第140話 星幽の境域
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世界が静止したような、ひとときの静寂。
〈深界核〉の解放と〈アビス・ロード〉の消滅によって、蓮たちの前に開かれたのは、果てしなき深界の更なる層だった。
だが、その先に広がる光景は、もはや「地下」と呼ぶにはあまりにも異質な“宇宙”のようなものであった。
星々が煌めく。
だが、それは空の天体ではない。
闇の奥底で脈動する、異界の意識の結晶群。
空間と空間の狭間でのみ観測可能な、不可視領域――〈星幽層〉。
そして蓮たちは、その境域へと足を踏み入れることとなった。
「ここが……深界の、さらに先?」
リーナの声は、どこか浮遊感に満ちていた。
重力の感覚すら希薄になり、身体が常に水中のような浮力に包まれている。
「空間そのものが違う……これは、物質界と精神界の中間層。いや、それすらも超えた存在の反映だ」
イリスは静かに呟きながら、光る軌道を指先でなぞった。
指が触れた瞬間、そこから星のような記憶の断片が弾け、過去のイメージが脳裏に流れ込む。
「……これは、かつて滅びた文明の記録?」
「記憶の海だ。あらゆる時間軸における“可能性”が、ここには保存されているらしい。星幽の境域――まさにこの世界の、因果の交差点」
シャムは剣を抜いたまま、背後を警戒する。
視界の端で、時折、影のような“存在”が揺らいでいる。
「そして……こいつらが、番人か」
影たちは語らない。
ただただ、存在するだけで、現実を歪め、観測を拒絶する。
意志すら感じさせない、“純粋なる拒絶”。
蓮は、〈アイテムボックス〉を開いた。
空間がわずかに揺れる。
蓮の手から解き放たれたのは、一振りの槍。
過去に討伐した〈ロード・オブ・ウィルド〉の心核を素材に作り出された、対存在干渉用の神器〈アストレイアの穂先〉だった。
「試してみるか――記録を、観測可能な“現実”へと変える力」
蓮が槍を掲げた瞬間、宙に浮かんでいた“記憶の星”のひとつが反応し、映像となって空間に投影された。
映し出されたのは、遥か昔の神々の戦争。
深界の遥か底から現れた、黒い太陽。
すべての光と秩序を飲み込み、因果を腐らせた“災厄の核”。
――〈ナイトメア・コア〉。
それはアビス・ロードすら上位の存在。
記録の中で、神々が最後に封じた存在であった。
「……星幽の境域は、その存在を封じるための中間層だったんだな」
蓮の推測に、リーナも頷く。
「この層はおそらく、〈ナイトメア・コア〉の影響を封じる“緩衝地帯”。だから、記録が断片的に保存され、過去と未来が混在してるのよ」
「そして俺たちは……そこに踏み込んでしまったというわけだ」
シャムが、どこか呆れたように笑う。
だがその背後、空間が大きくひしゃげた。
「来るぞ――“星幽の番人”!」
声と同時に出現したのは、無数の光と影が複雑に交差する、巨大な人型の存在。
頭部はなく、顔の代わりに星々が螺旋を描いて回転している。
〈アストラル・ウォーデン〉
星幽層を守護する意思なき番人。
その目的はただ一つ――“観測されること”を拒絶する。
「問答無用、だな!」
蓮は槍を構え、〈アイテムボックス〉から新たな装備を次々と展開していく。
星幽層に対応した結界具、精神耐性を強化する聖布、深界魔術を再構築する触媒石――
「リーナ、魔術支援!」
「了解!」
「イリス、展開空間の安定をお願い!」
「任せて」
「シャム、突破口を作ってくれ!」
「派手に行くぜ!」
四人の戦士が、星幽の闇を切り裂くように突撃した。
星々の記憶が閃光のように飛び交い、空間そのものが波打つ。
異次元の闘い。
“因果そのものを守護する者”と、“未来を拓こうとする者”の衝突。
やがて、蓮の槍が〈アストラル・ウォーデン〉の中心核を貫いた瞬間――
世界が、光に包まれた。
「……終わった?」
光の中で、誰かがそう呟いた。
だが、それは“終わり”ではなかった。
光の彼方に浮かび上がったのは、一つの“門”だった。
石碑のように見えるそれは、かつての建国儀礼に現れた〈クロスゲート〉にも似ていたが、遥かに古く、そして深い因果の波動を放っていた。
門の上に刻まれた文字。
【World Anchor Terminal】
「……世界錨点ターミナル? これは……」
リーナが翻訳魔術を用いても、意味は完全には解読できなかった。
ただ、その周囲に浮かぶ数式や構造体から、明確に一つの真理だけが伝わってきた。
――この門の向こうには、“再構築”の権限がある。
「新たな世界の……設計図?」
蓮は、門に手をかざした。
次元の底から、声がした。
『選べ、異邦の者よ。この星の未来を。再構築か。破壊か。』
選択の刻が訪れていた。
それは、神々ですら為しえなかった選択。
新たな世界の“因果”を定める者として。
「俺は……」
蓮は静かに目を閉じた。
そして、再び開いた時、星々の海に煌めく答えが、彼の内に芽生えていた。
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