
手足で守ることを意識し、魔力で覆うイメージで集中する。
次第に肘から皮膜にかけて淡く青色に発光しはじめ、頭の内側で声が響いた。
《防御膜》——発動。魔力による防御。
両手を持ち上げて力を込めると、肘のあたりの光が強くなっていく。
そのまま右手にも魔力を込めていき、《ショックスタンプ》を発動。
イッカクは、まるでこちらの準備を見守るかのように、構えたまま、動く様子を見せない。
「ほんと…カッコいいな。」
そのまま歩を進めて、イッカクの間合いに入った。
******
勝負は、一瞬だった。
イッカクが、瞬時に間合いを詰める。
左右から襲いかかる、嵐のような打撃。
今度は落ち着いてかわしながら、狙いを一点に定めていく。
迫る左の鎌足──
ドンピシャのタイミングで、左手を高く掲げて魔力を集中。
《防御膜》で鎌足を受け流し、そのままイッカクの懐へ飛び込む。
同時に、右手の《ショックスタンプ》を腹部めがけて全力で叩き込んだ。
左手に痛みはなく、《防御膜》は狙いどおりに機能していた。
一方、右手はイッカクの腹部に深くめり込み、バチバチと音を立てている。
体内の脈動が直に伝わってくる。
貫通はしていないが、確実にダメージが通った…はず。
恐る恐る視線を上げると、黒い巨大な顎が目の前に迫ってきていた。
まさかの反撃に一瞬固まるが──イッカクは「ギ…」と小さく声を漏らし、覆いかぶさるように、頭から地面に倒れこんだ。
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イッカクの体の隙間から、何とか這い出る。
全身の力が抜けて、一息ついた。
右手をひと目見てから、視線をイッカクへ戻す──
その瞬間、小さなアリが目の前に飛び出してきた。
「キィ!」と鳴いてイッカクを守るように立ちふさがり、こちらを真っすぐ見据えている。
頭部の左上には小さな角。背中には青色の薄膜。
"チビイッカク"かな…。
イッカクはまだ動けず、「ギギ…」と弱く声を上げながら、こちらを見上げている。
「はぁ……」
ひとつ息を吐いて、手を下ろす。
「…安心しろ、これ以上やる気はねーよ。
ほんと、強くてカッコいいヤツだよな……」
少しの間イッカクを見つめた後、深く頭を下げて一礼を送った。
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身体についた土埃を払いながら、小部屋に目を向ける。
《人工的な球体》と同じ色をした《機械のパーツ》らしきものが、2つ並べて置かれていた。
『…色々あったが。
とりあえずあれを回収して、《人工的な球体》のところへ戻ってみるか。』
一歩踏み出した瞬間、視界がぐらりと傾いた。感覚が歪み、眩暈が押し寄せる。
状況を把握できず、あたりを見回す。
イッカクはその場に倒れたまま──
だが、その体が小さくブレているように見えた。
よく見ると自身の毛も小刻みに震えている。
気づくと、低い地響きが足元から響き始め、徐々に強く、近づいてきていた。
「…な、何かヤバイ!」
その直後、地面が大きく揺れ、広場全体に轟音と咆哮が響き渡った。
「ヴォァァアアアァァァァアアアア……!!!」
空間全体がビリビリと振動し、耳の内側がじりじりと鳴り続ける。
天井からは細かな塵が降り続けていた。
慌てて眼下を覗き込むと、遥か下方の広場は、今も巨大アリの群れに埋め尽くされていた。
その一角の壁に大穴が空いており、そこから異形の獣が半身を乗り出している。
両腕が異常に長く、左手には複数の巨大アリを握りしめていた。
<<——剛獣グラヴォルク。 双腕の狩猟者。>>
その獣の周囲の空間が、不自然に歪んで見えた。
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身体強化系:《高速木登り》《高速滑空》《千里眼》
便利系:《サーチ》《鑑定》
皮膜系:《収納膜》《防御膜》
尻尾系:《ファントムテール》
肉球系:《ジャンプスタンプ》《ショックスタンプ》《エアスタンプ》
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次回2025/8/22、11話を更新予定です
2025/8/18
タイトルをなろうっぽくしてみました!