第149話 侵神領界戦線
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浮遊大陸の建国から、三日が経過した。
その日、蓮は静かに空を見上げていた。
漂う大気は澄み、構築された都市区画には活気が芽吹いている。
だが、胸の奥に残るわだかまりが晴れることはなかった。
――あの“魔の森”に、まだ彼らを残してきたままだ。
「蓮、様子がおかしいわよ?」
背後から声をかけてきたのはリーナ。
彼女は新設された《叡智院》の設計を終え、ようやく一息ついたところだった。
蓮は静かに頷いた。
「……俺たちは“ここ”に新たな世界を創った。語られざる者に安息を与える、希望の土地を。でも……まだ、迎えに行けていない者たちがいる」
リーナはすぐに察した。
かつて共に戦った、多種族の仲間たち――魔の森で共に過ごし、帝国の圧政から逃れ、孤独に生き抜いた者たち。
彼らを置いてきたことは、蓮にとって“傷”であり、未完の誓いだった。
「……迎えに行こう」
その言葉は、命令ではない。意志だった。
国家を担う者の、そして仲間としての――真っ直ぐな意志。
イリスとシャムも、それに同意した。
「ふふ……ようやく出番ね。浮遊大陸に“橋”をかけてやるわ」
「いやいや、どうせなら“神の門”を使う方が派手だろ?」
彼らは新たな儀式――《転界共鳴〈リアルメイト・リンク〉》の発動に取りかかった。
それは、浮遊大陸と他世界を“共振”させ、座標的に存在し得ないものを“存在させる”ための儀式。
リーナが“幻想超結晶”に新たな構文を刻み、シャムが多次元座標の断裂点を切り裂く。
イリスの竜力が《創造神殿〈デウス・アーカイブ〉》を共鳴させ、蓮が“思念”の核心に語りかけた。
「我が声を聞け、我が記憶に残る者たちよ」
「魔の森に生き、語られざる名でありながらも、共に戦った友よ」
「我は今、君たちの“存在”をここに許す。名もなき者としてではなく、“国民”として」
その瞬間、大地が震え、空が音を喰らうように歪んだ。
浮遊大陸の中心、王城の広場に突如として巨大な“根”が出現する。
それはかつて魔の森を成していた《命樹グラン・ヴェイラ》の分枝であり、時空を超えて蓮の思念に応じた存在の再接続だった。
そして――《門》が開いた。
“魔の森”と呼ばれた地の光景が浮かび上がる。
人々が、ゆっくりと歩み始めた。
獣人たち、翼を持つ者、森の妖精、そして古代種の生き残りたち。
「……嘘、これ、夢じゃない……?」
「空……浮いてる……?」
「蓮様……蓮様の……呼び声……」
懐かしき声が響いた。
彼らは、確かに蓮と共に生き延びた者たち――蓮に“居場所”を与えられた者たちだった。
「おかえり」
蓮が微笑むと、彼らの足元に浮遊大陸の石畳が伸びてくる。
橋は不要だった。
世界が彼らのために“道”を創ったのだ。
魔の森の者たちは、ついに《アルカ・ルミナリア》に迎え入れられた。
その夜。
蓮たちが《建国祭・第二の火》として歓迎の式典を行っていたその時――空が、裂けた。
圧倒的な“神威”が、上空から降り注いだ。
リーナが反射的に魔法障壁を展開し、イリスが翼を広げて空を睨む。
シャムが剣を抜いた瞬間、空間の裂け目から現れたのは――
神兵団
それは、世界の構造を維持する“神格存在”たちの執行部隊。
主神連盟《オルド=セリア》の使徒であり、“存在越権”を裁く者たち。
『確認:未登録国家、次元外創成を以て主権を僭称』
『告示:神律第零条に基づき、存在領界への侵入と認定。排除処理を開始する』
雷鳴が響くより早く、空が破壊された。
十体を超える神兵が降臨し、そのすべてが“世界一つを焼却可能”な力を持っていた。
だが、蓮たちは逃げなかった。
「神だろうがなんだろうが、俺たちはここに、“世界”を築いたんだ」
「語られざる者に、名と居場所を与えた。物語を紡いだ。それが罪だと言うなら――」
「その神律ごと、書き換えてやる!」
シャムが前線に立ち、影を暴走させる。
リーナが高密度の反神魔術陣を次々と重ね、神兵の光線を屈折させる。
イリスが翼から解き放つのは、“神格破壊波”――古代竜にしか扱えぬ神滅の咆哮。
そして、蓮は中央に立ち、《幻想超結晶〈エクス・マテリアル〉》を掲げて叫ぶ。
「我らはこの国の語り部。創造を以て、破壊に抗う者!」
「全軍――迎撃体勢に入れ!」
民の中から魔の森の戦士たちが飛び出す。
ある者は巨大な獣と化し、ある者は幻影と同化し、またある者は音を操って神兵の心核を狂わせる。
“神に排された種”たちが、“神に抗う刃”として立ち上がる。
この戦いは――“存在の是非”を巡る、最も根源的な戦争だった。
夜空に光が踊る。
雷鳴と炎の嵐、次元震と概念崩壊が交錯する。
そのただ中で、蓮は叫ぶ。
「この国は、定義されない! される必要すらない!」
「我らが存在すること、それ自体が“真実”だ!」
そして――
蓮は神兵の中核に手をかざし、《再定義》を発動する。
“神のルール”を、“語る者の言葉”で上書きする。
幻想超結晶が虹色の輝きを放ち、神兵の装甲に亀裂が走る。
イリスが叫ぶ。
「蓮、奴らが撤退準備を始めてる!」
リーナが解析を終える。
「神律が書き換わってる……この国の存在が、世界法則の中に“記述”され始めてるわ!」
そして――戦いは、一旦の終息を迎えた。
神兵たちは次元の亀裂へと消えていき、空に残されたのは、虹の残光だけだった。
夜明け。
蓮は、魔の森の戦士たちと肩を並べて座っていた。
「……無事、ここに来れて良かったな」
「……蓮様。あの時、私たちは“もう会えない”と思ってました」
「でも……約束は、果たされました」
彼らの瞳には、誇りがあった。
語られなかった物語に、新たなページが綴られたことへの、確かな誇りが。
「ありがとう、蓮様」
彼らが口々にそう言ったとき、蓮は心の中で静かに呟いた。
――これで、ようやく“本当の建国”が、始まったのかもしれない。
空には、まだ神の気配が残っていた。
だが、彼らの戦いはこれからだ。
語り継ぐべき物語が、まだいくつも待っている。
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