第5話 獣人の里への帰還と誓い
赤牙の大狼を討伐し、試練を乗り越えた蓮は、ついに獣人の里へと帰還する。
長老たちの信頼を得るための最後の儀式とは――。
そして、新たな仲間との出会いが彼の運命を大きく動かしていく。
夜の森に静寂が戻った。
雷獄閃の余韻が消え去るとともに、赤牙の大狼は完全に沈黙していた。
「……終わった、か」
蓮は荒い息を吐きながら、大狼の亡骸を見つめた。
(強敵だったな……。もしこの力が覚醒してなかったら、俺は今ごろ……)
全身の魔力が消耗しきっていた。
超速詠唱による魔法の乱射は確かに強力だったが、それなりの負荷があることも実感する。
(でも……これが俺の「力」か)
新たに得たスキル**≪超速詠唱≫**。
これがあれば、戦闘の幅が大きく広がることは間違いない。
しかし、それ以上に――
(この力の使い方を間違えたら、俺は――)
蓮は拳を握りしめた。
圧倒的な魔法の力。それは、誰かを傷つけるためにあるのではない。
「……行こう」
蓮は大狼の牙を折り取り、アイテムボックスに収めた。
これは、試練を乗り越えた証。
獣人たちに認めてもらうための証明だ。
森を抜け、再び獣人の里へと向かう。
「おお……!」
「本当に赤牙の大狼を……!」
蓮が里へ戻り、アイテムボックスから牙を取り出すと、獣人たちの驚きの声が響いた。
試練の場へ向かった者たちのほとんどが帰らぬ者となる中、蓮は見事に討伐を成し遂げたのだ。
長老のもとへと向かうと、彼は静かに目を細めた。
「よくぞ戻ったな、異邦の者よ」
蓮は黙って、大狼の牙を差し出した。
長老はそれを手に取り、じっと見つめると、深く頷いた。
「この試練を乗り越えたことで、お前を“客人”ではなく“仲間”として迎えよう」
その言葉に、周囲の獣人たちがどよめいた。
「仲間、だと……!?」
「異邦の者が……?」
驚く者もいれば、納得したように頷く者もいる。
長老は続ける。
「この里において、力は生きるための証。お前はそれを示した。ならば、異世界の者であろうとも、我らと共にある者として扱おう」
蓮は静かに頷いた。
「ありがとうございます」
「ふむ。では、最後の儀式を行うとしよう」
蓮が案内されたのは、里の中心にある大きな祭壇だった。
そこには獣人の戦士たちが集まり、中央には金色の杯が置かれていた。
「これは“誓いの杯”」
長老はゆっくりと語る。
「この里に受け入れられし者は、この杯を交わすことで、我らの仲間としての誓いを立てる」
杯には、甘い果実酒が注がれていた。
「この酒は、共に戦い、共に生きる者たちの象徴。飲み干せば、お前は正式に我らの一員となる」
(そういえば、日本でもそんな盃の儀式があったな……)
蓮は杯を手に取り、軽く息をついた。
(この世界に来て、ようやく……本当の意味での居場所ができるのかもしれない)
静かに杯を傾ける。
果実酒の甘さと、ほのかな苦みが喉を通り抜ける。
すると、周囲の獣人たちが一斉に雄叫びを上げた。
「おおおおおお!!」
「これより、蓮は我らの仲間とする!」
獣人たちが祝福の歓声を上げる中、一人の獣人が近づいてきた。
「お前、なかなかやるじゃねぇか」
蓮が顔を上げると、そこには銀色の毛並みを持つ獣人が立っていた。
「俺はガイル。この里の戦士長だ」
ガイルは力強い目で蓮を見据える。
「お前の戦いぶりを見てみたかったが……まさか、本当に赤牙の大狼を倒してくるとはな」
「……たまたま運が良かっただけさ」
「はは、謙虚なやつだな」
ガイルは腕を組み、ニヤリと笑った。
「お前みたいなやつが来てくれて、こっちも助かるぜ。この里にはまだ問題が山ほどある」
「問題?」
「そうだ。お前が試練をこなしてる間に、どうやら“黒の牙”の連中が動き始めたらしい」
「黒の牙……?」
「この辺りに巣食う盗賊の集団だよ。最近、活動が活発になってきててな……どうやら、俺たち獣人の里を狙ってるらしい」
蓮は目を細めた。
「つまり……次の戦いが待ってるってことか」
「そういうことだ」
ガイルは笑みを深めた。
「お前の力、俺たちに貸してくれるか?」
蓮は静かに拳を握りしめ、そして――
「……もちろんだ」
この世界に来て、自分の居場所を見つけた。
ならば、この場所を守るために戦うのは当然のこと。
蓮は新たな戦いに向け、決意を固めた。