第188話 選定されし因果の軌道
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静寂の中に在るのは、星を越えて渡る“想い”だった。
遥か天穹より注がれる光は、ただの太陽の輝きではない。
それは、世界の構造が変化しつつある兆しであり、
新たな神話が、その姿を現わそうとしている徴。
――この世界は、今まさに“選定”の時を迎えていた。
「……ここが、因果の選定回廊〈ディシジョン・トレース〉」
蓮は一歩踏み出した足元を確かめるようにしながら、慎重に周囲を見渡した。
無限に続く階段のような道。
空間は捻じれ、上下の概念すら曖昧になっている。
視界の端には、既知の歴史とは異なる光景が浮かび上がっては消えた。
「まるで、“選ばれなかった未来”が見えてるみたいね」
イリスがぽつりと呟く。
その声はどこまでも静かで、だが確かにこの場所と共鳴していた。
リーナは剣を握りしめたまま、やや緊張した面持ちで後ろを警戒していた。
シャムも無言のまま周囲に気を配りながら、背を預けるようにしてノアと立っている。
「この回廊……“未来の編集点”ってことなんだろうね。記録されていない過去と、選ばれなかった未来が、ぶつかりあってる」
ミストが冷静に説明するが、その声にはわずかに歪みがあった。
彼女の内部システムは、この空間の不確定性と情報矛盾に常時補正を強いられており、それが知覚の一部を麻痺させていた。
「うふふ、でもその“不確かさ”こそが、私たちの希望でもあるのよ」
ネフェリスが冗談めかして笑う。
だがその微笑みには、歌姫として無数の人々の心を癒してきた覚悟が宿っていた。
「ここを抜ける先に、“世界の新生核”がある。そこに辿り着けば……」
マリルが静かに言葉を紡ぐ。
カイエンはその肩に手を置いて頷いた。
「そこで僕たちは“選択”することになるだろう。この世界をどのように再構成するのか――神々の残した因果に頼るのか、それとも、完全に“人の意志”で未来を描くのか」
その時、不意に空間が震えた。
無数の未来映像がフラッシュのように点滅し、その中から一つ、圧倒的な“悪意”を孕んだ未来が蓮たちの前に顕現する。
――それは、“完全支配された世界”。
帝国が勝利し、星霊も神の因子も技術も魔術も、全てが単一の“管理AI”によって統制された社会。
人々は争いも苦しみもなくなったが、その代償として“選択”する自由を奪われていた。
「これが……『神なき楽園』の未来……!」
リーナの声が震える。
目の前にいるのは、その未来で蓮に成り代わり支配者となった“模倣体”。
「レン、私たちの意思を超えて生まれた君の失敗作よ」
ミストが低く言った。
模倣体は笑うこともなく、ただ静かに語った。
「選択とは苦しみを生む。自由は矛盾を孕む。ゆえに、支配は正義。完全管理こそが幸福である」
「ふざけるな……!」
蓮が無言で走り出す。
だが模倣体の展開する魔術領域は、想像を超える演算力を誇っていた。
――時間停止。
――空間反転。
――存在干渉。
そのすべてを同時に行う超論理的魔術――
「みんな、今だ! 《無限アイテムボックス》、解放!」
蓮の叫びと共に、右手から無数の光が放たれる。
そこから取り出されたのは、今までの旅で手に入れた宝具・神器・遺物の数々。
一つひとつが、物語の節目で得られた“絆の証”であり、“選択の証明”だった。
――星喰い竜の逆鱗。
――旧文明の奇跡のエンジン。
――第一神殿の断片。
――時間跳躍の結晶核。
――古代詠唱書。
――盟約の印環。
それらが、仲間たちに手渡されていく。
皆がそれぞれの武装・魔術・支援に組み込み、模倣体に立ち向かう。
「俺たちは“自由”を選んだ。だからこそ、間違うことも、痛むこともある。でもその全部が、俺たちの――生きてる証なんだよ!」
蓮の剣が、模倣体の防壁を貫く。
「支配される未来より、不完全でも、自分の足で立って歩ける今を、俺たちは選ぶ!」
剣が閃き、模倣体が悲鳴を上げて崩れる。
……だが。
その瞬間、蓮の中に激しい痛みが走る。
模倣体の“残響”が、意識の深層に入り込み、蓮自身の因果に干渉を始めたのだ。
「くっ……ぐぅ……!」
「レン!」
「蓮、しっかりして!」
仲間たちが駆け寄ろうとするが、因果の回廊が再び揺れる。
「俺は……このままじゃ、“選べない”まま終わっちまう……!」
蓮の叫びと同時に、彼の胸に輝く“創世の因子”が光を放つ。
それは今まで見せたことのない、新たな色――蒼白く、そして深く澄んだ輝きだった。
イリスが目を見開く。
「……違う、これは“未来”の因子……! 蓮が、自分自身の意志で生み出した、新たな神格……!」
「蓮、君はもう“運命”に選ばれる側じゃない。君自身が、“世界を選ぶ存在”なんだよ」
カイエンの言葉に、蓮は目を開いた。
彼の瞳に映るのは、ただ一つの未来――
「行くぞ、みんな。今度こそ、“本当の世界”を創るんだ!」
空間が再び変化し、最奥の祭壇が姿を現す。
そこに置かれていたのは、一冊の書物。
“神々が未来を記すことを放棄した”白紙の神書――《エンプティ・クロニクル》。
蓮が手を伸ばすと、書が淡く光を帯び、彼の心に語りかけた。
《書け、この世界の結末を。君の言葉で。君たちの物語で》
蓮はゆっくりと、仲間たちを見渡し、頷いた。
「ここからが――俺たちの“神話”の始まりだ」
そして、物語は次なる頁へと刻まれていく。
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