第153話 冥界浮上戦線
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天を裂いた黒の亀裂は、命脈連結機構の光を嘲笑うかのように広がっていた。
その裂け目から現れたのは、〈冥界浮上群体ネザーフロート〉――冥界に堕ちたはずの破滅種たちが融合した異形の群体だった。
「想定外だ……命脈機構が呼び寄せたのか、それとも……」
蓮がつぶやいたそのとき、黒煙の中から一人の男が現れた。
漆黒の外套をまとい、虚ろな双眸に宿るのは、かつて命を喪った者特有の“空白”。
「……お前は……!?」
シャムが驚愕の表情を浮かべる。
現れた男の名は〈ヴェルグ=ナザロス〉。
かつて帝国軍において最も冷酷無比と称された戦略魔将であり、冥界へ堕ちたはずの存在だった。
「貴様らが命を繋ごうとするなら、我らは“終焉”を重ねよう。命脈のすべてを、冥府へと引きずり込むためにな」
ヴェルグの足元から、無数の“魂なき影”たちが立ち上がる。
それは、冥界に漂う未練の亡霊たちが変異した〈虚影兵〉。
浮遊大陸の空に、死者の軍勢が広がり始める。
「くそっ……このままじゃ、命脈ノードごと侵食される!」
ネフェリスが六翼を広げ、上空に結界を張るが、虚影の濁流は止まらない。
そのとき――マリルが一歩前に出た。
「じゃあ、あたしたちが“浮かせる”しかないじゃない。冥界ごと、空の上に引っ張り上げて、正面から叩く!」
「……なにを言ってる……!? そんな次元操作、常識じゃ……」
カイエンが驚きに目を見開くも、ノアがすぐに頷いた。
「いや、命脈装置とリンクした今なら理論上は可能だ。星幽ノードと冥界構造を同期させれば、限定的な“冥界の引き上げ”ができる」
「正気かよ……」
ミストがぼやきながらも、彼自身の霧術によって空間制御を補助し始める。
――始まる、空の上の冥界戦争。
命脈連結機構から発せられた〈再調律波動〉が、冥界構造に作用し始めた。
その結果、浮遊大陸の一角に“もう一つの空間”が重なり始める。
〈ネザーフロート・セクター01〉出現。
それは、空に浮かぶ黒き墓標群だった。
逆さまに浮かぶ街、沈んだ神殿、骸の大地。
全てが死と混沌を宿す擬似領域。
そしてその中心に、ヴェルグの要塞〈冥王の枢座〉がそびえ立つ。
「各自、領域ごとに分かれて制圧する! これはもう、戦争だ!」
蓮の号令と共に、仲間たちは散開した。
シャムとイリスは〈セクター03:死霊の塔〉へ。
カイエンとネフェリスは〈セクター05:骸戦野〉へ。
マリルとノアは〈セクター02:虚空回廊〉へ。
ミストは、単独で〈セクター04:幽影渦層〉へ潜入。
蓮は――単身、ヴェルグが待つ〈冥王の枢座〉へ向かった。
枢座の玉座には、死と記憶に囚われたヴェルグが座し、静かに言った。
「お前は“命”を結ぶ者。ならば、俺は“死”を抱く者。……世界のどちらが正しいのか、決めよう」
「いいぜ。……全部、背負ってきたからな」
蓮の眼が、鋭く光る。
その瞬間、虚空が割れ、二人の周囲に“過去の戦場”が再現される。
それは、かつて帝国軍と王国軍が激突した最前線。
「これは……記憶魔術……!? 違う、もっと深い……!」
「ここは“冥想界”だ。死者の記憶が空間に刻まれる領域……。そしてここで俺は何度も、“未来”を壊してきた」
戦闘が始まる。
ヴェルグの冥術は“命の反転”を起点とする呪術体系。
触れれば命が裏返り、力は逆流する。
だが、蓮は恐れない。
「命を繋ぐってのは、都合のいい綺麗事じゃねぇ。汚れも、過去も、全部引き受けて未来に渡すってことだ!」
蓮の剣が、命脈リンクの波動と共鳴し、光を纏う。
激突する〈命〉と〈死〉の理念。
剣撃が響き、空間が砕け、記憶が消えては生まれ変わる。
「く……が……!」
ヴェルグの身体が、戦いの中で崩れ始める。
命脈に繋がれたことで、彼の魂の残滓が浄化されていくのだ。
「俺は……俺は、命を壊すことでしか……」
「違う。お前の中にも、繋がりたい“誰か”がいたんだろ」
蓮の言葉に、ヴェルグの中で“記憶”が浮かぶ。
かつて救えなかった部下たち、想いを託して死んだ兵士たち――
光が彼を包み、静かに、その存在を解き放っていった。
ヴェルグが消えると同時に、冥界領域の構造が崩壊を始める。
ネザーフロート各セクターでも、それぞれの仲間たちが勝利を掴み、冥界の鎖を断ち切っていた。
命脈連結機構が再び光を放ち、空の闇が晴れる。
「……終わった……か」
蓮が空を見上げる。
その目には、新たに紡がれた命の環が、確かに映っていた。
だが、戦いはまだ終わらない。
冥界の背後には、さらなる“虚構の世界”が存在していた。
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