第38話 呪いの本質
蓮の放った《焔雷・極光》が霧を切り裂き、戦場を照らした。
だが、カースの微笑みは消えない。
「呪いとは、力で消せるものではない」
蓮たちは、"呪霧の獣"の真の姿を知ることとなる――。
閃光が辺りを包み込み、炎と雷の暴風が呪霧を吹き飛ばした。
轟音とともに霧が裂け、カースの立つ場所が露わになる。
しかし――
「……やはり、消えないか」
蓮は歯を食いしばった。
確かに霧は一時的に薄れた。だが、完全には晴れていない。
そして目の前には、先ほどよりもさらに巨大化した"呪霧の獣"が蠢いていた。
「はは……面白いな、異世界人」
カースがゆっくりと掌を広げると、呪霧が再び濃くなり始める。
「お前の魔法、なかなかのものだ。だが――呪いとは"力"で消せるものではない」
「……何?」
蓮が眉をひそめる。
「呪いとは、"負の感情"の凝縮だ。誰かが憎しみ、恨み、怒りを抱く限り、それは形を変えて蘇る」
カースが指を鳴らすと、"呪霧の獣"の姿が変化した。
霧が渦を巻き、形を変え――やがて、それは"人の姿"を取った。
「……人間?」
蓮たちは思わず目を見張る。
そこに立っていたのは、黒い霧で構成された人型の影。
だが、その顔は――
「お母さん……?」
リーナが息を呑んだ。
影の顔は、彼女の母の顔を模していた。
「……どういうことだ」
蓮が睨むと、カースは薄く笑う。
「この獣は、霧に囚われた者たちの怨嗟が具現化したものだ」
「つまり……かつてこの霧に呑まれた人間の魂が、魔物になったってことか?」
シャムが苦い顔をする。
「その通り。そして、呪いとは"心"に根差すもの……炎や雷で消せるほど単純ではない」
カースが指を動かすと、霧の人影がゆっくりとリーナへと歩み寄る。
「あなた……私のこと、忘れたの?」
「……っ!」
リーナの顔が引きつる。
「リーナ、落ち着け!」
蓮が叫ぶが、彼女の手は震えていた。
「……そんな、だって……お母さんは……!」
リーナの目には涙が滲んでいた。
これは幻か、それとも――
「……なるほどな」
蓮は深く息をついた。
「カース、お前が何をしようとしてるのか、大体分かった」
「ほう?」
「お前の目的は、俺たちの心を揺さぶり、呪いを植え付けることだ」
カースの目が細められる。
「そうだとしたら、どうする?」
「決まってる」
蓮は剣を抜き、霧の人影に向けて突きつけた。
「これは"幻"じゃない。だが――"本物"でもない」
「っ……!」
リーナが目を見開く。
「……本当にリーナの母親なら、彼女をこんな風に苦しめるはずがない」
蓮は真っ直ぐに霧の影を見据えた。
「だから、これは"ただの残滓"だ」
霧の影は、リーナを見つめたまま呟く。
「私は……あなたの母よ……」
「違う」
リーナは震える手を握りしめた。
「……お母さんなら、私をこんな風に苦しめない」
彼女の杖が光を帯びる。
「……私は、過去に囚われたりしない!」
――神聖魔法《浄化の光》!
純白の光が溢れ、霧の影を貫いた。
「……あ……」
影の姿がぼやけ、やがて霧とともに消えていく。
蓮はゆっくりとリーナに歩み寄ると、肩を叩いた。
「よくやったな」
「……うん」
リーナの表情には、確かな決意が宿っていた。
「……なるほど、少しばかり誤算だったな」
カースは肩をすくめた。
「呪いは、"力"では消せない。だが……"心"で断ち切ることはできる、か」
「そういうことだ」
蓮は剣を構え直す。
「さて――次は、お前の番だな」
「……ふっ」
カースは一瞬だけ目を閉じた。
「今日はここまでにしよう」
彼が手を振ると、霧が渦を巻き、彼の姿を包み込んでいく。
「貴様らには、まだ"本当の呪い"を見せていない」
「何……?」
「次に会う時が楽しみだよ、異世界人」
彼の姿が霧とともに消えた。
しばしの沈黙――
「……逃げられたか」
蓮は剣を納め、深く息を吐いた。
「だが、あの呪い……まだ終わったわけじゃないな」
「ええ……奴はまだ何かを企んでいる」
リーナは拳を握りしめた。
「……次は、負けない」
彼女の目に宿る光は、強い決意に満ちていた。
そんな中、イリスが苦悶の表情を浮かべる。
「イリス、どうした?」
「……どうやら目覚めてから力を使いすぎたようだ……すまない、しばらく眠りにつかせてもらう……」
そう言うと、イリスの体が一つの光の玉となって蓮の体の中へ吸い込まれていった。
「そうか……無理をさせたな。ゆっくり休んでくれ。」
それは、魂を結びつけた真の盟約を交わした者だけに許されるものであった。




