第172話 終極因果交点
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
虚空に浮かぶ星の大河が、音もなくうねりを上げる。
そこは既に「この世界」と呼ばれるものの外縁。
あらゆる時空の境界が曖昧となり、過去・現在・未来の区別すら意味を持たない深淵――それが、神代より《カタストロフィ・シンギュラリティ》と恐れられた終極因果の交差点であった。
蓮たちは、星詠の神殿〈セレスティアル・オラクル〉で“終焉の管理者〈ワールド・エディター〉”という運命を知った。
そして、それを拒絶することで“新たな世界の再生者”としての立場を得た――それは希望であると同時に、既存の因果系統から外れた“異物”として認識されることを意味していた。
「来る……!」
イリスが鋭く目を見開いた。
星霊の神譜が震え、神々の記憶がざわめく。
銀の虚空に穿たれる亀裂――そこから現れたのは、星を喰らう黒い霧。形を持たぬ混沌。理を滅する存在。
「虚神〈アバーソン〉……!」
その名を呼んだのは、ミストだった。
彼女の持つ解析機構が、存在しないはずの構造を無理やり解析しようとして、スパーク音を立てて停止する。
「これは……情報ですらない。“在ってはならない”という概念そのもの……!」
「つまり、神々が恐れ、記録すら拒んだ“最初の否定”……!」
リーナが歯を食いしばる。
浮遊大陸全域で起きた時空振動は、この“否定存在”の接近によるものだったのだ。
「でも、俺たちはここに来た。それはつまり、立ち向かう資格があるってことだ!」
蓮の叫びが、仲間たちを鼓舞する。
シャムが前に出て、槍を構える。
その背に、ネフェリスとノアが並ぶ。
「うんうん! こういうのこそ、みんなでぶっ飛ばさなきゃでしょ!」
「感情的な戦術ではあるけど……君たちとなら、それも信じてみたいね」
マリルとカイエンもそれぞれ魔具を構え、陣形を形成する。
空間はすでに崩壊を始めていた。
存在そのものが概念の侵蝕を受ける。
星霊の記録も、時の歪みも、全てが塵に変えられる中――イリスが最後の起動詞を紡いだ。
「星命融合因果式、起動――《アストラル・ゼロ・リンク》!」
星の記憶、神々の叡智、そして蓮たちの選択がひとつに収束し、巨大な輝きが発せられる。
空間が圧縮され、光と闇がねじれる。
“それ”は無音のまま拡がり、蓮たちの前に黒い王座のような姿を形作った。
「――神なき時代の、忘れられた裁き。それが我ら“虚神”」
低く響いたその声は、あらゆる言語体系を超えて心に届く。
まるで意識に直接割り込んでくるかのようなそれに、イリスが抗うように叫んだ。
「私たちは、“忘れられた運命”などではない! ここにある意思こそが、新たな神話だ!」
叫びと同時に、蓮が右手を掲げた。
そこに集束するのは、神殿で得た星命の核〈スターノード〉。
蓮の内に眠る“創世の因子”が共鳴し、周囲の仲間たちに拡がっていく。
「行くぞ――これが、俺たちの世界の未来だ!」
全員が頷いた。
戦闘は、理を超えた戦いだった。
通常の魔法はもちろん、時空干渉すら通用しない。
彼らは“記録”と“意志”のみを武器に戦うしかなかった。
ミストが神殿のデータをリアルタイムで再構成し、虚神の挙動予測を試みる。
ノアがその解析から逆算した“未来干渉弾”を展開し、虚無の流れを歪める。
カイエンとマリルは補助結界を展開し、仲間たちの存在の安定化を担う。
ネフェリスは無尽の歌声で、仲間たちの精神を保つ。
「この戦いは、現実と虚構の境界そのものの決戦……!」
リーナが剣を掲げる。
剣は光に変わり、やがて蓮の手元へと戻っていく。
「蓮、最後の斬撃を!」
蓮の剣が光を放ち、全ての記録が交差する点へと一直線に突き刺さった――
――虚神が叫び声を上げ、崩壊する。
その声は、悲鳴ではなかった。
まるで、望まれていない存在が、ようやく許される安らぎを得たような、そんな静かな声だった。
虚神が消滅した瞬間、空間は収束し、因果の流れが正されていく。
イリスが空を見上げ、静かに微笑む。
「これで……ようやく、新しい世界が始まる」
リーナが蓮の隣に立ち、同じ空を見つめる。
「でも、まだだよね? “創る”っていうのは、ここからのことだから」
「――ああ。俺たちの物語は、終わらない」
星空が再び輝きを取り戻し、世界が未来へと繋がっていく。
それは、誰かに与えられた運命ではなく、自らの選択で築く、真の神話。
終極因果交点〈カタストロフィ・シンギュラリティ〉。
そこは、旧世界の終わりであり、同時に新世界の始まりであった。
蓮たちは歩き出す。
まだ見ぬ明日へと――。
ブックマーク・評価・いいね、出来れば感想とレビューをお願いします!
モチベーション向上のため、よろしくお願いします!!
なお、第2作目の作品『定年異世界転生 ~家電の知識で魔法文明をアップデート!~』もよろしくお願いします。




