第179話 黎明の種子
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世界の再構築が始まってから、七日が過ぎた。
星霊の大河は再びその光を取り戻し、因果の流れは安定を見せ始めていた――だが、蓮たちにとって「再構築」とは、ただ神々の遺した歯車を回すことではなかった。
それは、新たな哲学を、新たな希望を、新たな社会を築くという、真に“創る者”の責任そのものであった。
「……この辺りの地形変動、ようやく落ち着いたみたいだね」
浮遊大陸の南端、かつて《神語の森》と呼ばれていた場所。
その地に足を踏み入れたのは、蓮たちだった。
周囲には緑が戻りつつあり、枯れていた大樹の根元には、淡い光を湛える花が芽吹き始めていた。
「生命の再生が始まってる。虚神の影響が消えた証拠だよ」
ミストが光の葉を手に取り、微細な粒子を分析しながら呟く。
彼女の解析によれば、因果層の深部にまで及んだ〈アバーソン〉の影響は完全に払拭されたわけではないが、現在進行中の“創世的治癒プロセス”は想定よりも順調に推移しているという。
「だけど、まだ“空白”がある。世界の“記述”が欠落してる領域が残ってるわ」
ネフェリスの瞳が、遠くの空を見つめる。
それは、あの《カタストロフィ・シンギュラリティ》での戦いで消失した“可能性の断層”。
神代以前に存在し得たはずの文明、語られることのなかった物語、そして名もなき命の痕跡。
それらは、ただ“忘れられた”のではない。
“選ばれなかった”から、存在しなかったことにされてきたのだ。
「それらも含めて、この世界を取り戻さなきゃ。俺たちは、そこにまで責任を持たなきゃならない」
蓮の言葉に、リーナが頷く。
「うん。過去を否定するのではなく、受け入れて、紡ぐ。そうやってしか、本当の意味で“新しい世界”は築けないもの」
そのとき――
空が鳴った。
否、鳴ったのではない。
“響いた”のだ。
存在そのものに届く、深く、低い振動。
星霊の神譜〈セレスティアル・オラクル〉が再び揺らぎ、全員の脳裏に、ある“警告”が直接届いた。
《高次記述領域に未知の侵蝕を確認。座標:β-7群。侵入種別:分類不能》
「また何か来るってのかよ……!」
シャムが拳を鳴らし、構える。
だが、そこに現れたのは“敵”ではなかった。
空間に一瞬の“裂け目”が走り、そこから姿を現したのは――見知らぬ少女だった。
年の頃は十五、六。
白銀の髪に、淡い蒼の瞳。
薄い布で編まれた異国風の衣装を身にまとい、胸元には見慣れぬ装置――それもまた星霊の記憶片のようなもの――が埋め込まれていた。
「私はリシェル。高次記述干渉種……いえ、“新世界の観測者”とでも名乗ればいいかしら」
彼女はそう告げると、地に降り立った。
蓮たちは即座に警戒態勢を取るが、リシェルは両手を上げ、敵意がないことを示す。
「私は敵じゃないの。ただ、“あなたたちの選択の先”を見に来た観測者」
「……選択の、先?」
リーナが眉をひそめる。
ミストが即座に彼女の存在をスキャンしようとするが、装置は何も検出しなかった。
「私という存在は、あなたたちの“物語”の中には記述されていない。だから、あなたたちには感知できないし、私の存在を記録することもできない。だけど私は、今、ここに“在る”」
「……つまり、君はこの世界の“外”から来たってことか」
「ええ。あなたたちが“再生”を選び、旧き神々の連鎖を断ち切ったことによって、閉じられた系が開いた。その開口部を通って、私はここに“観測”に来た」
その言葉に、一同は静まりかえる。
“外”――その単語は、ただの物理的次元のことではない。
それは、物語という“構造”そのものの“外部”、あるいは神話的因果の“外縁”を指していた。
「観測とは……何のために?」
蓮の問いに、リシェルは微笑む。
「次の“種子”を渡すためよ」
彼女が懐から取り出したのは、輝く結晶のようなものだった。
「これは《黎明の種子〈ドーン・シード〉》。あなたたちの選択によって誕生した、まったく新しい因果の起点。これを、この世界に“植える”ことで、あなたたちは完全に“神なき世界”を創造できる」
「完全に……?」
ネフェリスが目を見開いた。
「そう。今の世界は、まだ“神々の記述の名残”に支えられている。あなたたちがいなくなれば、また元の崩壊に戻る危険性すらある。でも、これを植えれば、世界は本当の意味で自立を始める」
「それは……つまり、“俺たちの役目が終わる”ってことか……?」
蓮の呟きに、リシェルは首を横に振る。
「終わるのではないわ。“始まる”のよ、本当の創世が。あなたたちはこれから“神”ではなく、“民”としてこの世界に生きていく。それが、選択の先にある責任だから」
その言葉に、誰もが無言になる。
だが、それは決して悲しみではなかった。
自分たちの存在が“物語を終わらせるため”ではなく、“未来を託すため”にあるのだと理解したからだ。
「蓮……どうする?」
リーナがそっと問う。
蓮は、その手に結晶を受け取ると、空を見上げた。
かつて“神”の座にいた者たちが支配していた空。
今、それは誰のものでもない、ただの“未来”へと開かれた蒼だった。
「――俺たちは、創るためにここにいる。だったら、やるしかない」
彼は、結晶を地に植えた。
《黎明の種子》が、大地に溶けるように吸い込まれ、やがて一筋の光となって空へと伸びていった。
そして――その光の先で、また新たな星が生まれた。
それはまだ名もない、可能性の星。
蓮たちの旅は、終わりではなく、また新たな章へと向かっていく。
次なる時代の“観測者”として。
そして、新たな神話の“語り部”として――
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