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第145話  幻想超結晶

いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。

境界の向こうへと至った蓮たちは、世界の“構成言語”すら届かない、無秩序かつ純粋な領域へと辿り着いていた。


名も、形も、時間すら存在しない場所。


そこは“物語になる前の物語”――すべての可能性が混沌のまま交錯する空白の原初域。


深淵に浮かぶ光、それが“幻想超結晶〈エクス・マテリアル〉”だった。


 


「ここが……」


言葉にした瞬間、その言葉自体が空間に溶けていく。


蓮は自身の声が“意味”を保たない感覚に一瞬眩暈を覚えた。


「この場所では……概念の存在自体が不安定だ。発した言葉は、意味として固定される前に……分解されてしまう」


リーナが、理論ではなく“直観”として言った。


声ではなく、思考そのもので。


「まるで……存在を定義する前の空間。『何か』が『何か』である前の状態……」


イリスが微かに震えながら呟く。


目の前には、形のない“光”が漂っていた。


それは視覚に訴えるものではなく、“認識”に触れる何か。


それが“幻想超結晶〈エクス・マテリアル〉”だった。


 


「これは……素材だ」


蓮が言う。


「物語を作る前の、まだ意味を持たない“核”……全ての物語の、根源的なエネルギー」


それは、かつてルドロニアの大図書館で交わした神話の中にあった“創造前の夢のかけら”。


“作者”ですら手を伸ばせない“可能性の坩堝”。


「でも、なぜ今それが現れたのか?」


シャムが疑問を口にする。


「――俺たちが、物語の外と内を跨いだからだろう」


蓮が答える。


「構成された世界を越えて、“語られる前の物語”に接続した。それはつまり、作者でもなく、読者でもない――純粋な“存在者”として、この素材に触れる権利を得たということだ」


その瞬間、幻想超結晶が反応する。


無数の光の粒が、蓮たちの内面に侵入し、記憶、感情、選択の全てを“素材化”しようとする。


 


――選ばれなかった選択が、蘇る。


 


イリスは、竜として覚醒せず、ひとりの少女として静かに森に生きる人生を見た。


リーナは、王都で司書として平穏な日々を過ごし、蓮に出会わなかった世界を覗いた。


シャムは、盗賊に身を落とすことなく、故郷で穏やかな農夫として生きていた。


そして蓮もまた、“召喚されなかった未来”を視る。


あのとき、あの光に触れなければ――この世界に来ることはなく、現実世界で日常を生き続けていたであろう無数の“平行線”。


それらが一斉に蓮たちの意識を侵食し始める。


「くっ……これは、“可能性の洪水”……!」


リーナが頭を抱える。


「自分という“定義”を超えて、素材の中に溶け込まされる。私たちは“誰でもあり得た”存在として、再構成されてしまう……」


“物語”であることを否定され、“素材”へと還元される恐怖。


そのとき、蓮が叫ぶ。


「――違う! 可能性は俺たちを否定しない。無数の選択肢のなかで、俺たちが選んできた“今”が、確かにここにあるんだ!」


 


その言葉が、“幻想超結晶”に響いた。


空間が震え、蓮の周囲に白銀の記述術式が浮かび上がる。


《記述構文・存在強化式:リアリティ・ストラクト》


「これは……“素材”を“現実”に変換する……?!」


蓮はペンを構える。


「幻想を、現実に変える。これはただの奇跡でも魔法でもない。俺たちの“選択”が、その証明だ」


蓮の書く文字が、空間に固定され、光が結晶を包む。


イリス、リーナ、シャムもまた、自らの“意味”を定義していく。


「私は、古代竜族最後の生き残り。蓮と出会い、この世界に居場所を見つけた者!」


「私は、知を求める魔導士。過去を受け入れ、未来を共に選び取る存在!」


「俺は、盗賊に身を落とした剣士じゃない。蓮と共に立ち、道を選び直した“今の俺”だ!」


定義された言葉が、幻想素材と共鳴し、結晶が形を変え始める。


 


それは、蓮たちの記憶、感情、行動の蓄積――“物語の結晶”となった。


「――これが……俺たち自身の、幻想超結晶〈エクス・マテリアル〉」


蓮が手にしたそれは、ただの“素材”ではなかった。


“可能性の証明”であり、“存在の錬金”でもある。


選ばなかった道、歩まなかった未来、失ったもの、得たもの――全てを内包しながら、なお“今ここにいる自分たち”を肯定するもの。


 


その瞬間、空間にまた新たな“語り”が生まれた。


〈幻想超結晶:構成コード登録〉

〈新物語領域への移行条件、満たされました〉


世界が再び回り始める。


蓮たちは、物語を紡ぐ者として、単なる登場人物から一歩先へと進んだ。


語られることに留まらず、自ら語り、自ら選び、自ら存在する者として。


 


帰還の途中、蓮は空を見上げる。


空は、以前より少しだけ明るく見えた。


「幻想は、現実に成り得る。……だったら、きっとこの世界も、未来も、創り直せるはずだ」


そう告げる蓮の瞳に宿るのは、神でも読者でもなく、“蓮という物語そのもの”の意志だった。


それこそが、幻想超結晶の真価。


可能性の源を手に、蓮たちの物語は次なる次元へと加速していく。

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