第9話『観戦』
探索を続けるうちに、徐々に《千里眼》の使い方にも慣れてきた。
地形や敵の動きを確認しながら効率的なルートを選び進んでいくと、やがて広い空間にたどり着いた。
見下ろすと、眼下の広場には無数のアリたちが蠢いている。
その広場を挟んだ向こう側の壁は大きく反り返っており、壁の上には目的とする《特殊な魔力反響を持つ何か》が存在していた。
広場の通路の一つは、対岸の壁上に繋がっているようだ。ただ、アリの群れが素直に通してくれるとは到底思えない。
『下は危険すぎる…。
上から行くしかなさそうだが、《ジャンプスタンプ》を使って滑空しても届きそうもない。
となるとやっぱり…新たに"高さ"を稼げるスキルが必要、ということになるな…』
大きく息を一つ吐き出す。
更なる高さへ飛び出すイメージを強く持ち、目を閉じて、足先に全神経を集中していく。
高く、高く、高く──
足首を中心にビリビリとした感覚を覚えた時、頭の中に声が響いた。
**《エアスタンプ》——発動。魔力による空中ジャンプ。**
目を開けて静かに確認すると、足首と足裏に、淡く光る青い2つの円環が浮かび上がっている。
力を込めていくと明滅が増していく。
思い切り地面を蹴りだすと、身体全体が広場の上空に勢いよく弾き出された。
慌てて滑空するものの、足の円環は淡く光ったまま維持されていた。
『…ジャンプスタンプの上位互換ってところか』
そのまま反り立った壁の上の目標地点を見定めて、再度空を蹴る。
足裏に地面を蹴ったかのような強烈な反発があり、一瞬で体が天井近くまで跳ね上がった。
今度は落ち着いて滑空姿勢を取って勢いを殺し、狙った場所へ静かに降り立つことができた。
素早く岩陰に隠れ、呼吸を整えながら周囲を確認する。
視界の奥、行き止まりの小部屋には、以前見つけた《人工的な球体》と同色の《機械のパーツ》のようなものが2つ見えた。
そして小部屋の前には──微動だにせず座している1匹のアリがいた。
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そのアリは、頭部の左上から、光沢のある1本の黒い角殻が斜め上に伸びていた。
胸部から腹部にかけて赤い管状の器官が皮下に浮かんでおり、力強く脈動している様子が見て取れる。
背中には灰色の薄膜が垂れており、風に揺れてマントのようにたなびいていた。
<<——シャドウアント亜種。 黒殻の一角。>>
『イッカク…?妙に風格があるんだが…
あいつ、あそこを守ってるのか…?』
しばらく観察してみるが、イッカクは小部屋の前から動く気配がない。
どうにかして《機械のパーツ》を回収できないか悩んでいると、ふいに、通路から一匹の茶褐色のアリが現れた。
茶アリは「カカッ…カカカッ…」と威嚇のような音を出しながら、イッカクに向かってまっすぐ歩いていく。
イッカクは流麗な所作で静かに立ち上がり、まるで"礼"をするかのように頭部を下げて静止した。
茶アリは戸惑ったようにイッカクを観察したあと、釣られてわずかに頭部を下げた。
イッカクは茶アリに向き直り、洗練された滑らかさで左の鎌足を持ち上げ、半身の姿勢を取る。
それに対して茶アリは弧を描くように動き、イッカクとの距離をじりじり詰めていく。
『なんだ、あの2匹、まさか戦うのか…?』
徐々に茶アリとイッカクの距離が縮まっていく。
お互いの鎌足が触れる距離まで近づいたとき、イッカクの腹部器官が大きく膨張して急激に赤みが増した。
次の瞬間──2匹の体が交差し、遅れて茶アリに複数の鈍い衝撃が走る。
茶アリの体はガクガクと揺れ、「ギギ」と小さく声をあげた後、そのまま崩れ落ちた。
イッカクは追撃することなく、倒れこんだ茶アリを静かに見下ろしている。
静寂の後、意識を取り戻した茶アリは「キ…キキ…」と声をあげながらヨロヨロと立ち上がり、
足を引きずりながら通路へ向かっていく。
その背に向けて、再び"礼"をするかのように、イッカクは静かに頭を垂れた。
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『…アリのくせに、渋すぎる……!!
…っと感心してる場合じゃないな。
今の戦いで分かったことがある。
"イッカク"は明確に《機械のパーツ》のようなものを守っている。
戦いが終わった後で小部屋の前にわざわざ戻っているからな。
次に、どうにかして戦いにさえ勝てば、《機械のパーツ》はすんなり入手できるだろう。…多分。
なぜなら、一切仲間を呼ぶ様子がなかったし、倒れた茶アリに追撃をしていない。
戦う前と後に頭を下げているあたりにも、強い"礼節"を感じる。
つまり……
ヤツは"1対1"を好み、"正々堂々"と戦うことにこだわりを持つタイプということだ。』
そして茶アリとの戦いを見て、確信していた。
──これなら、何とかなる。
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身体強化系:《高速木登り》《高速滑空》《千里眼》
便利系:《サーチ》《鑑定》
皮膜系:《収納膜》
尻尾系:《ファントムテール》
肉球系:《ジャンプスタンプ》《ショックスタンプ》《エアスタンプ》
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次回2025/8/15、10話を更新予定です