第164話 時環裂界境
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裂けた空の向こうにあったのは、時の概念が歪みきった世界だった。
「ここが……《時環裂界》……」
蓮は周囲を見渡しながら、目の奥で情報を解析する。
地平線は無限にうねり、空には昼夜が交錯し、過去と未来の映像が残像として重なり合っていた。
かつて誰もが到達を諦めた、“因果の源”へと至るための異空間。時間の織機が崩壊した今、その裂け目の中心に存在するのが、この――時環裂界だった。
イリスの瞳が微かに光る。
「ここの時間軸、無数に重なり合ってるわ。少しでもズレた行動をすれば、過去や未来の自分たちが干渉してくる可能性がある」
「でも、行くしかないんだよな」
シャムがいつもの調子で言うが、その声に浮ついた響きはなかった。
蓮は小さく頷き、アイテムボックスから転送安定装置を取り出した。
これは先の戦いで奪還した、古代帝国の技術をベースに再構築した試作機だった。
「これを三点に配置すれば、この空間に一時的な“安定した現在”を形成できる。やる価値はあるはずだ」
イリスとリーナが同時に頷き、それぞれのポイントへと散っていく。
だが――配置を始めた直後、空間が突如として波打った。
「来るぞ!」蓮の声と共に、空の裂け目から無数の影が飛び出した。
それは、過去に蓮たちが打ち倒してきた敵たち――その記憶が具現化した“時間の幻影”だった。
「リリィ=アーク! あれ、ルヴァインの因子と混じってる!」
イリスの声に、蓮の意識が鋭く集中する。
幻影のルヴァイン――彼はかつて、“神機解放”の技術を持ち出し、蓮の手で討たれた因縁の存在だ。
その亡霊が今、混在する時環の歪みの中で再構築され、現実に揺らぎを与えようとしている。
「こんな奴に、今さら足止めされてる暇はない!」
蓮は一気に駆け出した。
右手に展開するは、新たに覚醒した神器《レギオン=クロノス》。
それは時間の粒子を刃へと収束し、あらゆる時の分岐を“強制収束”する力を持っていた。
「過去も未来も今も、すべて断ち切ってやる!」
クロノスの斬撃が走る。
幻影のルヴァインが時間を巻き戻すようにして攻撃を回避するが、蓮の斬撃はその回避すらも見越して軌道をずらした。
「……ッ!」
ルヴァインの幻影が破裂し、時間の歪みが静かに収束していく。
その間に、リーナとイリスがステイビリティ・ノードの設置を完了していた。
「これで、安定空間が形成されるわ!」
時空間の波が収まり、世界に静寂が戻る。その瞬間だった。
――カツン。
どこかで誰かが、一本の杖を鳴らしたような音がした。
「……やはり、ここまで辿り着いたか。蓮」
その声に全員が振り返る。
そこに立っていたのは、黒と金のローブを纏う青年。
漆黒の瞳に、星のような光を宿している。
「お前は……誰だ?」
「我が名は《クロノ=マグナス》。この世界――時間そのものの守護者だ」
蓮の脳裏に、遠い記憶が過った。
クロノ=マグナス……かつてイリスが語っていた、“世界の時間制御中枢”を管理していた存在。
その本体が今、眼前に姿を現している。
「君たちの行為は、時の連続性を脅かしている。これ以上の干渉は、“終末のカウントダウン”を開始させることになる」
その瞬間、空が割れ、時空の底から“滅びの鐘”が響いた。
イリスの表情が凍る。
「……まさか、あれは……」
「そう、《アカシック・エンド》。全時間層に一度だけ存在を許された、時の断絶現象よ」
それは、時の果てから遡ってやってくる終末そのもの。
蓮たちの存在が“未来を書き換える”行為である以上、それを阻止する“時の保全者”が動き出すのは必然だった。
「けど、俺たちは止まれない」
蓮が言う。
「この世界を“続かせる”ために、未来を選ぶ。たとえそれが、お前にとっての異端であったとしても!」
クロノ=マグナスの目が細められる。
「ならば、力で証明するがいい。時の支配を超え、未来を掴めると」
交戦開始。
瞬間、蓮とクロノ=マグナスの周囲に時間結晶が展開される。
お互いの動作がスローになり、粒子のように散る残像が空間に張り付く。
だが、蓮はその全てを視認し、読み切り、走り抜ける。
(見える……未来が)
蓮の身体に、かつて《因果遷移核》を通じて得た“未来視”の力が再び宿っていた。
対するクロノ=マグナスは、彼の視線すらも逆解析し、あらゆる未来を予測して斬り込んでくる。
「君の未来は、常に既定された運命の中にあるッ!」
「なら、破ってやる! この《レギオン=クロノス》で!」
無数の刃が交差し、戦場が時間の粒子に染まっていく。
だがその時――空間の端に、青白い光が灯った。
「蓮!」
声を上げたのは――ノアだった。
彼女は《星界観測塔》からリレー転送された観測士であり、すべての時間軸の「安定化プラン」を提案する存在だった。
その手には、新たな因果律制御デバイス《オーヴァ・リンク》が握られていた。
「これを使って! 時間の絶対安定座標を“新たに創造”できるわ!」
蓮はノアに目で合図し、イリスが接続手順を瞬時に解析してリンク。
「いける……これなら!」
蓮の手が、クロノスとオーヴァ・リンクを接続し、再構築された因果共鳴波が空を走る。
「終わらせるんじゃない、繋げるんだ。この世界を……未来に!」
そして――
すべての時間が、一点に収束し、再び走り出す。
クロノ=マグナスは目を見開き、そして微笑んだ。
「見事だ。君たちは、“時”を越えた」
その身体が粒子となって霧散する。
戦いは、終わった。
時環裂界が閉じ、蓮たちは再び現実の世界に戻る。
そこにあったのは、新たな時の流れ。誰もが未来を恐れずに進める、“選ばれた現在”だった。
「さて、次はどこへ行こうか?」
リーナが冗談めかして言うと、蓮は微笑みながら答えた。
「……次は、“起源”だ。全ての物語が始まった場所へ」
物語は、終わらない。
むしろ、ここからが“本当の始まり”なのだから――。
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