第89話 影の力
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王都の復興が進むなか、蓮は影の王が遺した力と向き合っていた。
黒い結晶が蓮の身体へと溶け込んで以来、彼の内には何かが確かに存在していた。それは単なる魔力ではなく、影そのものが意思を持っているかのような感覚だった。
「影の王の力……」
蓮は静かに呟き、右手をかざす。すると、彼の手のひらから黒い霧のようなものがゆらりと立ち上る。
「……何か変化はあった?」
リーナが慎重に問いかける。
「わからない。けど、確実に俺の中に"影"がある」
蓮は手を握りしめ、その感覚を探った。
影の王は最後に言った。「均衡を護る者」としての力を蓮に託す、と。だが、それが何を意味するのか、彼にはまだ理解しきれない。
「蓮、試しに何か使ってみたらどうだ?」
シャムが腕を組んで提案する。
「そうね。どんな力なのか確かめないと、制御もできないでしょうし」
リーナも同意する。
蓮は小さく息を吸い、意識を集中させた。
(影の力……どうすれば引き出せる?)
その瞬間、彼の意識の奥底に何かが響いた。
――影は、形を持たずして全てを映し出す。
「……!」
蓮の背後にあった柱の影が、ゆっくりと揺れ動いた。まるで意思を持つかのように、影が蠢く。
「動いた……?」
イリスが驚いた声をあげる。
蓮は自身の影をじっと見つめ、もう一度意識を集中させた。
すると――
影が広がり、地面に染み込むように周囲に拡散したかと思うと、次の瞬間には彼の身体が黒い靄に包まれ、ふっと消えた。
「!? 蓮!!」
リーナが叫ぶ。
しかし、すぐに蓮は数メートル離れた場所に現れた。
「……移動した?」
シャムが目を見開く。
蓮自身も驚いた表情で自分の手を見つめる。
「……影を介して、瞬間移動?」
「すごい……!」
リーナは魔術の原理を解析しようと、蓮の影を凝視する。
「影の王が持っていた能力なのか?」
シャムが問うと、蓮はゆっくり頷いた。
「たぶん、影の中を通って移動できるんだ。まるで……影そのものになったみたいに」
彼はもう一度集中し、自らの影の中へと足を踏み入れる。すると、再び黒い霧に包まれ、次の瞬間には別の場所へと移動していた。
「……これは、かなり便利だな」
蓮は自身の新たな力を実感しながら呟いた。
「ただし、制約もありそうね」
リーナが慎重に言う。
「影がない場所では、使えない可能性があるわ」
蓮は辺りを見回しながら、影の範囲を確認する。確かに、影のない場所へは移動できないようだった。
「……なるほどな」
だが、それでも十分すぎる力だ。戦闘はもちろん、潜入や撤退にも応用できる。
「影の王の遺産……か」
蓮はゆっくりと拳を握りしめた。
蓮たちは影の力のさらなる応用を試みた。
「これがどこまで使えるのか、試しておかないとな」
王都の訓練場を借りて、蓮は影の力のテストを行うことにした。
「俺が攻撃するから、影の力で避けてみろ!」
シャムが木剣を構える。
「わかった」
シャムが蓮に向かって高速で斬りかかる。
蓮は瞬時に影へと溶け込み、背後に回り込んだ。
「チッ……!」
シャムが振り返るが、すでに遅い。
「完全に死角に回れるのか……!」
「しかも、俺の気配が一瞬消えた。これは厄介だな」
イリスが冷静に分析する。
「攻撃にも使えそうね」
リーナが呟いた。
蓮はもう一度影へと潜り込み、シャムの正面に現れると同時に木剣を突き出した。
「うおっ!?」
シャムは反射的に避けたが、完全に意表を突かれていた。
「くそっ、これ、まともに戦えねぇぞ……!」
「影の力……予想以上に強力かもしれないな」
蓮は冷静に分析する。
(この力をどう使うか……)
影の王は「均衡を護る者」としての力を蓮に託した。
この力を使い、彼はどう行動するべきなのか。
答えは、まだ出ていなかった。
だが、彼の中には確かな決意があった。
「……俺は、この力を"守るため"に使う」
影の王の遺した力を、戦争や破壊の道具にはしない。
それが蓮の決断だった。
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