第1話『闇に目覚める小さな生命』
——暗闇だった。
意識が戻る。
だが、何かがおかしい。
視界はぼんやりと揺らぎ、はっきりしない。遠くに薄い光の筋が見える。
『……ここは……?』
しゃべったつもりだったが、声が出ていなかった。
喉が動いた感覚がない。少し疑問を感じたが、すぐに他のことが気になった。
いや、それより——手も足も、なにもかも感覚が違う。
肌ではなく、毛のようなものが覆っている。
それに、指先の感覚も…爪…?
細長い指の先には鋭いかぎ爪が生えていた。
「……なんだこれ、俺は……?」
今度は声が出た。何か感覚がつながったような気がした。
しゃべれるのか…
少しほっとして、もぞり、と身をよじる。
体が軽い。ふわ、と柔らかい何かが背中に触れる。
尻尾……?
『小動物? 俺は、小さい生き物になったのか?』
確証はないが、身体の違和感はそれを示していた。
ネズミ…にしてはフサフサしツヤのある尻尾。
ならばリスかと思ったが、脇に妙な膜のようなものがある。
四肢の感覚、毛の覆い方、尻尾の存在——とにかく人間じゃないことは確かだった。
冷たい空気の流れ。
湿った床の感触。
遠くで何かが滴る音。
夢にしてはリアルだ。あまりにも、リアルすぎる。
足場の確認を試みる。尻尾が動くのが妙な感じだが、バランスを取りやすい。
感覚とたがわず、やや湿り気のある石の床だった。
四肢の感覚を頼りに、周囲を見回す。
思ったよりも周囲の構造が見える。この身体は夜目がきくのかもしれない。
自然のものではなさそうなのに、壁や天井が一部飛び出したり、柱があったり、 不思議な構造のようだ。
付近しか見えないので、広さのほどはわからない。
目を凝らして見える範囲を見渡すと、すぐ近くに中空に浮かぶように何かがあることに気づいた。
それは、中途半端に壁から突き出た石柱——いや、ただの石柱じゃない。
そこには、びっしりと模様が刻まれていた。 その一部が淡く輝いている。
この刻印はおそらくただの装飾ではない。
どこか計算された線のように、石柱の表面を巡っている。
意識を集中する——その瞬間、何かが脳内を駆け抜けた。
**《サーチ》——発動。認知向上。**
唐突に視界が広がる。
暗闇に埋もれていた不可思議な空間が何倍にも広がっていた。
目の前の石柱が、それ1つだけでなく、この空間のいたるところに突き出ているのがわかった。
大きさもばらばらで……なんというか秩序がない。
1つ共通しているのは、そのすべてに刻印が刻まれていること。
「……何かの文字か?」
じっと見つめる。
意味があるのか?
「……ダメだ」
しばらく文様を目で追ってみたところ文字のようだが、解読はできそうにない。
何か意味がある。だが、それが何なのかは、まだ分からない。
「とにかく…」
この無秩序に見える空間を探索するしかない。
一呼吸して、決意する。
この身体で、ここで——生き抜くためには。
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便利系:《サーチ》