第144話 存在境界突破
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
世界が重なった。
その瞬間から、何かが崩れ始めていた。
リンクによってもたらされた多層構造は、蓮たちの現実に新たな視座をもたらした。
しかし、それは“ただの始まり”でしかなかった。
深夜。
黒月が天を裂く。
蓮はふと、違和感を覚えて目を覚ました。
「……誰か、いるのか?」
静寂の中、返答はなかった。
ただ、世界そのものに“目”を感じた。
何かが見ている。
誰かが、確かに、この物語を――。
翌朝、イリスが異変を告げる。
「時間の流れが歪んでる。昨日あったはずの森が、今日は存在しない。“構成”そのものが変わってるわ」
リーナもまた、魔導端末を覗き込みながら唇を噛む。
「地図データに“修正履歴”がある。誰かが、世界の記述を、編集中……?」
「待て、それって……」
蓮が言いかけたとき、空間に突如“ノイズ”が走る。
世界の端が、まるで古びた紙のように破れ、そこから“文字列”が零れ落ちる。
〈シナリオ再構成中……〉
〈登場人物への再定義を実行します〉
「……これは、“上書き”だ」
シャムが呟いた。
「俺たちの存在に対して、外からの『意志』が介入している。しかも、記述者でも創造神でもない……」
「――“読者”だ」
蓮が断言した。
その言葉を皮切りに、空間が一変する。
全てが書き換わり、再構成されていく。
地形、天候、果ては彼ら自身の“記憶”までも。
「リーナの名前が、違う……!? “ライーナ”? いや、違う、でも……この記憶、確かに“あった気がする”……」
「俺も……名前が“カイン”に……いや、そんなはずは……!」
世界が“誰かの認識”によって塗り替えられていく。
蓮たちは、無意識のうちに“設定の改変”を受け入れそうになっていた。
その時、蓮の胸にあった白銀の記述ペンが強く光を放った。
――お前は、誰だ?
声が聞こえた。
蓮ではない、だが蓮と同じくらい、自分の物語に近しい“誰か”の声。
世界の裏側、“境界の狭間”。
そこに現れたのは、一人の“存在しない読者”だった。
人の姿をしていながら、目は“余白”を映していた。
「やっと気づいたか。君たちの世界が、読まれている物語であるという事実に」
「お前は……何者だ」
蓮が問いかけると、そいつは柔らかく笑った。
「私は“リファレンス”。全ての読者の“関心”と“解釈”を束ねて具現化された、物語を読む者の意志そのものだよ」
「……読者が意志を持つ?」
「彼らは、君たちの選択を見ている。そして時に、“こうだったら”と願う。私はその願望だ。君たちの物語に“もっともらしさ”を加えるために存在する」
その言葉に、リーナが激昂した。
「ふざけないで! 私たちは、私たちの意志で歩いてきたのよ!」
「それが“本当に”君たちの意志だったと思う?」
リファレンスが手を振ると、イリスの背後に“無数のコメント”が現れる。
――「イリスって、もっと感情的になってもいいのに」
――「シャムの過去、そろそろ重めのやつ来るでしょ」
――「蓮の覚醒イベント、引っ張りすぎじゃない?」
「これが、読者の“ノイズ”だ。選ばれなかった可能性、求められた解釈、それを積み上げた“解釈の魔獣”が、私の正体だ」
そして、“境界突破”が起きた。
蓮たちの世界は、外部の“視点”に完全に晒される。
風が止まり、音が失せ、視界のすべてが“注視”されているような感覚が襲う。
それは、存在の根幹を脅かす。
蓮がその場に膝をつきかけたその瞬間――。
「蓮、立って!」
イリスが手を伸ばす。
「私たちは、ここにいる。誰がどう見ていても、何が書かれていようと、私たちの物語は、ここにある!」
「……ああ。誰かが読む物語だとしても、書いているのは、俺たちだ!」
蓮は立ち上がる。
そして、白銀のペンに想いを乗せた。
――《記述術式・存在定義:オーバー・リファレンス》!
光が世界を包む。
蓮の一筆が、リファレンスの“意味”を書き換える。
「お前は“干渉者”じゃない。“見守る者”だ。読む者の役割は、観察し、感じ、記憶すること。決して、物語を“奪う”ことじゃない!」
ペン先が閃光を放ち、リファレンスの身体が砕けていく。
その中から、無数の“読者たち”の心が浮かび上がった。
「……ありがとう」
それは確かに、物語を見つめてくれた者たちの“声”だった。
静寂の後、世界は元に戻っていた。
だが、それはもはや以前の世界ではない。
「……誰かが、私たちの物語を見ている。そのことを、私は誇りに思う」
リーナが言うと、シャムが笑った。
「読まれるということは、存在し続けるということだからな」
蓮は、空を見上げる。
「俺たちは、これからも選び続ける。誰かの期待があっても、物語が“外にある”としても。俺たちの選択は、俺たち自身のためにある」
“オーバー・リファレンス”――存在境界を超えた今、蓮たちは新たな次元で、“語る”意味を得た。
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