第195話 暁に浮かぶ黎明国
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薄明の空に、光が滲むように広がっていた。
天と地の境を塗り替えるように、夜は静かに幕を下ろし、始まりの予感だけが風に混ざって流れている。
砂礫の丘に立つ蓮の黒衣は微かにたなびき、その双眸は遠くを見据えていた。
かつて帝国の辺境に過ぎなかったこの地は、今や〈黎明国〉――蓮の名の下に築かれる新たなる国家の根幹として、目覚めの時を迎えようとしている。
「……ようやく、ここまで来たか」
背後からの足音に、振り返らずとも誰であるかを悟る。
イリス。
蒼銀の髪に朝の光が差し、透き通るような瞳が蓮を静かに見つめていた。
「でも、まだ『始まり』にすぎない。ねえ、蓮――この国に、名は?」
蓮は一瞬、目を閉じた。そして、応える。
「〈アルカ・ノヴァ〉――新しき方舟。荒れ果てた世界を渡る希望の船だ」
イリスの目元が、微かに綻んだ。「素敵な名前ね」
彼らの背後では、すでに新国家の礎となる建設が着々と進められていた。
ミストの指揮により、魔術と工学を融合した浮遊機構〈エーテリアル・ファウンド〉が山間部の地形を整備し、シャムの機甲軍団が資材搬送を担う。
リーナは王都から招いた建築士たちをまとめ、マリルは行政区画の設計に没頭していた。
全てが、ひとつのビジョンのために――“蓮の理想”を現実にするために動いていた。
そんな中、カイエンとネフェリスが新たに回収した古文書を手に、蓮のもとへ現れる。
「蓮、王の記録――いや、〈星詠の神譜〉の補遺が見つかった。例の“東の空に現れる刻印”について、詳しい記述があった」
「……神託が、また動いたのか?」
カイエンは頷きながら巻物を広げた。
――星の囁きは、黎明の王に伝う。
その日、虚空より五つの災厄が来たりて、天を裂き、大地を試す。
されど、方舟は沈まず。
王が王たる証を刻む時、残響は未来を照らす光と成る――
「五つの災厄……すでに三つは顕現していると見ていいでしょう」
「帝国の再侵攻、旧王国貴族の蜂起、そして……〈虚ろの教団〉の復活だな」
ネフェリスが無言で頷いた。
最後の二つが何かは、未だ不明だ。
だが蓮の瞳に迷いはない。
むしろ、その眼差しは静かな覚悟に満ちていた。
「来るなら来させろ。――俺たちは、もう立ち止まらない」
建設の合間、蓮は自身の〈無限アイテムボックス〉を開放し、国家建設に必要な神器や資材を取り出していた。
聖都で得た空間転送装置のコア、機神から譲渡されたエネルギーフレーム、さらにはリーナが作成した都市用魔法障壁の展開結晶など、失われた古代文明の叡智が次々と供給される。
「蓮、この〈シェルタ・オーブ〉……都市全体を覆えるほどの防護機能があるなんて」
リーナの目が輝く。
「無限アイテムボックスにはまだ未解析の遺物もある。いずれ、それらも活かせる」
蓮の意図は明確だった。
国家をただ築くだけではない。
今後訪れる災厄に備え、理想郷としての〈黎明国〉を守り抜くために、“世界最先端の防衛都市”を築こうとしていたのだ。
そのころ、遥か東の地――灰色の砂嵐が吹き荒れる〈アグリマ砂漠〉にて。
「……動いたな、蓮。貴様の歩むその道が正しきものかどうか、見極めてやろう」
一人の青年が、巨大な六芒星陣の前に立っていた。
名を、ザイ=アルク。
かつて蓮と剣を交えた、もう一人の「建国者」である。
彼は自らもまた、新たな国家を築かんとしていた。
その理念は蓮のものとは相反し、弱き者を切り捨て、強き者だけで築く“選別の帝国”。
そして、その背後には――もう一つの意志があった。
「“彼”はすでに動いている。蓮、お前が理想を掲げる限り、我が王は……必ず姿を現す」
夜、建設地の仮設広場にて。
蓮は仲間たちを集め、小さな焚き火の前で口を開いた。
「……国家というのは、ただの器だ。人がいて、想いがあって、初めて“国”になる。だから、俺たちは――決して、ただの“王”や“兵”で終わることはない」
イリスが静かに頷く。
「私は、あの時誓った。滅びた竜の民に代わって、この世界の命を守ると」
リーナは胸を張って言った。
「私は、この国の学び舎を作る! 子供たちが夢を描ける、そんな場所を!」
シャムは少し照れながらも。
「……オレは、蓮が王なら、ずっと戦える。背中、任せたぜ」
マリル、カイエン、ネフェリス、ノア……それぞれの誓いが、火に照らされて浮かび上がる。
蓮はその全てを静かに受け止めるように、口を開いた。
「――ありがとう。みんなで、この国を創ろう。そして、守ろう」
その言葉に、誰もが頷いた。
仮設の玉座にて、蓮は最後の設計図に目を通していた。
それは国家の中心――“星読みの塔”と呼ばれる天文施設であり、すべての通信・記録・未来観測が統合される、新たな時代の象徴となるものだった。
「ここから先は、俺たちの物語が世界を変える番だ」
空を見上げた蓮の目に、一筋の光が流れた。
星は、まだ何も語っていない。
だが、確かにそこに“続き”が存在していた。
やがて〈アルカ・ノヴァ〉が完成する頃、世界は再び動き出す。
未来への扉は――すでに、静かに開かれていた。
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