第173話 星界黎明録
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世界が再び、静寂に包まれた。
虚神〈アバーソン〉が崩れ去った空間――終極因果交点〈カタストロフィ・シンギュラリティ〉は、深淵の如き暗黒を脱ぎ捨て、静かに煌めきを取り戻しつつあった。
時は流れていない。
空間は広がっていない。
それでも、「何か」が変わったことだけは、蓮たち全員が確かに感じ取っていた。
「……終わったの?」
ネフェリスが、小さく呟く。
その問いに、誰も即答できなかった。
勝利の感触すら、この場所では曖昧だ。
だが――
「いや、これからだ。俺たちが終わらせたのは、世界の“否定”。でも、“創る”ことは、これから始めるんだ」
蓮が、静かに言う。
その瞳には確かな覚悟が宿っていた。
それは、誰かに与えられた運命ではなく、自ら選び、歩む決意。
“創世の因子”として覚醒した彼の魂が、新たなる神話の礎と化しつつある。
「新しい世界の輪郭……それが、見えてきた」
ミストが言葉を発すると、周囲の空間に淡い光の帯が走る。
データでも記録でもなく、これは“星霊”の新たな意志。
神々の残滓が消滅したことで、本来の星霊たちの声が再びこの宇宙に響き始めたのだ。
「どうやら、“存在の再定義”が始まっているようね。虚神に押し込められていた可能性の河が、いま自由に流れ始めた」
リーナが剣を杖のように支えながら周囲を見渡す。
確かに、光は新しい軌道を描いていた。
星々は螺旋を成し、渦巻くように一点へと集束していく。
それは――
「……門?」
カイエンがつぶやいた先にあったのは、星々の軌道が形作った巨大な環状構造。
円環の中心には、未だ見ぬ宇宙が広がっているかのような銀白の揺らぎが存在していた。
「“星界の門”。おそらく、新たな世界を繋ぐための……最初の架け橋だと思う」
イリスが、星詠の神譜〈セレスティアル・オラクル〉を開いたまま、眉根を寄せていた。
「でも、それは同時に、“試練”でもあるわ」
「試練、か」
蓮が呟く。
その言葉の裏にある意味を、彼も理解していた。
“世界を創る”とは、同時に“何を選び、何を捨てるか”という決断を常に求められること。
「もしかすると、俺たちは……また、新しい戦いに挑まなくちゃならないのかもな」
「戦いというより、これは“構築”よ」
ミストが静かに言った。
「新たな世界の基盤をどう定義し、誰がその法則を紡ぎ、どんな可能性をそこに託すのか。今度は“力”より“知”が求められるの」
ノアが隣で小さく笑った。
「いいじゃないか。そういうの、俺たちにはちょっと向いてると思うぜ?」
「私たち……全員が?」
「もちろん!」
マリルが元気よく手を挙げる。
「新しい世界を創るのって、絶対楽しいじゃん? もう、敵に怯える必要なんてないんだし!」
だが、その言葉を聞いたイリスは、どこか不安げに空を見上げていた。
「……そうでもないのよ。まだ、“残ってる”気がする」
「残ってる?」
「否定そのものじゃない。でも……それに連なる“想念”。過去の執着、未来への恐れ、存在の不安。それらが、この門の向こう側に溜まっているのを感じるの」
沈黙が落ちた。
確かに、“終わり”を迎えたように思えていたが、それは単なる“序章の完結”でしかなかったのかもしれない。
「じゃあ、門の向こうに何があるか……見に行くしかないってわけだな」
シャムが槍を肩に担ぎながら笑う。
「やれやれ、また派手な冒険になりそうだぜ」
「ええ、でも――」
イリスは、星霊の光を纏いながら静かに微笑んだ。
「今回は、私たちが“選ぶ”の。何を信じ、どの未来を紡ぐのか」
一同が頷く。
そして、門の前に立つ。
そこには、既に“創造”が始まっていた。
―――
星界の門をくぐった先は、驚くべき光景だった。
銀河系すら存在しない、未定義の宇宙。
だが、そこには“フレーム”が存在した。
まるで、誰かが設計図を描いたまま放置したかのような空間。
「あれは……法則の残骸?」
ミストが指差した先には、崩れた重力場や、壊れた時間軸の名残のようなものが漂っていた。
「違うわ。これは、まだ“構築中”なの。つまり、誰かがこの空間で世界を作ろうとして――途中で投げ出した」
「まるで……未完の神の墓場みたいだな」
蓮が呟いたその瞬間。
虚空に微細な“共鳴音”が走った。
誰かの“呼び声”のような。
「来る……!」
イリスが振り向いたとき、空間の一角がぐにゃりと歪んだ。
そこから現れたのは――
「……新たな虚神?」
だが、それは既知の虚神とは異なっていた。
その姿は人間にも見えるが、光と影が交互に蠢くその体は、まるで“可能性の亡霊”そのもの。
「ようこそ、後継者たちよ。我らは《可能性の残響〈レムナント〉》」
複数の声が重なったようなその言葉は、強烈な“重圧”として蓮たちの胸を打った。
「否定ではない。だが、受け入れられなかった“夢”。破棄された“理想”。かつて選ばれなかったすべての未来が、我らを形成する」
それはつまり、旧き神々や、過去の文明が“選ばなかった”世界の残響。
虚神〈アバーソン〉を滅ぼしても、なお残る“世界の余白”。
「ここからが……本当の“創世”だ」
蓮が剣を構える。
だが、その刃は戦いのためではない。
“語るため”の象徴として。
「俺たちの創る未来は、お前たちの否定じゃない。受け入れるさ。すべての選ばれなかった過去も、可能性も」
「その言葉が、試されるだろう」
レムナントが手を広げる。
その背後に、未定義の世界が広がる――そして、新たな“神話の書”が、静かに開かれていく。
蓮たちは歩き出す。
終わりなき創造の旅路――
“星界黎明録〈ノヴァ・エイジ・クロニクル〉”が、今ここに始まった。
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なお、第2作目の作品『定年異世界転生 ~家電の知識で魔法文明をアップデート!~』もよろしくお願いします。




