第14話 神官見習いの少女
王都の神殿で出会ったリーナは、治癒魔法の才能を持つ神官見習いだった。蓮たちは魔の森へ向かう前に情報を集めるが、リーナが深く関わるある問題が浮上する。彼女の過去と、この国に隠された秘密とは——。
「あなた、本当に旅の人なのね。」
神殿の静かな回廊で、リーナは柔らかく微笑んでいた。
「そうだ。俺は蓮。こいつはシャム。」
「私はリーナ。この神殿で神官見習いをしているの。」
蓮は、彼女の持つ穏やかで清らかな雰囲気にどこか安堵を感じた。彼女の金髪と青い瞳は、この国の貴族の特徴だろうか。
「神官見習い、ってことは治癒魔法が使えるのか?」
「ええ。風の加護もあるけれど、得意なのは治癒魔法かな。」
「治癒魔法か……。」
魔の森には未知の危険が潜んでいる。回復役がいるのは心強いが、神殿に仕える者を連れていくのは難しそうだ。
「ねぇ、あなたは何のためにこの国へ?」
リーナの問いに、蓮は少し迷ったが、嘘をつく必要もないと判断し、正直に答えた。
「魔の森の異変を調査しに行く。」
リーナは驚いたように目を見開いた。
「……魔の森? あの場所は危険よ。私たち神官もあまり近づかないわ。」
「だからこそ、原因を探るんだ。何か心当たりは?」
リーナはしばらく考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「詳しいことは分からないけれど……最近、魔の森の影響で怪我をする人が増えているわ。魔物が活性化してるみたい。」
「活性化……か。」
魔素の濃度が上がっているのかもしれない。蓮は以前の戦闘を思い返しながら、リーナに尋ねた。
「その怪我人たちはどこに?」
「神殿の療養所にいるわ。案内する?」
「頼む。」
リーナに案内された神殿の療養所には、数人の負傷者が横たわっていた。
「うっ……」
「あの、もう少し楽になりますからね。」
神官が患者の傷を治癒魔法で癒していたが、思うように治癒が進んでいない様子だった。
「傷の治りが悪いな……。」
蓮がそう呟くと、リーナが神妙な顔で頷いた。
「ええ。普通なら治せる傷でも、なかなか癒えなくなってるの。」
「魔の影響……?」
シャムが鋭く推測する。蓮もその可能性が高いと考えた。魔の森から発せられる魔素が、何らかの形で影響を及ぼしているのかもしれない。
蓮は一人の患者の傍に近づき、そっと手をかざした。
「……これは。」
彼の感覚が捉えたのは、微弱な魔力の残滓だった。まるで呪いのように、傷口にこびりついている。
「リーナ、少し手伝ってくれ。」
「え? ええ!」
リーナは戸惑いつつも、蓮の指示に従い治癒魔法を唱える。
「《ヒール》——!」
蓮も自身の魔力を操りながら、患部に付着した魔力を分解するように流し込む。すると——
「うぅ……あれ? 痛みが……消えた?」
患者が驚きの表情を浮かべた。
「すごい……どうして……?」
リーナが感嘆の声を上げる。
「傷に魔力が残ってたんだ。それを取り除けば、普通に治る。」
「そんなこと、考えたこともなかった……。」
リーナは驚いたように蓮を見つめる。
「リーナ、魔の森の拡張とこの症状の関連を詳しく調べられるか?」
「……うん、やってみる!」
彼女の真剣な眼差しを見て、蓮は頷いた。
その夜、蓮は神殿の外で夜風に当たりながら考え込んでいた。
「リーナをどう思う?」
隣でシャムが尋ねる。
「……間違いなく優秀だ。戦力としても、支援としてもな。」
「でも、神官だから……ついてきてもらうのは難しそうだ。」
「そこなんだよな……。」
蓮が溜め息をつこうとしたその時——
「ふむ、君が蓮か。」
低い声が背後から響いた。振り向くと、神官らしからぬ黒衣の男が立っていた。
「お前は?」
「私はこの神殿の上級司祭だ。君に少し話をしたくてね。」
上級司祭——神殿の高位の者だ。蓮は警戒しつつも、話を聞くことにした。
「君、リーナに関わるのはやめたまえ。」
「……どういう意味だ?」
「彼女の家系はこの国の没落貴族だが、それでも血筋は正統なもの。我々は彼女を将来、神殿の要として育てているのだ。」
「つまり?」
「彼女を旅に連れ出すような真似は、許されないということだよ。」
蓮は内心、舌打ちした。
(面倒なことになったな……。)
リーナの力は、魔の森の問題を解決する鍵になるかもしれない。しかし、神殿が彼女を手放さないつもりなら、簡単には同行させられない。
「それを決めるのは、リーナ自身じゃないのか?」
蓮の言葉に、上級司祭は眉をひそめる。
「君がどう思おうと、神殿としては認められない。……忠告はしたぞ。」
そう言い残し、男は去っていった。
「……さて、どうしたものか。」
シャムと共に夜空を見上げながら、蓮は決断の時が迫っていることを感じていた。
(リーナ、お前はどうしたいんだ……?)
彼女の選択が、蓮たちの旅路を大きく左右することになるのは、間違いなかった——。




