第36話 動き出す影
蓮とイリスが盟約を交わした夜――その影で、蠢く者たちがいた。
魔の森の異変を察知し、密かに調査を進めていた者たち。
そして、蓮の動向を追う"敵"もまた、静かに牙を研いでいた。
夜の魔の森は、昼とは異なる顔を見せる。
冷たい霧が漂い、獣の遠吠えがどこかで響く。
そんな中、蓮たちは焚き火を囲んでいた。
「ふぅ……やっと落ち着いたな」
蓮は火を見つめながら、今日の出来事を振り返る。
イリスとの盟約を交わし、正式な仲間として迎えたこと。
「これで、魔の森の異変の原因を解決できる可能性が高くなったな」
シャムが腕を組みながら呟く。
「そうだな。イリスの力があれば、この森の拡張を食い止める方法が見つかるかもしれない」
リーナも頷く。
イリス自身は、焚き火の向こうで静かに座っていた。
盟約を交わしたことで、蓮と彼女は言葉を交わさずとも、ある程度お互いの感情を察することができるようになった。
「お前は何か感じるか?」
蓮が問いかけると、イリスはわずかに瞳を伏せた。
「……この森の奥、何かが目覚めようとしている」
「目覚める?」
「今はまだ微弱な気配だ。だが、確実に強くなってきている。森が拡張を続けているのも、それと無関係ではあるまい」
イリスの言葉に、シャムとリーナも表情を引き締める。
「……つまり、急ぐ必要があるってことか」
「その通りだ。遅れれば遅れるほど、事態は悪化する」
イリスは焚き火を見つめながら言った。
蓮は改めて、これからの行動を慎重に考えなければならないと自覚した。
その頃――
森の奥深く、霧に包まれた場所に、一つの影が佇んでいた。
「ふむ……やはり、誰かが動いているようだな」
漆黒のマントを纏った男が、小さく呟く。
「異世界人……か」
彼は手元の水晶を覗き込む。そこには、蓮たちの姿が映っていた。
「なるほど。確かに強いな。だが、こちらもただ見ているわけにはいかん」
男は静かに指を動かし、水晶に魔力を込める。
「そろそろ、貴様らにも"挨拶"をしてやるとしようか」
その言葉とともに、男の周囲に不気味な黒い霧が立ち上る。
まるで、何かが"目覚める"かのように――。
蓮たちが眠りについた頃、異変は起こった。
「っ……!」
蓮は突然、体が引き裂かれるような痛みを感じ、目を覚ました。
「な、なんだ……?」
息を整えながら周囲を見渡す。
そこには――黒い霧が広がっていた。
「っ! みんな、起きろ!」
蓮の声で、シャムとリーナも飛び起きる。
「な、何だこの霧……?」
「……まずいな」
イリスが静かに呟く。
「これはただの霧ではない。魔力を帯びた"呪霧"だ」
「呪霧……?」
「この霧を吸えば、徐々に魔力を奪われ、衰弱していく」
イリスがそう言った瞬間――
霧の中から、いくつもの赤い光が浮かび上がった。
「敵か……!」
蓮はすぐに構える。
霧の中から現れたのは、異形の魔物たちだった。
狼のような体に人間の腕を持つもの、蛇のような体に無数の眼を持つもの――
「これは……ただの魔物じゃない」
シャムが警戒しながら言う。
「そうだな……誰かが操っている?」
蓮はすぐに魔力を集中させる。
「シャム、リーナ、イリス! 迎撃するぞ!」
「了解!」
「ええ!」
「ふん、私の力、見せてやろう!」
戦闘が始まる――。
蓮はすぐに火属性の魔法を展開し、呪霧を払いながら魔物たちを焼き払う。
「《フレア・ストーム》!」
爆炎が巻き起こり、魔物たちが悲鳴を上げる。
シャムも短剣を手にし、俊敏な動きで魔物の隙を突く。
リーナは神聖魔法を使い、呪霧の影響を打ち消す。
そして――
「ふん、私の出番だな」
イリスが一歩前に出ると、その身体から白銀の光が溢れ出した。
「《竜の咆哮》!」
その一声で、霧が一気に吹き飛び、魔物たちが怯えたように後ずさる。
「……おもしろい」
その時、霧の奥から、声が聞こえた。
「やはり、貴様らはただの旅人ではないな」
蓮たちは一斉に警戒を強める。
霧の中から現れたのは――黒いマントを纏った男だった。
「……誰だ」
蓮が問いかけると、男は微笑した。
「私は……ただの影に過ぎん」
男の手には、黒い魔力が渦巻いていた。
「だが、貴様らにとっては"敵"であることに違いはない」
男はそう言うと、指を弾く。
すると、霧の奥からさらなる魔物が姿を現した。
「さあ、楽しませてもらおうか」
こうして、蓮たちは新たな脅威と対峙することとなる。




